第十話【宮の一員】
フィリアがリリィに連れ去られて……もとい、連れ戻されてからしばらく。ひとりになった俺は、結局ベッドの上でゴロゴロするしか出来ることがない。
本を読もうかな……とも思ったけど、変にごたついたあとだから、頭を使うようなことは何もしたくなかったし。
それで、もういっそこのまま寝ちゃおうかな……なんて考えながらシーツに包まっていると、また誰かがドアをノックした。
さっきの今でフィリアがここに来るわけない、仕事を抜けさせて貰えるわけがないから。じゃあ……?
「ユーゴさん、少しよろしいですか」
「……げっ」
やっぱり。って、ちょっと緊張したのは、その声がさっきフィリアを連れ去ったリリィのものだったからだ。
もしかして、さっきのじゃ足りないって、もうちょっと説教をしようってわざわざ戻ってきた……のか……?
「失礼します。おや、眠っていた……わけではなさそうですね。でしたら、きちんと返事をなさってください」
「……じゃあ、返事があるまで待っててくれよ……」
返事をしろって言うなら、返事をするまで部屋に入るなよ。勝手に入ってくるなら返事の意味なんてないだろ。
そんな俺の反論なんて意に介さず、リリィはさっきと同じ顔で……にこにこ笑った怖い顔で、つかつかとこっちへ寄ってきた。な、なんだよ……
「いけませんよ、人と話をするのに寝そべったままでは。まさかとは思いますが、陛下の御前でもそのような態度を取っているのではないでしょうね」
いや……寝てたとこに勝手に入ってきて、起きるのを待ちもせずに話をしてるのはそっちで……って、言い返したらまた頬をつねられそうで……
でも、だからって言われたとおりにだけしてるのは……ムカつくし。じゃあ、最低限の反抗として、せめてベッドからは絶対に降りないようにしよう。
「あっ、もう。ユーゴさん、出てきてください。顔を見て話をするのですよ。この宮に出入りしている以上、貴方の振る舞いが陛下の名に傷をつけかねないのですから」
陛下。陛下。って、リリィはフィリアのためにってところをやけに強調しながら、俺をシーツの中から引きずり出そうとする。
でも……そういうの、ムカつく。王様のため、偉い人のためにちゃんとしろ……っていうのは、筋が通ってない気がするし、ウザい。
リリィだってここじゃ偉いほうなんだろう、フィリアにあんな態度を取ってるんだし。なら、王様のためなんて言わずに、叱るならちゃんと叱ればいいのに。
「……もう。なんとなくですが、貴方は我々と志を同じくする人物だ……と、そう思ったのですが。勘違いだったでしょうか」
「……志? なんだよ、それ」
今までにも顔は見たことあったけど、会って話をしたのはさっきが初めてだぞ。それでいったい何を同じだと思ったんだ、この人は。
なんて言うか……フィリアほどどんくさくても困りものだけど、ここまでグイグイ来られるのも鬱陶しいな……
「貴方も……ユーゴさんも、陛下のために戦う意志を掲げておられる……と。陛下の助けになるのならばと、そう思って戦地に赴いているのではないかと思ったのです」
「……っ!」
ふう。と、ため息が聞こえて……それで声は途絶えた。近づいても来ないし、かと言って出て行く様子もない。
もしかして……俺がシーツから出て、話をするのを待ってる……のかな。
フィリアのために……か。そうだ。この人は……この人に限らず、この宮にいる全員が、王であるフィリアのために働いてるんだ。
だから、俺がそれに反するなら怒るし、もしも同じようにフィリアを守ろうとする仲間なら受け入れる。
それを……今、ここで判断しよう……っていうのじゃなくて。もう、さっきのやり取りだけで見抜いてた……のかも。
「……別に、フィリアのためだけじゃない。まあ……ちょっとは助けてやろうと思ってるけど」
「そうでしたか。それを聞いて安心しました」
安心……は、どういう意味だろう。フィリアの敵じゃなくてよかった……フィリアの邪魔をするつもりがなさそうでよかった……ってことかな?
それとも、同じようにフィリアを支える味方が増えてよかった? あるいは、フィリアの敵なら排除しなくちゃいけないから、そうならなくてよかった……とか。
リリィはフィリアほど考えが明け透けじゃないから、言葉の真意は全然わからない。フィリアですら全部わかるわけじゃないんだから、当たり前だけど。
でも……とりあえず今は、本当に安心してくれてる……ってことでいい……んだよな?
