序章1:父と娘
Ruqia
「とうさんっだめだっ!! しんじゃだめだ―――っ!」
自分があげた最初で最後の叫び声。
最初で最後の願いは叶うことはなかった……。
§§§
わたしの母は,早くに疫病でなくなっている。父は,アイント王国の兵士の武術指南をしながら男手一つでわたしを育てていた。
「父さん。今日は剣の訓練の日?」
「違うぞ,ルキア。今日は槍の日,だ」
「そうだったっけ?」
「そうだぞ?」
「そっか。今日ついてって良い?」
「またか?」
「いいじゃん」
「しょうがない,早く家事を終わらせろよ」
家事を早く終わらせた日,わたしは毎日のように訓練についていっていた。
わたしの8歳の誕生日,突然,本当に突然父は切り出した。
「お前は将来何になるつもりだ? 何をしたいんだ?」
父は周囲の子供達が次々と奉公に出たり,職業訓練学校に行ったりしているのを見て,焦り始めていたのかもしれない。
だけど,わたしはそんなことをするつもりは全くなかった。
「父さん,武術を教えてよ」
「……」
「もし,1人になっても武術をやっていれば何とかなるでしょ?」
この頃,アイント王国では犯人不明の殺人事件が沢山起こっていた。
近くに住んでいた父の同僚や,行きつけのお店のところの女の子が殺されたと聞いてわたしはなぜか強くなりたいと思い続けていた。強くなれば,殺されないと思っていた。8歳のわたしにとって,死とは最大の敵であり,恐怖の対象だった。
「なん……だと……」
この言葉を聞いて,わたしは次に叱責の声が飛んでくるのを覚悟した。けれど,父はわたしの想像を100%裏切って言葉を発した。
父は悲しそうなのと,嬉しそうなのとが入り混じった表情をしていた。その表情の意味を推し量るには,わたしはまだ幼すぎた。
「本当に,そう思っているのか?」
「……え? いいの?」
「武術をやる者は、何故か知らないが必ず戦いを呼ぶ」
父が重々しく言った。
「戦いがくれば、お前はいつか死ぬかもしれない。それでも、「それでも、わたしは武術を学んで、強くなりたい」
割り込んで答えた。それほどにまで,強くなりたかった。
「その心,最後まで忘れるな」
父が言った。
「はいっ!!」
いつもの答え方ではだめだなと思わせる声だった。
わたしはこのときから,父に武術を教わるようになった。
§§§
「―――はっ!!!」
裂帛の気合いと共に槍が突き出されたが,わたしは横向きの体制にずらして受け流した。
そのまま,手に持った槍を横に滑らせ,相手の槍を手首ごと無理矢理横にさせようと試みる。
「―――くっ!!」
「もらったあっ!!」
相手が呻き声をあげたのを聞いて、わたしはそのまま槍じりで手首を打った。
カラン
軽い音がして,相手の槍が落ちた。
「勝った……」
「ルキアちゃんすげえっ!!」
「ダーシェさんに勝った!!」
「さすがだな」
「ルキアちゃんやばいほど強いじゃん」
みんなの歓声も耳に入らなかった。父さんに勝てた。
父に武術を教えてもらうようになって3年目のわたしの誕生日には,兵隊の誰よりも,そして父自身よりも強くなっていた。
もうどんなことが起こっても,父さんと自分は死なないと思った。
だけど,悪夢は起こった。
§§§
2年後,武装した5人の男が,早朝,家に押し入り,父さんを刺し,撃った。止める暇は無かった。父が刺された時,わたしは寝ていた。
ただならぬ気配を感じて起きたときには,事は終わっていた。
「……なに? なんなの? 父さん! 父さん! どうしたの? 答えてよ!! 父さん!」
「……」
答えはなかった。
沈黙が,唯一の答だった。
父の体から流れ出た赤色が,家の床を汚す中,今から医術師を呼んだら助かるのかな,とそんなことを考えていた。
「こいつもいたのか」
沈黙の中を裂く耳障りな低い声が,わたしの心を苛立たせた。
「なんで!! なんでこんなことをしたんだよ!!」
「この国を征服する。そのために兵達の武術指南を殺すのは当然じゃないか?」
その端的な答えにわたしは耳を疑った。この国を征服する? この大国と呼ばれるアイント王国を?
「冥土のみやげに教えてやろう。我々は……」
父が呻いている。
「我々は,人間じゃないのだよ」
そのとき,喉元にダガーが伸びてくるのをわたしは見た。とっさにロングソードで,ダガーを払い,後ろに下がった。心臓が早鐘を打っている。まわりがよく見えない。どうしよう。殺される……!!
「さあ,選びたまえ。自ら命を絶つか? それとも,連続殺人犯である我々に殺されるか?」
「ル……ア……に,げろ……」
父の声が聞こえる。体の奥の方が熱くなる。
右手が,勝手に動いて,ソードが残像を刻んだ。
キーン
耳の奥に聞こえた音は,何の音だったのだろうか。
不意に耳の奥にそんな甲高い音が響き,気づくと,手には血で汚れたロングソードがあった。 そして,まわりに5体,切り刻まれた死体があった。
後ろで父の呻き声を聞き,わたしは正気に戻った。
「医術師を呼ばなきゃ」
医術師を呼ぼうとしたけれど急に体の力が抜け,わたしは崩れるように倒れてしまった。
「だめだっ! とうさんっ! しんじゃだめだっ!」
まただ!!
父さんが,刺されるところだ……!!
わたしはベッドから跳ね起きた。
「大丈夫か?」
父が指導している兵の中で、特にわたしと仲がよかった仲間が目の前にいた。
「なにがあったんだ?」
その言葉を聞いて,わたしは叫んだ。
「とうさんは!?」
兵士は顔を背け,言った。
「あんたの親父さん,ダイネシェード・シアルリーフは……亡くなったよ」
ごめん、父さん
守れなかった