第6話-新たな依頼-
「ギルド長、新しい依頼ですか」
「ん~、まぁそうなんだがよ。とりあえず座れや」
イアンが調査隊員として活躍し始めてから3年の月日が経過し、ギルド長から個別に依頼されるほど信頼されるようになっていた。
ギルド長室まで案内してくれた受付嬢がコーヒーを用意し、すぐに退出した。込み入った、しかも長い話になることが予想できる。
「早速だけどよ。スローライフをしたいって気持ちは変わらんのか?」
「変わりません」
イアンは即答した。1年で金貨100枚は貯められるようになっており、既に金貨300枚に達している。このまま順調なら、あと7年で金貨1000枚貯まり念願のスローライフを始められる計算だ。
「前にも言ったがよ。調査隊員の指導教官として残っちゃくれねぇか?」
それは何度も繰り返し依頼されていることであった。イアンの調査報告は他の追随を許さないほど圧倒的に優れており、ギルドとしてノウハウを残して欲しいということであった。
「断る」
「ちっとは悩めよ」
同じことを頼まれても、同じことを答えるに決まっている。何度も繰り返し断っていることであり、これで終わりということは無いだろうとイアンは思っていた。
「それで本題は?」
「わぁったわぁった。まずは、コイツだ」
ギルド長が取り出したのは分厚い資料。イアンが一通り目を通すと、書いてあったのは最大規模のゴブリンの巣穴の攻略計画。
最大規模となると約1万匹となり、イアンでも正確な数を数えることは困難だ。
だが攻略計画ではいきなり最大規模の巣穴で作戦を開始するつもりはなく、その周囲にある中小規模の巣穴から順番に攻撃することになっていた。
「要するに、ドデカイ巣穴を壊滅させたいから、その周囲の邪魔になりそうな巣穴を先に攻めたいってことか。それで邪魔な巣穴の調査をして欲しいと」
「まぁ、大体そんなところだ」
ゴブリンは繁殖力がとても高い魔物であり、逆に言えば厄介なのは繫殖力だけだ。文字通り1匹残らず駆逐してしまえば脅威にはならず、イアンが正確な数を報告すれば確認も容易い。
「わかった。任せてくれ」
「まぁそう急くな。今回は頼もしい助っ人も呼んでるんだぜ」
「いらない」
「まぁそう言うな。本当に頼もしい助っ人なんだぜ」
「いらないって」
「まぁそう嫌がるな。ほれ、頼もしい助っ人だろぉ?」
「しつこいなぁ」
どうやらギルド長は是が非でも助っ人を同行させたいらしい。書類の1枚を押し付けるようにイアンへ突き出している。
「そもそも足手まといなだけなんだよなぁ」
「いいから見てみろって」
イアンに比べると、他の調査隊員の隠密スキルはお粗末なものだ。引退した討伐隊員が多く、戦闘スキルを磨いてきた者が多い。共に調査をしたとして、同じように巣穴に潜入することは不可能であり、邪魔にしかならない。
書類を確認する気にすらなれなかったイアンであったが、ギルド長の押しが強い。しぶしぶ目を通すことになり、そして、その内容を何度も見直した。
「えっ、これ、本当なのか?」
書類に書かれていたのは、的中率100%の文字。
イアンは驚きを隠せず、ギルド長は満足気な表情をしていた。
「はっはっは。お前もウカウカしてられんぞ」
「おいおい。こんなのいたのか」
書類によると、ちょうど1年前から調査隊員として仕事を始めたらしい。かなり遠くの街のギルドに所属おり、今まで名前どころか噂すら聞いたことがなかった。
「ガッハッハ。お前の調査能力も大したことねぇなぁ」
「うるせぇ。俺は魔物専門なんだよ」
イアンにとって、他の調査隊員など眼中になく、興味が湧くわけが無い。なので知らなかったことは気にもしていなかったのだが、それでも同じ的中率100%だということは衝撃的なことだった。
「わっはっは。どうだ、これなら文句あるまい」
「笑いすぎだっての」
ギルド長の笑いが止まる気配もない。しかし断る理由がなくなってしまったことは認めざるを得ないことであった。
「わかったよ。一緒に調査すればいいんだろ。ったく」
「よーし。んじゃ早速。ゴホン。作戦会議じゃ〜〜〜!!!!!」
「だ〜〜〜〜〜うるせぇ〜〜〜〜」
普通に呼び鈴を鳴らせばいいものの、大声で職員を呼ぶのはギルド長の悪癖だ。ギルド長室に職員が次々に入ってくる。
その中に、見慣れない顔の女の子が1人いた。
「おう、ジェシー、こっちだこっち」
ギルド長が呼んだ名前は、もう1人の的中率100%の調査隊員の名前。書類では女だということしかわからなかったが、実物は金髪の髪をまとめている赤い瞳のやや幼さの残る女の子だった。
そして攻略計画の詳しい説明が始まった。1つずつ確実に巣穴を殲滅していくというシンプルなもので、ゴブリンの数を2人で調べて欲しいというものだった。
イアンが気になったのは、手分けして調べる、のではなく2人で1つの巣穴を調べるという点。
「なぁボス」
「ギルド長と呼べ」
「この計画って親分が考えたのか?」
「だからギルド長と呼べ」
「船長が考えたにしては慎重すぎるよな。何かあるのか?」
「ギルド長と呼べと。ゴホン。何度言わせるんじゃ~~~!!!!!」
「だ~~~~~うるせぇ~~~~」
部屋にいる他の職員たちも、そしてジェシーも耳を塞いでいる。ギルド長の大声は、何度聞いても強烈なものだ。
行動不能になってしまった人が床に倒れてしまっている中、イアンは計画の内容について考えていた。どう見ても2人で同じ巣穴を調査する理由が思い至らない。
「いいかイアン。いくらお前が優秀だったとしてもな、独りでできることなんてたかが知れてるんだ。なにより単独行動は危ないからな」
「どうしたボス。いつになくマトモなこというじゃねぇか」
「ギルド長だ。それに、生意気なお前はどうでもいいが、ジェシーは失いたくない調査隊員なんだよ。まっ、仲良くやれや」
要するに、2人で協力して互いにカバーしあえということらしい。いつも豪快なギルド長らしくない作戦だというのがイアンの感想だったが、ダメというわけではない。
「わかったよ」
「あのさ。そろそろ話に入っていいかしら?」
声の主はジェシー。小さく手を上げながら話しかけてくる。そういえばほとんど会話に入っていなかったことにイアンは気付く。
「おう、どうした。なんでも言ってみろや」
「なぁボス。組長みたいになってるぞ?」
「ちょっと、だから私にも話させなさいって」
「ギルド長だ。ってこれじゃぁ親睦が深まらねぇなぁ。おいお前ら、2人でちっと話してこい。同じ調査隊員同士、色々あるだろ」
「雑だな、おい」
「だから無視するな」
とはいえ、同じ的中率100%の人という意味で気にならないわけではない。書類によるとそれなりに依頼数をこなしており、実力は疑うまでもない。
「とっとと行け」
「作戦の説明をするんじゃなかったのかよ」
「そうよ。まだ何も説明されてないわよ」
「イアン。ここを調査して来い」
「雑だな、おい」
「だから無視するな!!」
渡された書類には中規模な巣穴の情報が書かれていた。作戦会議とはなんだったのかとイアンは思ったが、ギルド長から部屋を追い出されてしまった。
「押すなって」
「んじゃ、報告待ってるぞ」
「もう、どうなってるのよ」