8.魔術師は精神年齢が高い
アイント地方全域を,強い光を持つ星々が照らす。夜と昼では,光る星の色や数,光の強さが違うアリニア ワールドでは,一際大きい神星と呼ばれる星が昼間だけ光っていた。
なぜ神星が昼だけ光っているのかというと,様々な説があった。人々が活動しているときのエネルギーを借りているのだとか,単にそういう設定なんだとか,昼間の強い光の星々の光を反射しているのだとか。
結局のところ,詳しいことは何もわかっていないのだった。
「アスティ!! 早く来ーい!!」
アスティがそんなことを考えていると,階下からラチェの声がした。
「わかってるよ!!」
叫び返し,小さな肩掛け鞄とと杖をひっつかんで階段を降りる。ちなみにアスティは魔術師だがローブは着ていない。自らの魔力を常に発動させているが故の事だった。シャツにズボン。動きは俊敏な方だった。
カウンターの前に立つルキアは麻のシャツと長ズボンに小さなリュック。ラチェは,同じような服装の半ズボンで手ぶらだった。
「とりあえず符を買いに行こう」
ルキアの声がかかる。アスティは符が無いと,戦闘時に悪く言えば邪魔になるだけだ。少しだけでも購入するのが望ましかった。だが,
「ああ,符? おれそれなくても魔術で戦えるよ」
アスティの爆弾発言。
「え?」
ルキアが少し驚いたような顔をした。ラチェはもっとだったが。
「だっておれ,スフィア・レンティスだし」
「いやいやいや!! それ理由になってないし」
「だからエト(アームのお金の単位)節約できるぞ!!!」
満面の笑顔で彼が言う。
「なんで?」
「ああもう! んじゃ証拠見せたら良いんだろ?」
「見せられるもんなら見せろ!!」
キレたアスティにラチェが大声を出す。
「はあ……。ライテスト」
アスティが左手を差し出して呟く。ふわっと香が匂った。
「わっ!! 光ってる!!」
「速い……」
アスティの左手が,電気のようなものを帯びて光っていた。ルキアが驚いたように,アスティが始動語を呟いた瞬間にはもうその左手の周りで電気が蠢いていたのだ。
「証拠になった?」
「「なりました」」
声を揃えた2人を横目にアスティは手を振って電気を消した。
「次ナメたこと言ったら雷ブチ落とすからね」
「心得ておきます」
「じゃあどうする?」
「どうもこうも」
頭を掻きながらラチェが言う。
「薬買いに行くしかないっしょ」
軽く提案した。
「そうだね。回復役いないし」
「うん」
2人の同意を得てラチェが宿の扉を開ける。神星の光が3人の髪を輝かせた。
街を歩き,道で会う人会う人に挨拶をする。
「あっ!!」
ルキアが急に立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
ラチェがルキアに尋ねる。
「ここの長さんに挨拶してない……」
「本当だ……」
真っ青な空が,3人を見下ろす。
§§§
「すみません。わたし達は,昨日ここにやってきた旅人です。長様にお会いしたいのですが……」
「あ,はいはい。わかりました。少々お待ちください」
門の近くに立っていた護衛人に,ルキアが声をかけた。護衛人が駆けていく先をラチェの薄い水色の瞳が追う。
「なんて言うのさ?」
「はあ?」
ラチェの問いにアスティが素っ頓狂な声を出した。左の眉が大きくあがっている。
「正直に言って悪いことがあるのかよ?」
「あ,いやさ,ルキアはシュアル(ここ)の人には本当のこと言わなかったじゃん。やっぱまずいかな? って思ったわけだ」
「お偉いさんだから大丈夫なんじゃない?」
「なにそのテキトー」
ラチェが明後日の方を向いて呆れた。
「お待たせいたしました!! こちらへどうぞ!」
護衛人が戻ってくる。息を弾ませて直立不動の姿勢をとった。
「ありがとうございます」
礼を言って中へ進む。質素だが,温かみを感じる建物だった。
「失礼いたします」
「失礼しまーす」
「失礼します」
