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『ハート3つの勇者、今日も死に戻ります。』 〜筋肉は時を超える〜

作者: 遠野 周


 ――目を開けた瞬間、目の前にローブ集団。

 見知らぬ大理石の床。光る紋章。煙る香。

 俺は、寝起きの顔でポツリと言った。


「……え、宗教勧誘ですか?」


 ざわっ、と神官たちがざわめく。

 そして最前列の老人が杖を掲げ、震える声で叫んだ。


「ついに……ついに勇者様が降臨なされたッ!!」


「いやいやいや、違う違う! 俺、ただの社会人なんで!

 昨日まで決算資料作ってたんで! ねぇ聞いてます!?」


 返事はない。というか聞いてない。

 俺の足元で、円形の魔法陣が輝いていた。

 ピコン、と耳の奥で何かが鳴る。


 ――ステータスウィンドウが開きました。


 目の前に、見慣れた青いパネルが浮かび上がった。

 ゲーム? いや、視界にめり込んでくるんですけど。


 ステータス:

 ハート 3


「……はい?」


 思わず声が裏返る。

 神官がにっこりと微笑みながら言った。


「おお、ハートが三つも! やはり伝説の勇者ですな!」


「……数、少なくない? それで全部?」


「ハートは命の輝き!勇者様はそれだけの攻撃に耐えられるということです」


「いや、いやいやいや。

 つまりHPてこと!?

 えっ、HPだけ?MPは? 攻撃力とか防御力は!?えっ、どう戦うの!?」


 質問攻めにした俺を、老人はやさしく微笑んで見つめる。


「勇者様には“アイテムボックス”の加護もございます」


「……それ、便利そうだけど、攻撃じゃないですよね?」


「さあ! ではダンジョンへ行って参られよ!」


「いや会話終わるの早っ!!」


 ドアが開いた。というか、足元の床が抜けた。

 俺は叫ぶ間もなく、闇の中へと落ちていった。


---


 目を開けると、じめじめした洞窟。

 装備は――片手剣と、小さい盾。

 あとは腰にポーションらしき小瓶が何十本も。


「……いや、多すぎない? 薬屋でも開く気?」


 瓶のラベルには「傷薬・上」「傷薬・中」「多分傷薬」など不穏な文字列。

 多分、勇者補正ってやつで飲めば治るのだろう。

 けど、どうやって倒すんだよ、敵。


 そう思った瞬間――ぬるり、と何かが足元を這った。


 スライム。


 青くて、ぷるぷるして、いかにも序盤の雑魚。

 俺は安心した。

 「これならいける」と思った。


 剣を振る。

 ……が、ぷにっ、と弾かれた。


「おい、なんで弾かれた!?」


 スライムが跳ねた。

 ぴょん、と可愛く見えた次の瞬間、

 ――俺の顔面に直撃。

 ぴょん、という音とともに。

「ぐっ……ぴ、ぴくぴく……っ」

 酸素がない。

 痛みはないけど、生存への焦りだけは本物。

 世界がぐにゃりと歪む。

 そして――、パリン。

 

 次の瞬間、俺は再び洞窟の入口に立っていた。

 

「……デジャヴ?」

 いや違う。

 さっきスライムに顔面アタックされて窒息したはずだ。

 でも、今こうして立っている。

 ステータスを開く。

 ハート:3

「……減ってねぇ!? なんで!?」

 いや、減らないのはいいんだ。

 いいけど、だったら俺いま何だったの?

 夢? リハーサル?

 それとも……死に戻り?

 

「……チュートリアル、雑ゥ!!」

 

 俺は深呼吸した。

 酸素がうまい。ありがたい。

 だが同じスライムが、またぴょんと跳ねて出てきた。

「来たな、酸素泥棒!」

 剣を構えた。

 が、すぐに気づく。俺、剣の構え方知らない。

 小学生の時、竹刀で先生に怒られた程度の経験しかない。

 とりあえず両手で構えてみたが、スライムはすでに飛び上がっていた。

「は、はやっ――うわっ!?」

 ガン! 

