第百話【一歩の成果】
ナリッドの街は無事だった。けど、今回の主目的は街じゃなくて港だ。カスタードからも頼まれたし、ゲロ男にも見抜かれてたくらい重要な場所……なんだろう。
そんなわけだから、街でしばらく話を聞いてから、馬車団はまた柵の外へ……東側、海のほうへと走り出した。
チエスコからの道程で倒した魔獣の数を考えれば、こっちでもかなりの戦闘になるだろう……って、思ってたんだけど……
「……あれか? 近かったな、案外」
ちょっと走ったら潮風の匂いがして、そこからしばらく走ると海岸線が見えてきて。
目に見えるとこまで来てからは魔獣も現れず、結局それまでに倒したちょっとの魔獣としか遭遇しなかった。なんだ、つまんないの。
「よーし、止まれ。周囲警戒しながら資材降ろすぞ。いきなり工事は出来ねえが、その準備くらいはさっさと進めねえとな」
っと、そんなこと言ってる場合じゃなかった。確認が目的とはいえ、出来ることは今のうちからやったほうがいいよな。
でも、俺で手伝えることあるかな。魔獣が出たらそれは俺が倒すにしても、工事の手伝いは……うーん……
「ユーゴ。ユーゴ、来てください。頼みたいことがあるのです」
「フィリア。なんだよ、お前もなんかするのか?」
盗賊団が道具やら材料やらを運び出してるその傍ら、フィリアは邪魔にならないよう馬車の陰に俺を呼んだ。
よくよく考えたら、フィリアは街に残したほうがよかったかな。王様って言っても、ここじゃなんの権限もないし、指示がなくてもみんなちゃんと動けるし。
まあ、残れって言ってもついて来ただろうけどさ。自分の目で確かめたいとかなんとか言って。
「街の中心部からここまで、現れた魔獣の特徴を教えてください。それが今すぐ役に立つわけではありませんが、分布を調べておく必要があります」
「……ああ、そっか。そうだよな。ここは国もアイツらも手をつけられてなかった場所だから、そういう基本的な情報もまるっきり抜けてるんだもんな」
そうなのです。って、フィリアは大きなため息をついて頭を抱えちゃったけど、それでも心なしか普段より元気に見える。
ナリッドの街が無事だった、港までの道程も思ったよりは安全だったから……だけじゃないのかな。
フィリアの父親……前の王様は、北はヨロクまで、南はカンビレッジまでを国と定めて、そこから外は諦めてしまった。このナリッドは、諦められた街のひとつだ。
フィリアはそれを、全部もう一度元に戻したい……って。一度諦めてしまった場所を取り戻して、そこに住んでる人を守りたいって、そう願ってる。
だからこれは……今日のこの一件は、フィリアにとってすごく大きな意味を持つ一歩なんだ。
夢への第一歩って感じなのかな。しかも、ちゃんと街が無事だったんだから、喜ばないわけないか。
街にいるあいだはそういう素振りも見せなかったけど……いや、違うな。
住民の無事を知ったときからずっとうれしかったけど、今になるまで自覚出来なかったんだ。
予定にない急な作戦だったし、いつも以上に緊張する状況も続いたから。感情がバグってたんだろう。
「まあいいや。それだったら、ちょっと歩きながら話すよ。どうせ俺達、ここにいても……」
「……そ、そう……ですね。あまり役には……こほん。いえ。道中、たくさん頑張りましたから。貴方には、そのぶんにふさわしい褒美が与えられなくては」
褒美って……別に、散歩しながら魔獣の話するだけだぞ。なんにもうれしくないけど。
でも、フィリアはそんな文句も言わせないうちから歩き出して、盛り上がってる盗賊団を尻目に海のほうへ……目的だった港のより近くへと向かった。
「……伯爵には感謝しなければなりませんね。あのかたの助言がなければ、あるいはここがこの形で残っているあいだに訪れることも叶わなかったかもしれません」
「……ん、そうだな。ゲロ男はある程度察してたけど、でも……あの感じだと、こっちから声かけるまでは協力しないつもりだったっぽいし」
そして、港へ……もうしばらく使われていなさそうな船着き場へ足をかければ、フィリアはまた大きなため息をついてそう言った。
でも、そのため息はさっきのとは違う。今度のは……安心、安堵のため息だ。
その安堵の理由は……考えるまでもない。今、目の前に、海があって、そこへ船を出せる場所がきれいに残っていた。
利用価値が高いからじゃなくて、人の住んでた証を無事に取り戻せたから……とか、そんな理由でほっとしてるんだろう。
「ユーゴ、貴方の目ならどこまで見渡せるのでしょう。あちらですよ。あちらのほうにずっと進めば、ランデルからもそう遠くない港町に着くのです」
「……いや、そりゃそうだろ。北に行けばランデルに近づくんだから」
何言ってんだ。ここがランデルより南にある以上、北に進めば近い街に着くだろ。
でも、フィリアはそういうことが言いたかったわけじゃないらしくて、困った顔で笑ってた。笑って……しばらく考えてから、また言葉を続けた。
「そうです。魔獣に襲われる心配もせず、ただまっすぐに進むだけで、別の街へ行けてしまうのですよ。なんと喜ばしいことでしょう」
「……? 魔獣って海にはいないのか? じゃあ……まあ、嵐とかはあるけど、陸を走るより安全……なのか」
じゃあ……このナリッドの港を使えるようにしたら、今までよりもっと早く、安全に、遠い街へ行けるようになる……のか。
なるほど、納得。フィリアは忙しいし、出来ればさっと行って帰れるほうがいいもんな。
それに、船なら馬車馬を休ませる必要もないし、夜のあいだも天気が悪くなければ進み続けられる。
カスタードが急かした理由もそれかな。港を使えるようにすれば、海から別の場所へ行けるようになれば、調査も今まで以上に捗るから。
「ふふ。わかっていなさそうな顔をしていますね。ユーゴ。貴方が、この喜ばしい開拓を実現したのですよ。我々だけでなく、ナリッドの皆に、安全をもたらしたのです」
「……? まあ……俺がいなかったら無理だって、ゲロ男もそう判断したっぽいしな。実際、ギルマン達ならまだしも、盗賊団だけじゃ辿り着けなさそうだったし」
そうではなくてですね……って、フィリアはちょっとだけがっかりした顔になった……けど……そういう話だろ……?
この港まで来られたのは、カスタードとゲロ男が、俺の力があればなんとかなるって思ったから……なわけだし。
でも、なんか、フィリアは文句があるっぽくて……なのに、困り果てた様子でなんにも言わなくなっちゃった。なんなんだ。
「こほん。では、このまま海岸線を歩きながら話をしましょう。チエスコからナリッドまでの、そしてナリッド周辺の、特に海側に生息する魔獣の情報を教えてください」
「ん、わかった。って言っても、あんまり変わんなかったぞ、強さは。見た目は……」
それで、結局文句のひとつも言わないまま、魔獣の話が始まった。なんだよ、文句あるならちゃんと言えよな。
でも……まあいいか。魔獣の話をしてるのにフィリアが楽しそうに笑ってるなんて、今までには一度も……なかったことはないな。割と楽天家だし、アホだし。
それからしばらく海沿いを歩きながら話をして、案外大きい港を二往復したころにグリフィー達から声をかけられた。
港の現状は記録して、降ろすべき物資も降ろし終えたから、一度街へ戻ろう、って。
そのころには俺も魔獣の話をし終えてて、フィリアとしてたのはカスタードとゲロ男の話だった。
どれだけ喜ぶだろうか。どれだけ驚くだろうか。どれだけありがたがるだろうか。って、そんな話。