それぞれ言って,長の部屋に入る。
3人の前にあった大きな机の向こうに,壮年の男が座っていた。
「こんにちは。通過点シュアルへ,よくぞいらっしゃいました。こちらにお掛け下さい」
言われるままに,3人は椅子に座った。ラチェがきょろきょろするのを,アスティが膝を叩いて諫める。
「こんにちは。わたしはアイント兵のルケイアーク・シアルリーフです」
「おれは,リメリス教魔術師のアーシユーティー・シーフィリーです」
「俺は……ラルクの剣術指南者のラーチエンド・ファーリエンです」
3人続けて自己紹介する。ラチェは少し迷ったが,職業もつけた。そこまで指南に自信はないのだが,ルキアとアスティがつけていたので流れを読んだのだ。
「私はシュアルの長のホイシークトナ・シュアルウーラです。この度は,どのようなご用件で?」
「はい。世界の危機を救うために」
なんの迷いもなくラチェが言い切った。
「お前は馬鹿か?」
「え? だってそうだろ?」
「こうなんかさ,もっと順序というべきものがあるだろ? ほら!! 長さんだって唖然としてらっしゃるじゃんか!!」
「それはアスティの声がでかいからじゃねーの?」
「明らかちげーよ!」
「あの,お二方……?」
「ラチェ,アスティ?」
2人が長とルキアの方に顔を向けると2人ともが困ったような顔をしていた。
「「すみません!!」」
不覚にも声がそろってしまい,またお互いの顔を見合わせる。
「これはアスティが1番わかっているからアスティに説明してもらっても良い?」
「へ!? ああ,うん。良いよ」
「じゃあ,お願い」
背筋を伸ばして行儀よく座る。
「長様,ローネにある大聖堂リメリスはご存じかと思います。おれは……」
静かな部屋の中で,低いアスティの声だけが響いていた。
§§§
「それは,本当のことですか?」
長の驚きを隠せない様子に,ラチェが身じろぎする。1回聞いた話をもう1度聞くのは耐え難い退屈さだ。昨日もそこまできちんと寝たわけではない。座り心地の良い椅子と,流れる静かな空気にラチェの眠気は増すばかりだった。
「はい。おれがスフィア・レンティスであることと,ルキアがアイントの特級剣兵であること,ラチェがレーテットであることが証拠です。証拠にするには少し頼りないものですが……」
「いやいや,あまりに大きい話だったので,驚いただけです。それで,どうなされるおつもりですか?」
「あー,っと,ルキア,チェンジ」
「わかった。このシュアルに住む方々に,聞き込みをするつもりです。何かご存じのことはないか」
「それなら,外れに住む,ヒシュカトヤナ・トクウェーザ―――ヒュナと言う女性に尋ねてみてはどうでしょうか? 彼女はラルサと人間のハーフで,魔術や伝承などにも精通しております。少しはお力になれるでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ。あなた方のような若き人にはこの旅は困難を極めるでしょうが,どうかお心を強くお持ちになって,事を成してください」
「はい。ご協力感謝いたします」
「ありがとうございました」
「ありがとうございます。あなたに神の御加護がありますように」
3人はそれぞれ感謝を表す動作をして部屋を出た。
「さっそく,その人の所へ行くか?」
「待て」
ラチェが興奮気味に尋ねると,アスティがそれを止めた。アスティの声に何かを感じ,ラチェはこれ以上そのことについて言うことが出来なかった。
屋敷の外に出て,アスティが大きく息を吸った。
「で,どうする?」
ラチェがまた尋ねる。
「とりあえず薬屋かな?」
「うん。もしもの時のために買っておかないと」
「OK! じゃ,行くか!!」
勝手にさっさと行ってしまうラチェと,慌ててそれを追うルキア。2人が腰に下げる剣の装飾が,光を受ける。
「うわ,元気なやつ」
1人呟く年寄りアスティがいた。
「あー,良い天気だなー」
3人の中では1番年下なアスティ