第7話-甘すぎるケーキ-
そしてジェシーと街をふらつくことになってしまう。
同じ調査隊員とはいえ、初対面であまり話すことはない。
「お~い。何ボーっとしてるの~」
「ん、あぁ悪い悪い。ホイっ」
「ホイっ、じゃない。これから一緒に仕事するのに、紙切れだけですまそうとするな」
依頼内容が気になっているのだと思い、書かれている書類を渡したが、それではダメのようだ。
「なんだ?文字はダメなのか?」
「ちっが~う!いい?私はね、この依頼を絶対成功させたいの。だからちゃんと打ち合わせしようってこと」
「ふ~ん」
ジェシーはとてもやる気に満ちているが、イアンにとってはいつも通りである。というより的中率100%を維持するだけでも難しいことであり、常に緊張感があると言える。
「ふ~ん、じゃない」
「はいはい。そんなに心配するなって、調査は俺が1人で完璧にやっておくから」
「な、なによそれ!」
依頼されたのは中規模の巣穴の調査依頼であり、イアン単独でも十分に調査可能である。というより単独の方がやりやすくもある。
「あなたわかってるの?」
「わかってるわかってる」
手をヒラヒラさせながら、早く調査の準備をしたいイアンは立ち去ろうとした。だが腕を掴まれて阻止される。
「ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさい。全然わかってないじゃない。い~い、これはね。2人で協力しろってことなのよ」
「協力?なんで?」
「あなたねぇ。最大規模の巣穴なんて、一人で調査できるわけないじゃない。いきなり協力するのも難しいだろうし、だから、中規模の巣穴で互いの連携を、って聞いてるの!?」
イアンはそもそも最大規模の巣穴の調査依頼を、全て受けるつもりはなかった。1万匹を数えることなど不可能に決まっており、巣穴の見取り図を作成することを提案するつもりだった。
「あのなぁ。最大規模の巣穴なんて調査できるわけないだろ」
「はぁ!?」
「いやいや。本気で調査しようとしてたのか?やめとけやめとけ。ギルド長には上手く言っておくから」
的中率100%という体裁が大事なのだ。これはイアンの考えであり、同じ的中率100%であってもジェシーは違うのかもしれない。
「それじゃダメなのよ!」
「あっそ。まぁ止めはしないけど」
「じゃなくて、ちゃんと協力しようよ」
無茶な調査依頼を受けることを止めはしないが、巻き込まれたくもない。とはいえジェシーは真剣そのもので、無為にするほどイアンは薄情ではない。
「協力ったってなぁ。受けたくない依頼はやらなくてもいいだろ」
「やりたいのぉ。この依頼は絶対受けたいのぉ」
「ん~。まぁ話くらい聞いてやるけど」
よほど大事な理由があるのだろうとイアンは感じた。そしてその理由によっては、ちゃんと協力しようとまで考えていた。
「私はね。討伐隊員になりたいの。でも女はダメだって言われちゃって、失礼しちゃうよね。まぁ、男より体力がないのはわかってるけど」
「討伐隊員になりたい、か」
「そっ。調査隊員として実績を積めば採用してくれるってことになってて、だから、今回の攻略作戦はチャンスなの。ね、お願い」
イアンにとって共感できる理由ではない。そして討伐隊員が引退し調査隊員になるのは一般的だが、逆のパターンは聞いたことがない。
「つまり、ジェシーの個人的な夢のために協力しろと?」
「そ、そうだけど、そんなに冷たい言い方しなくてもいいじゃない。依頼自体はギルドから正式に来ているわけだし、ただ協力して良い結果を残したいってだけなんだから」
ジェシーの言うことは正しいのだが、調査隊員を単なる腰掛け程度としか見ていない態度は印象が悪い。ギルドからの正式な依頼も、全てを正式に受諾しているわけではない。