 盾にぶつかる音。

 スライムは弾かれて地面に落ちた。

 ぷるん、と震え、また跳ねる。

「おい無限ジャンプやめろぉぉ!!」

 

 俺は盾を突き出した。

 スライムがぶつかるたび、びよんびよん跳ね返る。

 そして、だんだん……スライムの弾力が弱まってきた。

「お? 疲れてきた? お前も筋肉痛あるの?」

 ぴちょっ、と小さく跳ねて、動かなくなった。

「……勝った?」

 スライムが、ぽよん、と溶けた。

 床に、小さな光る玉が残る。

 ――ドロップアイテムらしい。

「……これ、どうすんだ?」

 手に取ると、ステータスに新しい欄が出た。

 アイテムボックス:スライムコア×1

「おお、便利機能発動!」

 

 テンションが上がった俺は、しばらく洞窟を探索した。

 といっても一本道。

 分岐もなければ地図もない。

 あるのは湿った壁と、時々出てくるスライムだけ。

 しかも、倒すたびにコアが増える。

 だが経験値という概念はない。レベルも上がらない。

「……なにこの修行、筋トレかな?」

 

 途中、誤って足元の岩に蹴つまづき、転倒。

 剣が跳ねて自分の足を切った。

「いってぇっ!」

 痛みは――少しだけある。

 でも我慢できるレベル。

 ハートを確認すると、2になっていた。

「うわ、自己ダメージで減るの!? マジかよ!!」

 

 慌ててポーチからポーションを取り出す。

 色はピンク。ラベルには「傷薬・多分」

「多分……てなに?」

 でも、飲んだ。

 飲んだ瞬間、心臓の奥がぼふんと温かくなり、

 ハートが3に戻った。

「おおっ……! 効く! まじで効く!」

 

 その瞬間、頭の中に声が響いた。

 ――“ポーション中毒度+1”

「いや増えるんかい!!」

 

 どうやら飲みすぎるとデバフがつくらしい。

 とはいえ、死ぬよりマシだ。

 ハートがゼロになる前に回復すればいい。

 俺は、ダンジョンを進む覚悟を決めた。

 

「よし、次はもう死なねぇ。攻略開始だ!」

 

 ……五分後、俺は落とし穴に落ちていた。

「うそぉおおお!! 罠とか聞いてないんですけどぉぉ!!」

 

 ――パリン。

 

 そして、また入口。

 

「…………俺、永遠に出られなくない?」

 

 その後も、毒ガス・トゲ床・謎の転がる岩。

 あらゆる罠に、尽く嵌った。

 そのたびに、パリン。

 パリン。

 パリン。

 

 やがて俺は、リスポーン地点に仁王立ちして呟いた。

「……これ、勇者っていうより、デバッグ担当じゃない?」

 

 遠くでスライムがまた跳ねた。

 そして俺は、ため息をついた。

 

「俺TUEEEEどころか、俺タイヘンデスゥゥゥ……」

 

 ――こうして、俺の初めての死に戻りは幕を閉じた。





 俺は学んだ。

 死ぬと戻る。

 痛みはない。

 でも、精神は削れる。

 そして何より、このダンジョンには説明書がない。

 

 スライムを何十体倒してもレベルは上がらない。

 ステータスは変わらない。

 ハートは3つのまま。

 俺の成長実感ゼロ。

 それでも進むために、俺はひたすらポーションを飲んだ。

 

 剣? 弾かれる。

 盾? 飾り。

 ポーション? 爆発。

 

「……これ、勇者じゃなくて薬師じゃね?」

 スライムをポーションで爆散させ、

 コアを拾いながら呟く。

 ポーションは飲んでも効くし、投げても効く。

 万能にもほどがある。

 

 しかも飲み続けると、テンションが上がる。

 なんか世界がカラフルに見える。

 体が軽い。呼吸が楽しい。

 

「ふははは!! ハートが3つもあるって最高だなぁ!!

 俺は無敵だぁぁぁ!!」

 自分の声が洞窟に響く。

 スライムが逃げる。

 俺は笑う。

 テンションは、宇宙。

 

 ――そして、足元の穴に落ちた。

 パリン。

 

 ……目が覚める。

 入口。

 スンッ。

 

「……俺、何やってたんだっけ。」

 中毒レベル、リセット。

 テンション、ゼロ。

 反省、ちょっと。

「もうやめよう、ポーションに頼るの。節度ある勇者ライフにしよう。」

 

 五分後。

「うおおおお!! 薬こそ力だあああああ!!」

 既視感。

 再び光る。

 再び天井が落ちる。

 パリン。

 

「……あのさぁ、俺、もう飽きてきた。」

 スンッ。

 冷静。

 疲労。

 洞窟の入口の石を数えるくらい暇。

 

 そんなときだった。

 

 背中にぶら下げた片手剣が、

 ふっと震えた気がした。

 刃先が光っている。

「……お前、今、光った?」

 誰にともなく言った。

 もちろん、返事はない。

 いや、あるわけが――

 

