5.通過点シュアル
「らっしゃい!!! お!! 見ない顔だね。 旅の人かい?」
「はい……」
シュアルの宿屋兼食事所。威勢のいい女性に出迎えられ,ラチェが戸惑いながら答えた。
長く茶色い髪をした女主人はカウンター席を指して,
「そこに座って」
と言った。そして手際よく程よいぬるさのお茶をカウンターに並べる。
「まずはお飲み。注文とかはそれから聞くよ」
気前の良い台詞と共にコップを3人に向け押し出す。
「「「ありがとうございます」」」
口々に同じ言葉を言った3人は,コップの中身を1口飲んで軽く歓声を上げる。
「おいしいです」
「すっごい爽やか!!」
「なにを使っているんですか?」
女主人の片眉が上がった。
「おや,そう言ってくれると嬉しいね。それは,ハヤラって言う柑橘系の果物のお茶だよ。疲れをとる効能があるんだ」
「へえ,そうなんだ!! お姉さんは薬草師もしているんですか?」
アスティの"お姉さん"との言葉に,女主人は苦笑した。
「お姉さんじゃなくて私の名前は,ヤリタヴォーラ・クレイナースト。リタって呼んでくれ。ちなみに私は薬草師ではないよ。ここに来る旅人達の知識を貰ったんだ」
「そうなんですか」
女主人とアスティの会話が一段落つく。すると今度は3人を,客達が取り囲んだ。
「どこから来たの?」
「3人とも,綺麗な髪と瞳の色してるなぁ」
「どこの人種だい?」
「そこの女の子,もしかしてアイントの兵かい?」
「俺,アイント兵だったよ!!」
「その前になんて名前なのー?」
「子供だけ?」
「偉いな」
「どこに向かうんだ?」
投げられる沢山の疑問符。素直に答えて良いものかと逡巡するルキア達。それにリタが声をかける。
「大丈夫だよ。今ここにいる人は町人ばっかだ。みだりに噂を流すような人じゃない。まあ答えたくなかったら答えなくて良いよ」
リタの言葉にルキアが立った。
「わたし達は,聖地アーム=ラルクから来ました。金髪の彼は,ラーチエンド・ファーリエン。左側の彼はアーシユーティー・シーフィリー。そしてわたしがルケイアーク・シアルリーフ。ラチェ,アスティ,ルキアが呼び名となります」
アリニアワールドでは,殆どの者の名が長く,短縮・呼びやすく変えた呼び名というものが存在した。
「わたしとラチェは人ですがアスティはラルサ族です。3人とも幼なじみです。わたしはアイント兵なので,アイントに薬草などを買いに行く2人の護衛をしています」
世界の危機のことは伏せてルキアが上手く説明した。
「そうなんだ」
「まだ子供なのに,護衛ねぇ」
「ルケイアークっつったら神剣使いだろ?」
「すげぇ奴なんだな」
「モンスターが出るのに買い出しなんて危ないことよくするわ」
また口々に町人達が感想を吐く。
「はいはい。もうみんないいだろう? さて,今日はどうするんだい?」
町人達を追い払ったリタは,真ん中に座っているルキアの方を向いて言った。
「3人5泊でお願いします」
「ご飯・部屋・風呂何を先にするかい?」
「じゃあ,取り敢えず荷物を置かせてください。その後に食事をお願いします」
旅慣れているルキアがどんどん話を進めていく。
「はいよ!!」
返すとリタは奥のキッチンの方に,叫んだ。
「3名様5泊!! 部屋に案内して!!」
「了解ー!!」
若い男の声がして,カウンターの横から返事をしたと思われる人物が現れた。金色混じりの茶髪をしていた。
「おっ! 初めての人だね? はじめまして。僕はカインセーズ・クレイナースト。カイって呼んで。リタは僕の妻。2人でここの宿屋を営業しているんだ」
「そうなんですか」
「ああもう,ごちゃごちゃ言ってないで早く案内しな!!」
「はいはい」
既にかかあ天下になりつつあるクレイナースト家の様相を3人は目の当たりにする。
ガタガタと音をたてて荷物を持ち始めた3人。顔を上げると,リタとカイが揃って言う。
「「"通過点シュアル"そして宿屋兼食事所「シュアルウーラ」にようこそ!!!」」
言い終わるとカイは振り返り,言い投げた。
「キッチン頼むね」
「はいよ」
そして3人はカイに案内され,2階の部屋に来た。
「置いたらまた下に来てね。夕飯を出すから」
言いおいて,部屋を出る。
見回すと,シンプルなつくりだが居心地は良さそうである。狭いことは狭いが。
「ルキア」
