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第8話-ケーキ?との戦い-

 イアンは走った。

 ジェシーに制止された気はしていたが、それどころではなかった。耐えがたいほどの甘さがしつこく残り、大好きなコーヒーをガブ飲みしても解消されることはない。


 逃げても逃げても追いかけてくる。消したくて消したくて消したくて。消したくてたまらないのに消せない。感じたくないのに感じさせられるもの。


 それは、殺人的な甘さ。


「ヌグオォォォォ」


 人目もはばからずイアンは悶絶する。

 水をがぶ飲みしても、甘さはこびりついて離れない。胃の中から殺人的な甘さが込み上げてくる。


 そんなイアンの背後に忍び寄るのは、コーヒー豆店のソニア。


「グォォォォォ」

「くぅぅぅぅぅ」

「アァァァァァァァ」

「あぉぉぉぉぉぉぉ」

「ハァハァ、ハァハァ」

「は~は~、ふ~ふ~」

「って、何してんだよ!!」


 ソニアはもがくイアンの横で真似をするようにもがいているが、再現しきれていない。結果として謎の行動になってしまっていた。


「何って、イアンが変な踊りしてるから。Shall We Dance?」

「踊ってね、ゴフッ、ゴフゴフ」


 イアンはまだまともに喋れる状態ではない。甘すぎるホイップクリームが、しつこい油汚れのように奥歯にへばりついており、予期せぬ瞬間に喉の奥を襲ってくる。


「ごっふごふ~、ごふご~~ふ」

「ゴホッ。いや、冗談抜きでキツい」

「ほぇ~。どしたん?話聞くよ。ぷっ」


 グロッキーなイアンを見て、ソニアはこらえきれなかったようだ。


「笑うなよ」

「笑ってない。ぷぷっ」

「絶対わざとだろ」


 ソニアはプークスクスのポーズになっていて、笑いをこらえるつもりもないようだ。


「でさでさ。どしたの?すごく臭うよ。甘い匂い」

「だろうな」

 殺人的な甘さに殺されそうになっているという、信じられないが本当の話。イアンは込み上げる甘さを我慢しながら自分の身に起きていることを伝えた。


「なにそれ〜。あっ、じゃぁほっぺたのそれってホイップクリームってこと?」

「え?」

「白いのついてるよ?」


 ほっぺたに残ったホイップクリームを女の子にとってもらう。

 という夢のようなシチュエーションにはならなかった。ソニアがホイップクリームに手を伸ばす、までは良かったのだが、接着剤のようなクリームは触れたものを逃さない。


「イテテテテテテ」

「お〜なんだこれ〜」

「ふぃっふぁるなって」

「だって取れないんだもん。ぷぷぷ〜」


 ほっぺたと手を、ホイップクリームがつないで離さない。という状況をソニアは楽しんでいるようだった。痛がるイアンにまたプークスクスのポーズを見せつけている。


「お前なぁ。そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ」

「なんで?」

「このまま取れなかったらどうすんだよ!」


 もはやホイップクリームと呼んでいいのかすらわからない謎の物体につながれているのだから、ちゃんと取れるかもわからない。


「はっ」

「気付いてくれたか。事態の深刻さに」

「安心しな。ボウヤの面倒は私が一生見てやるよ」

「なんでそうなる!?や、だ、よ。顔と手が一生引っ付いたままなんて、ってイテテテテテ、ふぃっふぁるな!」


 なされるがままのイアン。痛くないように手の動きについていこうとするが、むなしくひっぱられるだけだ。


「ちょっと、こんなところで何をしているの?」


 止める気配が全くないソニアを止めたのは、謎のホイップクリームを作り上げたジェシーだった。


「イアンくん。知り合い?」

「全ての元凶だよ」

「ちょっ、元凶ってなによ。せっかく美味しいケーキを作ってあげたのに」


 そこにあるのは、イアンと女店長の2人の世界。ご立腹のジェシーが入り込む余地などない。


「な〜にぃ?いつの間にこんな可愛い女の子と知り合ったのぉ?」

「別に、次の仕事を一緒に受けることになったんだよ」

「そうよ。こんな可愛い私が美味しいケーキを作ってあげたのに」


 女店長はイアンのほっぺたをグリグリしだした。ジェシーは無視されていることにまだ気付いていない。


「おぉ〜。良かったじゃん」

「良くない」

「あれ?話聞いてる?」


 無視されていることにジェシーが気付きだしたことに、イアンは気付いていない。


「あれ?でも元凶ってどういうこと?」

「このホイップクリームを作ったのがコイツなんだよ」

「お〜い、聞いてるの〜」


 ジェシーはイアンの目の前で手を振り気を引こうとするが、女店長にあしらわれてしまっている。


「ふ〜ん。つまり、この子にケーキを作らせて食べてたってことなんだ」

「いゃ、まぁ、そうだけど、これはただの取引なんだよ」

「ちょっと、無視しないでよ!あとこれで取引成立でしょ」


 ジェシーの叫びに、イアンは取引のことを思い出した。最大規模のゴブリンの巣穴の調査に協力する見返りにケーキをごちそうになるということ。


「待て待て。成立なわけねぇだろ」

「なんでよ!」

「あんなもの人の食べ物じゃねぇ。あとこのホイップクリーム、みたいなものはなんだ!?全然取れねえじゃねぇか」


 ほっぺたと手を繋ぐホイップクリームを見せながらイアンは反論する。若干慣れてきてしまっていたが、口の中にもまだまだしつこく甘さが残っていた。


「ヒッド〜い。美味しく作ったのに。あと、すぐに食べないのが悪いんじゃない。時間が経ったホイップクリームが取れないなんて当たり前じゃない。気をつけない方が悪いのよ」

「んなわけあるか〜!!」


 意味不明な主張に、イアンは大声で叫ぶのだった。


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