「おめでとうございます。百回目の死を迎えましたー。」

「…………は?」

「記念すべき100回目ですー。おめでとうございますー。

 ……で、いい加減、武器使わねー?」

 

 ……剣が喋った。

 

「え、ちょっと待って? お前、誰? ポーションの副作用? 幻覚? 俺、またラリってる?」

「違う。俺は剣だ。喋れる剣。お前がまったく使わねぇから暇で暇でしゃべり出した。」

「暇で!? 剣が!? しゃべり出した!?」

「いや、俺もびっくりしてるよ。まさか百回も死ぬやつがいるとは思わなかった。」

「百回て……数えてたの!?」

「数えるしかねーだろ。お前、死ぬたびに地面に俺置いてくし。」

「置いてたの!? ていうか勝手にしゃべんなよ! 怖ぇよ!!」

「いや、怖いのはお前だよ。

 ハート3つでテンションMAXになって自爆してる奴のほうがよっぽどホラーだ。」

「ぐ……ぐぬぬ……!」

「つか、俺いる意味なくね? 武器だよ俺。

 攻撃力? 知らん。使え。振れ。叩け。なんでもいい。」

「うっ……だって……弾かれるんだもん……。」

「知らねぇよ! 努力しろよ! 薬ばっか飲んでんじゃねぇ!!」

「うわぁ、説教剣きた……!」

 

 俺は頭を抱えた。

 まさか剣にまで人生指導されるとは思っていなかった。

 

「ていうか、なんで喋れるんだよ。」

「知らん。多分お前が百回死んだから、魂の摩擦で俺が目覚めた。」

「その理屈おかしいだろ!? 摩擦って何だよ、魂のフリクション!? 」

「まあ、そう怒るな。これからは俺がツッコむ。お前はボケろ。」

「役割決めんの早っ!!」

 

 それでも、心のどこかで思った。

 ――やっと、喋れる相手ができた。

 

 俺は剣を持ち上げ、ニヤリと笑う。

「よろしくな、相棒。」

「……あーあ。これから何回死ぬことやら。」

 

 ――パリン。

 

「やっぱりかぁぁぁぁ!!!」



 

 パリン。

 また入口。

 スライムが「おかえり」と言わんばかりにぷるぷるしている。

 俺は無言で睨み返した。

 剣がため息をつく。

 

「はい百一回目ー。今日も元気に死亡記録更新ー。」

「うるせぇ……黙れ剣。」

「いや、黙らねぇよ。百回以上死ぬやつに黙れって言われても説得力ゼロ。」

「ぐぬぬ……。」

 

 俺は床に座り込み、剣を膝に立てて呟いた。

「なあ……攻撃力って、やっぱ必要なのかな。」

「そりゃ必要だろ。お前、攻撃って概念がないから防御もねぇんだよ。

 数字がなくても現実の物理はある。叩けば痛い。鍛えれば硬い。」

「え……つまり、筋トレすれば強くなるの?」

「当たり前だ。お前のこのヒョロ腕でスライム切ろうとしてるのが間違いだ。」

「……理屈が現実的すぎて泣けてくる。」

 

 ――その日から、俺は筋トレを始めた。

 腕立て、スクワット、ランジ。

 スライムを殴りながら鍛える日々。

 死んで戻って、また鍛える。

 死に戻り×筋トレ=不死身の肉体改造。

 筋肉だけは、なぜかリセットされなかった。

 

「おい剣、ちょっと手応え出てきたぞ!」

「おう。お前の腕、やっと“生物の腕”になったな。」

「今まで何だったんだよ!」

「豆腐。」

「ひどい!!」

 

 そんなある日――。

 洞窟の奥、今まで行ったことのない脇道を見つけた。

 苔に覆われた棚の上に、ボロボロの本が置いてある。

 

「……なあ剣。これなんか書いてあるぞ。『スライム構成体の再生応用』だってさ。」

「やめとけ。そういうの読んでロクなことにならねぇ。」

「えー、でも“ポーションを自作できる!”って書いてあるぞ?」

「ほら、もう読んでるし! なあ、やめとけって!」

「うるさい! 筋肉で混ぜれば安全だ!!」

「理屈滅茶苦茶だ!!」

 

 俺は拾った古びた本を片手に、

 スライムのコアとポーション瓶を並べ始めた。

 

