第23話-巨人との邂逅-
「ぐぬ~。なんだこれは!」
イアンが巨人の目の前に到着したとき、ちょうど唸り声をあげた時だった。ただ大きいだけの声のはずが、強い向かい風の中を進んでいるかのようだ。
「もうやるしかねぇな」
隠密どころではないほどの強風だった。巨人にバレたかまでは定かでないが、バレてしまっているという前提で動かざるを得ない。
「ぬ~。む?誰だ」
その巨大な目がイアンに向けられる。ホイップクリームの元凶である自分の顔を覚えていないでくれと願っていた。
「人間か。なんだ?文句あっか」
「あっ、いえ、そういうわけではなく」
イアンは見つけられたことで飛び上がり、顔を覚えられていないことに胸をなでおろす。少なくとも問答無用で襲われるということはなかった。
「あぁクソ。動きにくいったらねぇ」
「あの~」
「んだよ!?」
「取れますよ。それ」
歯牙にもかけない様子の巨人であったが、イアンの言葉は届いていた。厄介なホイップクリームが取れるということに興味津々のようだ。
「ウソじゃねぇだろうな?」
「えぇまぁ。お湯をかければいいだけなので」
本当のことを話してしまうのは、イアンにとって賭けであった。
簡単には取れないと嘘をつけば、交渉材料としての価値を出せるかもしれない。ただバレてしまったときのリスクも高く、そもそもただの人間でしかないイアンが解決できるというのは余計な疑いをかけられてしまう。
「ほ~ん。話はわかったがよぉ。おめぇ、なんで知ってんだ?んン?」
イアンの心に緊張が走る。案の定といったところか。巨人から見れば、突然見知らぬ人間が都合の良いことを言っているだけだ。胡散臭いと感じられても仕方がない。
もしここで、巨人の信頼を得られなければ、何も解決しないどころか逆に何をされるかわからない。
「こんなことになったのは、ついこの間なんだぞ?ずいぶん都合のいい話じゃねぇか」
「これでも名の知れた調査隊員なので、それくらいなら簡単に調べられます」
「調査隊員だぁ?胡散臭ぇなぁ」
立派なヒゲを撫でながら、巨人は不敵な笑みを浮かべている。疑うように身を引くのではなく、面白いものでも見つけたかのように身を乗り出している。
「え、えっと」
「まぁいい。面白そうじゃねぇか。お湯だな?どうやって用意するんだ?」
「そ、それは」
「おいおい。名の知れた調査隊員なんだろぉ?全部なんとかしろよ。今日中に」
今日中、というのは難しい要求だ。巨人の体にまとわりついたホイップクリームは思いのほか多く、全て溶かしきる量のお湯を用意するだけでも数週間は必要そうな上、用意できたとしても運んでくるのは至難の業だ。
「その、今日中というのは」
「けっ。どうせアレを作ったのは人間なんだろ?妙な罠を思いつきやがって」
「あ、あの」
「いいっていいって。まんまと引っかかった俺が滑稽なだけだ」
固まってしまっているホイップクリームを引きはがす巨人。ベリベリという音と共に自らの皮までも剥いでいて、かなり痛々しい。
血の付いた塊を、巨人は地面に落とす。甘い臭いと血の臭いが混じりあって、つい鼻をふさぎそうになってしまうほどだ。
「別に怒っちゃいねぇけどよ。せっかくなら最後まで楽しもうじゃねぇか」
「は、はい?」
「暇つぶしに人間の街でも破壊してやろうと思ってたんだが、こっちの方が面白そうだ。今日中にコレを何とか出来たら大人しく帰ってやるよ。巧妙な罠に免じてな」
お菓子の家は別に巧妙な罠というわけではなかったのだが、ニヤニヤする巨人を前にして否定するようなこともできない。
結果的に巨人の襲来を防ぐことが出来たようだったが、お菓子の家を作ることになった経緯を頭に浮かべたイアンは素直に喜べなかった。
「ほれ、早くしろよ。日が落ちきるまで待っててやる」
もし今日中に解決できなかったら。その質問の答えは言うまでもない。暇つぶしで破壊しようとしていたことを、再び実行するだけのことだろう。
おもちゃでも見るような目の巨人は頬杖をつきながら何も言わず、とっとと行けとでも言うかのように手をヒラヒラさせている。
「では、失礼します」
イアンは急いでジェシーと合流するために走っていった。どう考えても1人で熱湯を用意することなど出来るわけもなく協力者は必要不可欠だ。場合によっては全てを告白してギルドの討伐隊員も巻き込む必要があるかもしれない。
「いや、もう全部話すべきなのかもな」
今日中に大量のお湯を用意してホイップクリームを溶かすのは難しいだろう。だが逆に言えば今日一杯は安全ということで、街の住人が逃げるための時間に出来る。
説明のための言葉を頭の中で整理しながら、イアンは速度を上げながら走り続けた。