「あんまり乗り気になれねぇな」
「なんでよ。こんな美少女がお願いしてるのに~」
「自分で言うなよ。あとジェシーのはお願いになってねぇんだよ」
「どういうこと?」
ジェシーは本当にわかっていない様子だった。他人にものを頼むのに、自分の想いを伝えるだけでは不十分だ。強い共感を得られれば協力してもらえるかもしれないが、それはただラッキーなだけだ。
「手伝って、俺に何のメリットがあるんだよ」
「メリット?」
「まぁ討伐隊員になりたいっていうのは、正直気に食わないけど、問題はそこじゃない。俺は依頼自体を受けたくないんだ。何か良いことがあるなら別だけどな」
「なるほど。それを早く言ってよぉ。まっかせなさい」
「ん?」
やけに自信満々なジェシーはイアンをギルドに連れ戻し、無人食堂に連れて行く。調理場は用意されているが、隊員が使用するようであり、ギルドに所属する人が飲み会を開いたりする場所だ。
今は使われておらず、文字通り無人の場所になっている。
「おい、なんだよ」
「待ってなさい。美味しいケーキを作ってあげるから」
「ケーキ?」
「そっ。イアンってコーヒー好きなんでしょ?協力してくれたら、美味しいケーキを作ってあげるわよ」
イアンの目的は、スローライフをすること。毎日コーヒーを飲み、たまにケーキのような甘いものを食べること。まだ調査隊員としての仕事は続けなければならず、そこにケーキが加わるのは魅力的なことだ。
「なるほど。悪くない」
「でしょ?待ってて、すぐに用意するから」
「そっか。せっかくだから豆を持ってくるよ」
ジェシーは手慣れた様子でケーキを作っている。せっかくならコーヒーも飲みたいと思ったイアンは、一度自分の部屋に戻って豆を持ってくる。
「戻ったぞ。ってすごい匂いだな」
食堂の中は甘い匂いで充満していた。ケーキを作ったのだから不思議なことではないのだが、少し匂いが強烈すぎる。
「あっ、もう少しで焼き上がるよ。飲みたいなら淹れとけば?」
「お、おう。ジェシーは飲むか?」
「私はいいや。苦いの苦手だから」
どうなっているのか疑問に思いながらイアンはいつも通りコーヒーを淹れる。いい香りに包まれる、はずが強烈な甘い匂いにかき消されてしまう。
「完成したよ。持ってくね」
「大丈夫なのか?」
「何が?ほら、座って座って」
ケーキは焼き上がったようだが、取り出された瞬間に甘い匂いがさらに強烈になる。臭いわけでもないのに、思わず鼻をふさいでしまいそうになるほどだ。
「はい、どうぞ。いっただっきまーす。う~ん、サイコー」
ジェシーは口を大きく開けてケーキを食べている。匂いから警戒するほどの味ではないのではないかとイアンは信じることにした。
「じゃ、じゃぁ」
茶菓子をどうして食べるのかというと、コーヒーの苦みがより際立って美味しく楽しめるからだ。そういう意味では、ジェシーのように茶菓子だけ楽しむというのはイアンの趣向とは異なる。ただ楽しみ方は人それぞれでもある。
「うーむ」
イアンは意を決してジェシー作のケーキを一口食べる。
それはイチゴ?が1つ乗ったショートケーキ。
口に含んだ瞬間から、甘く甘く甘く、あまりに甘すぎる香りが口の中を支配する。
ホイップクリームは粘り気が強く、接着剤のように下にへばりつきながら甘さを拡大する。
スポンジは噛んだ瞬間にドロドロと奥歯に貯まり甘みを絶やさない。
乗っていたイチゴ?はイチゴではなく砂糖の塊で、噛むとガリガリと甘さを響かせる。
「ぐ、ウグ、グググ。ヌワァァァァァァァァ」
甘い、甘過ぎる。殺人的な甘さだ。
「ヌオォォォォォォ!!」
イアンは叫びながら食堂から逃げ出した。