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第5話-その後-

「はぁ、なんだか疲れたな」


 思いがけず長い一日になってしまった。

 イアンにとって、美味しいコーヒーを飲むことが一番疲れの取れることだ。いつものようにコーヒー豆を買いに行く。いつもと違うのは、ちょっと高めの豆を買うつもりということ。


「よっ」

「あれ、イアンくん。今日はどうしたの?」

「良い豆が欲しいなって」


 どうしてか、店内にある空の花瓶にばかり目を取られてしまった。

 普段のソニアであれば、すかさずオススメを出してくるところであるが、今日はどうにも段取りが悪い。


「た、たしか、小規模な調査だよね。えっと、すごい発見しちゃったとか?」

「なんで俺の仕事の内容を知ってるんだよ。あと、別に何もない」

「そう、なの?ふ~ん」


 コーヒー豆を探す手が完全に止まっており、店員としての仕事を全くしていない。


「気になるなぁ」

「気にするな。あと仕事をしろ」

「大丈夫だよ。お客さんいないし」

「俺は客だ」


 店にはイアンとソニアしかいなかった。


「話してみなよぉ。そういう間柄でしょ。わくわく」

「どんな間柄だよ。あと、何もないって」

「何もないのに美味しいコーヒー飲みたいなんて思わないでしょ?豆はまだ残っているはずだし」

「だから、なんでそんな詳しいんだよ」


 この間、普段飲む用のコーヒーを買ったばかりであり、家に残っているのは合っている。問題は、いくら常連客とはいえ把握しているということだ。


「ミスっちゃった?」

「え?いや、それは」

「あぁやっぱり。う~ん。でもそれだけじゃないみたいねぇ」


 どうしてそこまで見抜けるのか。イアンは疑問に思うが、不思議と嫌な気持ちもしなかった。


「教えて」

「なんで?」

「だって、イアンくんって全部独りで抱え込んじゃうんだもん。心配だなって。ほら、人に話せばスッキリするよ?」


 どうしてか、店内にある一輪の花が生けられた花瓶に目を取られてしまった。

 イアンにとって、ソニアは数少ない理解者だ。調査隊員になりたいと話せば、大抵の人間は白い目を向けてくるものだ。酷い人だとあからさまにバカにしてきたりもする。


 だがソニアはバカにすることも白い目で見ることもなかった。ただ面白い人だと微笑むだけで、それから良好な関係が続いてきた。

 なので、話してもいいのではないかとイアンは思った。理由がなんであれ、不正を働いてしまった罪悪感から逃れたかった。


「1匹多かったんだ」

「あらら」

「言っとくけどミスったんじゃないぞ。数え間違えたんじゃない。ただ交尾してた中に、双子を産んだ奴がいたんだ。そんなのわかるわけなじゃないか」

「ふ、双子?えぇ、イアンくんってゴブリンの、そんなの見てたの!?」

「見たくて見たかったんじゃない。的中率を100%にするには必要なことなんだ」


 誰が好き好んでゴブリンの交尾シーンなんて見たいものか、というのがイアンの本心だ。ただこの話を聞いて爆笑しているソニアを見ていると、少しずつ気が晴れていった。


「あ〜おもしろ。で、どうしたの?」

「そりゃ、バレないように1匹減らしてきた」

「おぉ〜、やるねぇ」


 ソニアの反応はイアンにとって意外なものだった。勢いに乗って言ってしまったのだが、責められるどころか褒められてしまう。


「何も言わないのか?」

「えぇ?何のこと」

「いやだって、一応不正だから」

「あ〜それで悩んでたんだ。相変わらず真面目だねぇ。いいじゃんそれくらい。討伐隊員だって討伐数の水増しとかしてるんだし。それに双子だったんでしょ?わざわざゴブリンの、そんなの見てねぇ。ぷ~」


 ソニアはこれ見よがしに笑った。交尾しているゴブリンを数えていたということは、そんなに面白いことなのかとイアンは感じていた。


「笑うなよ。あと誰にも言うなよ」

「言わないよ。あっ、違う、今のなし。なんでも1つお願いを聞いてくれたら、言わないであげる」

「は?」


 どうしてか、店内にある花瓶が満開になっている気がした。

 言い直した理由はさておき、なんでも1つと言われてイアンは警戒してしまう。戸惑いに追い打ちをかけるようにソニアは身を乗り出し顔を近づけてくる。


「どうするんだい?子猫ちゃん」

「待て待て。顔が近いし、セリフのチョイスがおかしい。あとなんでもってなんだよ、なんでもって」

「なんでもはなんでもさ。さぁ、言ってごらん。なんでも言うことを聞くって」


 イアンは後ずさって逃れようとするが、ソニアは追いかけてくる。まじまじと見たことがない綺麗な瞳に釘付けになってしまう。


「からかってるのか?」

「もしかして照れてるの?」


 その通り、などと正直に言えるわけもなかった。イアンは必死に目を逸らす。はずが女店長に顔を押さえられて阻止されてしまう。


「ふ~ん。ねぇイアンくん、もし私が不正のことを話しちゃったら的中率100%どころか調査隊員としての評判も悪くなっちゃうよね」

「そ、それは」

「スローライフとなんでも言うことを聞くの、どっちにする?」


 イアンの答えは決まっていた。スローライフは最優先事項だ。他の何を犠牲にしても、一刻も早く実現したいこと。


「わかったよ。なんでも言うことを聞くよ」

「やったー!」


 女店長に抱きつかれる。どうしていいかわからないイアンはされるがままになってしまう。


「お、おい」

「やっぱり照れてる?」

「からかってるだけだろ」

 

 そしてイアンの不正がバラされることはなく、的中率100%の調査隊員としてのキャリアがスタートした。


 3年の月日が流れ、達成した調査依頼は99件。表向きは的中率100%、実態は的中率0.9696969696…%。

 双子ゴブリンの件の他に、落雷によって分裂したデュラハンと卵を腹の中に抱えていたワイバーンの件。計3件は1匹多くなってしまい、的中したのは96件。


 金貨も300枚ほど貯まり、スローライフに向けて順調だった。


 そんなある日、イアンはギルド長に呼び出される。最大規模のゴブリンのコロニーの調査のためで、もう1人の調査隊員との合同調査になるということだ。


 そしてその調査隊員も、的中率100%を誇るのだった。


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