ラチェが呼ぶ。
「なに?」
「なんで5泊なんだ? 早く行かなきゃならないなら1泊でも良かったんじゃないのか?」
アスティがその通りとばかりにこくっと頷いた。
「……武器はアイントで手に入れた方が絶対良い物がある。けれど,薬や符は最低限買っておきたい。それに町の人から後の3人についてとモンスターやカミルについての噂を聞き出したい。1日やそこらへんじゃ多分話してくれないと思う」
珍しく長台詞を言ったルキアが,俯く。勝手に決めてしまったことを気にしているのだろうか。
「わかった。いろいろ考えてくれてすごく助かるよ。ありがとう」
ラチェが礼を言う。アスティが,割り込んだ。
「ごめん!! ちょっとお腹が限界!! 飯食べさせて」
「空気読めぇっ!!」
問答無用とばかりにラチェがアスティの頭をはたいた。
「おい!! なにすんだよ!!」
「お前が空気読まねえから悪いんだ。てか今思ったんだけどさ……」
「なんだよ?」
「お前結構チビ? 叩いたとき頭の高さ低かったぜ?」
「黙ればかっ!!」
お返しとばかりに脛を思いっきり蹴飛ばす。
「いだあっ!! つーかやっぱ図星かっ!!!!!」
「うっさい!!」
こんなやりとりを階段を降りながらしている2人を見て,ルキアが,
「これから大丈夫かなこの2人……」
と呟く。
先程の食堂に着くとリタが声をかけてきた。
「ごめん!! 適当に空いてるとこ探して座って! すぐ行く!」
見ると,リタもカイも手が放せないようだ。
「すぐじゃなくて大丈夫ですよ!」
「ありがとう!!」
断りを入れて席に座る。ラチェとアスティも言い合いながらではあるが席に着いた。
ラチェはアーム=ラルクから出たことが無く,アスティもカルナスから旅をしたのはほんの僅かの距離である。大聖堂カルナスの堂下町の中にローネ=ラルクがあり,移動するのは大半が異世界間だからだ。
「あれ,壁に貼ってある中から注文を決めて」
「わかった」
注文方法がわからずにきょろきょろしている2人に教える。
ルキアはちらっと貼り紙を見,いつも食べる物があるかどうか確認した。まあ,無ければそこは食事所ではないといわれるほどポピュラーなメニューなのだが。
「どうしようかな……」
「アスティって意外と優柔不断なのな」
貼り紙の群を見て迷いまくるアスティ。ラチェは少し考えていたが,もう決めているようだ。
たっぷり3分は迷い,急に宣言する。
「……よし!! あれにしよう!!」
「決まった?」
「あ,うん」
「俺は決まってるよ」
「じゃあ,すみません!!」
声量を上げてルキアが呼ぶ。
「あ,はーい!!」
ぱたぱたと駆けてきたのはカイだった。
「注文決まった?」
「はい。シューン(卵や魚を焼き,雑穀を練って焼いた物で挟んだ料理)を1つと―――」
「俺はカローン煮(カローンという厚くおいしい肉をクリームソースで煮込んだ料理)」
「おれはリユサ(木の実や雑穀の入った粥)でお願いします」
「じゃあシュー「えーっ!! あんだけ迷ってたのに? つーかリユサじゃ足りないだろ!?」
カイの言葉を遮ってラチェが驚く。
「……リメリスの神に仕える者は粗食が基本なんだよ」
「栄養失調でぶっ倒れでもされたらこっちが困るんだ!! きちんと食え」
魔術師であることの規律を語るアスティにラチェがキレた。
「んじゃ,こいつは俺とおんなじやつで」
「わかった。じゃあシューンが1つとカローン煮が2つだね。すぐ作るから待ってて」
「「お願いします」」
揃って言ったルキアとラチェ。振り返ると憮然とした顔のアスティがいた。
「なんで勝手にした」
「お堅いなあ,アスティは。いいじゃん食は人間の楽しみの1つだよ」
「そういう問題じゃな「もーいーじゃん過ぎたことだし。細かいなアスティ」
「……」
台詞を強奪され,言い返すことも出来ずにアスティは黙り込んだ。
「よりによってカローン煮なんて……」
「え? 食えないの?」
「食べられるよ。なんでもない」
「ふーん。じゃあいいや」
アスティの吐き出した呟きを流してラチェはルキアと話し始めた。
「ああもう……勝手過ぎだよ」
カルナスに行く前。
お母さんがおれの大好物のカローン煮を作ったときがおれの1番幸せなときだった。
だから―――
思い出したら,どうしてくれるんだよ。
アスティが口だけで空気に愚痴った。