「……えーと、コアを砕いて、煮て、混ぜて……」

「お前、火力上げすぎんなよ。前も爆発しただろ。」

「学習してる! 今度は筋肉で混ぜるから!」

「何の学習だよ!!」

 

 数分後、ぼふっ、と泡が弾けた。

 白煙。

 鼻を突く甘い匂い。

 瓶の中で液体が虹色に光っている。

 

「……できた?」

「いや、それ爆発前の兆候じゃね?」

「いや大丈夫、これは成功の匂い!」

「お前の“成功の匂い”いつも焦げてんだよ!!」

 

 だが、その液体をほんの一滴垂らすと、

 地面のひびがじゅわっと修復された。

「おおお!? 回復した!?」

「……マジかよ。ほんとに効いてる。」

「見たか剣! 筋肉と化学の融合だ!」

「やめろ、そういうジャンル作るな!」

 

 勇者の薬学スキルが、こうして芽生えた。

 そしてその後、瓶のラベルにはこう書かれた。

 アイテム名:プロテイン

 

「よし、試飲タイムだな。」

「やめとけ! 絶対やめとけ!!」

「いや、勇者たるもの、まずは自分で確かめるべきだろ。

 なにより、ラベルに“筋肉の味”って書いてある。」

「お前が書いたんだろそれ!!」

 

 俺は一気に飲み干した。

 喉を通ると、全身の筋肉がぐわっと熱くなる。

 体が光る。

 気分が……上がる。

 

「うおおおおおお!! 力があふれるぅぅぅ!!」

「うわ出たよ中毒フェーズ!!」

「筋肉が喜んでる!! 俺の筋繊維が歌ってる!!」

「歌うな筋肉!!」

「見ろ剣! この胸の鼓動! これが生命の証! これがッ……!」

「はいはい、ハート3つね。」

「台無しだよ!!」

 

 数秒後、体が震え、急に静かになる。

 テンションが一気に落ちた。

 

「……スン。」

「はい副作用出た。」

「なにこれ、効きすぎて燃え尽きるタイプの薬?」

「いや、カフェインの親戚だろこれ。」

「スライムから抽出したのに……。」

「スライムもテンション高いじゃん、ぷるぷるして。」

「納得したくねぇ理屈で納得させるな!!」

 

 こうして生まれた、伝説のアイテム“プロテイン”。

 飲めば回復し、筋肉は倍化、テンションは天井。

 ただし五分後には悟りの境地に落ちる。

 勇者に必要なのは、もはや知性でも魔法でもない。

 筋肉とプロテイン。

 そして、時は経ち――。

 巨大な三つ目スライムが、

 洞窟の奥で不気味に跳ねていた。

 目が三つ。

 俺のハートとおそろい。

 悪趣味にもほどがある。

 

「おい……あいつ絶対わざと三つ目だろ。」

「見せつけてんだよ。“同じ三でも俺の方が強いぜ”ってな。」

「ムカつく!! よし、筋肉と薬で勝負だ!!」

「やめろ、その組み合わせ!!」

 

 戦いは、惨敗から始まった。

 剣が弾かれ、スライムに呑まれ、パリン。

 落とし穴でパリン。

ポーション爆発でパリン。

毒霧でパリン。

 合計五回。

 

 そして六回目の挑戦。

 

「よし……とりあえず、ここは――ポーション使います。」

「おい、待て。お前それ前回爆発したやつじゃね?」

「大丈夫。今回は落ち着いて使うから。」

「フラグだな。」

「うるさい! 今度こそ、俺の勝利を見せてやる! ポーション!!」

「まて! こら!!」

 ――ぱしゅっ!

 

 光が走り、轟音が響く。

 辺り一面ピンク色の霧。

 天井が落ちる。

 俺は宙を舞った。

 パリン。

 

 入口。

 スンッ。

 

「………………。」

 剣がぼそりと呟く。

「六回目。」

「……うるせぇな。」

「次、プロテイン使ったら折るぞ俺。」

「いや折れるな!? お前が!? 自傷すんなよ!!」

「心配するな。お前より先に死なねぇから。」

「全然安心できねぇ!!」

 

 そして七度目の挑戦で、ついにスライムを真っ二つにした。

 筋肉と薬学のハイブリッド勝利。

「やったあああ!! 俺、倒した!! 死ななかった!!」

「……百回死んで、ようやく普通の勇者になったな。」

「言い方ァ!!」

 

 スライムが溶け落ちたあと、

 光るコアが残った。

 それを拾い上げながら、俺は呟いた。

 