「――ユーゴ、入りますよ」
会話は続かず、ひとりでそんなことを考えていると、ドアの向こうからまた誰かが声をかけた。
その声はすぐにわかった……って言うか、もうほかに入ってくる人なんていないから、判別するまでもないんだけど。
「リリィ、あまり怯えさせてはいけません。ユーゴ、大丈夫ですよ。リリィは厳しい人ですが、優しい人でもあります。どうか怖がらずに……」
「怖がってない!」
で……そののんきな声のどんくさい人は、勝手に部屋に入ってきて、またわけのわからないことを言いながら近づいてきた。
さっきからこいつら、呼びかけたなら返事を待てよな。なんのためにノックしてるんだ。
「……陛下、ご公務はどうなさったんですか? 私が執務室をあとにして、まだどれだけも経っていない筈ですが……?」
「ひっ。い、いえ……やはりユーゴのことが心配で……」
そして、のんきなことを言いながら部屋に入って来たフィリアに、リリィは至極当然の説教を始めた。
なんて言うか……王様……なんだよな? それと、使用人……秘書? とにかく、フィリアの部下……なんだよ……な?
ふたりの関係は……俺とフィリアよりももっと……親子に見える。たぶん、リリィのほうが歳下のハズなのに。
「……はあ。たしかに、おっしゃる通りです。ユーゴさんはまだ私には心を開いてくださっていません。陛下からお伝えしてください」
でも、説教するならせめて部屋から出て行ってくれよ……って思ってたら、なんだか話が変なほうへと脱線したっぽい。
いや……違うか。最初から何か俺に用事があって、それをフィリアから説明してくれ……って、バトンタッチしたんだ。
でも……リリィ、ここへ来てからそんな素振り見せなかったよな……? 連絡や相談があるなんてひと言も言ってないし、ずっと説教してたばっかりで……
シーツをどかしてふたりのほうを見れば、すっかり怯えた様子のフィリアがこっちを見てて、それを……リリィは呆れた顔で見守ってた。
なんでそっちが保護者っぽいんだ。王様なのに、なんでそんなに情けないんだ、フィリアは。
「……ええと……ユーゴ、少しよろしいですか? その……リリィは怖いですか?」
「何を聞いてるんですか、陛下。違うでしょう。本題に入ってください」
ひぃ。と、リリィに怒られたフィリアが情けない声を出すから、もう……なんか、さっきちょっとまじめな話をしたことさえ馬鹿らしく思えてきた。
なんで俺がこんなだらしないやつのために戦わなくちゃいけないんだ。そんなわけないだろ。ムカつく。
でも、本当に相談ごとがあったらしくて、フィリアはまだ怯えた顔のまま、それでもプリントの束を持ってこっちに近づいてきた。
「ごほん。ユーゴ、この資料を見てください。現在、この国を脅かしている盗賊団についての資料なのですが……」
「盗賊団……? 魔獣の次はそいつを倒せばいいのか?」
本当にちゃんとした連絡があるとは思わないだろ、この流れで。なんだよ、こいつら。本当に問題が起こってるならそういう顔しろよ。
でも、だからって話を聞かずに突っぱねるわけにはいかない。突っぱねたいけど、本当は。
けどそうすると、俺は戦うチャンスを失ってしまうかもしれないから。だから……しょうがないから、フィリアの話を聞いて、必要なら言うことも聞いてやる。
それで、フィリアが俺に連絡……相談したのは、盗賊団が使うシンボルが、翼を広げたコウモリのシルエットだ……ってことだった。
なんでそんなこと……って、最初はそう思ったけど、コウモリを見てたら……あの洞窟の変なおっさん、カスタードを思い出したから。
俺でそうなら、フィリアもきっとそうなんだろう。アイツが盗賊団と関係しているのかどうか、それを知りたいんだ。
けど……あの変なおっさん、そういう悪いこと出来そうなやつには見えなかったけどな。
そもそも、あんな所に住んでるようなやつが、わざわざ泥棒なんてする必要があるのかどうか。
まあでも、もしかしたら何か知ってるかもしれないし。直接聞いてみればいいだろ。
俺がそう提案したらフィリアも賛同してくれて……そして、それでもまだ仕事があるからと、またしてもリリィに連れ去れらてしまった。
なんか……本当にダメなやつなんだな、フィリアって……




