1.襲撃
「眠たいな……」
3つの世界を結ぶ洞窟のある町の,人間界に属するアーム=ラルク。そこで,1人の少年が呟いた。
薄い金髪に,これもまた薄い水色の瞳。10代後半のようだが,それにしては少し背が高かった。少年は何もする事がなさそうな様子で,つまり暇だった。
「暇だな……」
もう一度少年が呟いたとき,
「おい,ラチェ!」
彼の友人が家に飛び込んできた。
呼ばれた少年,ラーチエンド・ファーリエンはノックもしないで入ってきた友人に返した。
「何だよ朝っぱらからうるさいな。ノックもなしかよ,ティオ」
ティオと呼ばれた,黒髪に蒼の瞳をした友人は叫んだ。
「呑気なこと言ってる場合か馬鹿野郎! モンスターの襲撃だ!!」
「嘘だろ!」
§§§
町の中を,ティオとラチェは駆けていた。
「なんでラルクにモンスターが来るんだよ」
「知ってたら苦労しないって」
2人ともが同じ疑問を持っていた。
″なぜ,モンスターが来ないと言われているラルクにモンスターが来るんだ?″
この3つの世界を繋ぐ地ラルクは,言うなれば聖地だ。元来モンスターの出現自体が珍しいアリニア ワールド。それが,聖地に出現したのだ。
異常を感じた2人の間に沈黙が生まれる。町の子供達の中では1.2を争う程の剣の腕前を持つが,2人はまだモンスターと対峙したことはなかった。
「多分,怪我人がたくさんでるだろう」
「そうだろうな。町の人達は100%モンスターと戦ったことがないはずだ」
「役に立てるかどうかは知らねーけど,急がなきゃ」
2人は足を早めた。
§§§
中心部は悲惨な状況だった。
「間に合わなかったか」
「今はそんなこと言ってる場合じゃない。急ぐぞ」
町を襲ったのはエンフィードバード,オールドゴブリン。それぞれ,エンフィード湿地とオールド山地に生息するモンスターで,同じ系統のモンスターに比べるとかなり手強い部類に属した。
「キェェー……グェェー……」 空から奇声をあげて襲ってくるバードをロングソードで振り払い,2人は町の中心部に向かった。
ラルクの住人の中でも武器の扱いに慣れている男達がモンスターの相手をしているが,モンスターの方が圧倒的に有利だった。
「行くぞ!! ラチェ!」
ティオの呼びかけには応えず,ラチェはモンスターと男達の命がけの舞いの中に身を踊らせた。
ティオの剣が,ラチェの剣がモンスターを切り裂いていく。さっきまで戦っていた男達はバード達が吐く睡眠ガスをもろに吸い込んでしまい,倒れている。当然,その場にいる20匹相当のモンスターの意識はラチェとティオの2人に引きつけられていた。
「……やばいぞ」
「早く……助けを……呼べねーか!?」
「無理に……決まってんだろ!!」
後ろから襲いかかってきたゴブリンを振り向きざまにぶったぎったラチェは焦りを感じていた。疲れたときが,2人の最後だった。
「やばいっ!!」
「ティオっ!!」
斜め上から攻撃されたティオがバランスを崩している。その上にはゴブリンのグレーブがあった。
「くそっ!! 間にあわねぇっ!!」
距離が遠すぎて助けに行けない。その焦燥感が,今度はラチェの隙を作った。上からバードが10匹,一度に振ってきた。まさに絶体絶命。
目の端に,振り下ろされるグレーブが見えた。
「だめだっ!!」
必死の思いでロングソードを上に掲げ,次の攻撃を防ごうと構えたが,いくら待っても攻撃が来ない。
ラチェは,周りの音が聞こえていないことに気がついた。
次に音が戻ってきたときには,周りはモンスターの死体でいっぱいだった。
そして,ラチェとティオの間に,1人の少女が立っていた。鮮やかな茶色の髪が,日の光に輝いている。
「大丈夫?」
言われてやっと体を動かすことが出来た。
「? ああ」
少女は一つうなずき,レイピアを鞘に収め,倒れているティオのいる方向に向かった。
「ティオ!」
「大丈夫。睡眠ガスを吸い込んでしまっただけ」
そういう少女のレイピアの柄には複雑な模様が描かれていた。
「ん?」ラチェの記憶の中で,何かが動いた。
「そのレイピア……。お前,もしかして」
「気づかれるようだから,先に言っておく。わたしはアイント兵。ラルクに魔物が襲撃するという情報が入って派遣されてきた」
「そうなのか……」
言い切った少女の瞳は,明るい緑色。すっと通った鼻筋,はらりと落ちた茶色の髪に白い肌が際だっていた。
「とりあえず,どこかにあの人達を運ばないと……」
見かけの年齢のわりにかなり大人びた口調で話す少女を,ラチェはただ呆然と見つめていた。
3つの世界を繋ぐ地で,失われた人種の少年と,神剣使いが出会った。