「これで……次は魔王か。」

「そうだ。筋肉とプロテインで世界を救うんだろ?」

「うるさい剣! 薬学って言え!!」

「はいはい、筋肉学。」

「それも違ぇ!!」



 長いダンジョンを抜け、

 百回以上の死に戻りを経て、

 俺はついに魔王城へたどり着いた。

 黒い塔は雲を突き、

 空の裂け目のようにそびえている。

 ここが――最後の場所。

 

「おい、いよいよだな。」

「おう。筋肉の集大成だ。」

「いや、何その分野。」

 

 重厚な扉を押し開けると、

 広間にはひとりの青年が座っていた。

 銀の髪に赤い瞳。

 背筋は伸びているのに、

 目の奥だけが、やたらと眠そうだった。

 

「……お前が、魔王か。」

「そうだ。そして君は……ようやく来たね。」

「……ようやく?」

「君が何度も途中で死んで戻ってるの、ずっと見えてた。

 ああ、やっと来たかって感じだよ。」

「……見てたのか。」

「うん。百回以上。

 君が死ぬたび、私の方も時間が巻き戻る。

 毎回“今日は会えるかな”って思いながら、

 政務して、書類書いて、またやり直し。

 いやぁ、つらかった。」

「地味に精神削るタイプの拷問だな。」

「しかも配下に『魔王様、最近独り言多くないですか?』って言われるし、

 もう完全に“仕事しすぎて壊れた上司”扱いだよ。」

「それは……申し訳ねぇ。」

「いや、もういい。やーめた。」

「え?」

「魔王やーめた。」

 

 魔王は、さらっと言った。

 その顔は疲れを通り越して、どこか清々しかった。

 

「戦うのも、もういいや。

 勝っても負けても、君が死ねばまた戻る。

 終わりがない戦争なんて、誰が続けたい?」

 そう言って、彼は玉座から立ち上がった。

 歩み寄り、俺の肩に手を置く。

 

「君、うちで魔王やる?」

「……え、転職?」

「うん。私、休みたい。」

「休むって……魔王が休暇申請すんな!!」

「有給残ってんだよ。だってループで消えるから使えないんだもん。」

「神がブラック企業かよ!!」

「そう。で、君、正直に言って戦い疲れたでしょ?」

「……まあ、ちょっとな。」

「だったら、もういいじゃないか。」

 

 魔王は静かに笑った。

 その笑みは、勝ち負けを超えた場所にある。

 彼は剣を下げ、膝をつき――

 まるで騎士のように頭を垂れた。

 

「君は――“勝つまで戻る”存在なんだろ。

 だったら、もう戦わなくていい。

 神の遊びも、勇者の宿命も、私が止める。

 君のことは――私が守る。」

 

 一瞬、空気が止まった。

 剣がかすかに震える。

 

「……お、おい。今の、惚れるやつじゃね?」

「やばいな。急に騎士ムーブきた。」

「これからは、戦うより休め。

 君のハート、三つしかないんだろ?」

「……おい剣、聞いたか。今、守られる側になったぞ俺。」

「おう、姫勇者爆誕だな。」

「誰が姫だ!!」

「いや、もう立場的に姫だろ。」

「うるせぇ!! 俺は勇者だ!!」

「魔王に守られる勇者は、世界的に見ても姫枠だぞ。」

「やめろその納得できる説明!!」

 

 魔王は笑っていた。

 心底楽しそうに。

 

「……ようやく笑ったね。」

「お前もな。」

「君、本当に変わったね。最初は豆腐みたいだったのに。」

「鍛えたからな。」

「うん。筋肉は裏切らない。でも、心はもっと強い。」

「……照れるだろそれ。」

「姫なのに?」

「殺すぞ魔王!!」

「やめて。戦いはもう終わった。」

 

 ふたりの笑い声が、黒い塔の中に反響した。

 重苦しい空気が、初めて柔らかくなった。

 

 ――魔王は職を辞し、勇者は姫ポジに転職。

 誰も死なず、誰も勝たず、世界はちょっとだけ平和になった。

 

 その日から、

 魔王(元)は家事と政務をこなし、

 勇者(姫)は筋トレとプロテインの補充を担当する。

 完璧な分業制。

 世界のバランス、これでOK。

 

「なあ剣、次の筋トレメニューどれにする?」

「スクワット1000回。」

「……ハート3つしかないんだけど。」

「大丈夫。魔王が守ってくれる。」

「そういう問題じゃねぇ!!」

 

 ――今日も世界は、少し筋肉の香りがする。

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