第2話-調査報告-
外には1匹もいないことを確認したイアンは急ぎ街へと向かい、ギルドに戻り、受付嬢に話しかける。調査結果を報告するためだ。
「すみません。ゴブリンの巣穴の調査結果です」
ギルドの受付は、討伐隊員も調査隊員も共通だ。調査報告を提出しているイアンには、嫌味な視線が送られており、わざと聞かせるような声で悪口を話している。
どうせテキトーな報告なんだろうとか。異常なしと言うだけなのは楽でいいとか。ロクに調べたのか怪しいものだとか。討伐隊員を経験せずに、最初から調査隊員になった臆病な奴だとか。単純に舌打ちする人までいる。
討伐隊員の引退者が、つまりおっさんが引き受けることの多い調査隊員に、17歳という若さで就職した例は他に無い。元々臆病な人がなる職業だと認識されており、イアンはよりいっそう臆病なんだと後ろ指を指されていた。
「はい。どうでしたか?」
受付嬢の態度は、どこか冷たい。討伐隊員への態度とは全く異なり、淡々と仕事をこなしているだけという様子だ。
「35匹でした。他には異常ありません」
「やはり異常はありませんでしたか。って、35?数えてきたんですか?」
「はい。35匹です。間違いありません」
確認できたのは31匹。それに加えて、これから生まれ成長するゴブリン4匹を足すと35匹になる。
「は、はぁ。30匹前後であれば、いつもと変わりませんね。他に異常がないのであれば、予定通り明日には討伐隊に行ってもらいましょう。報告ありがとうございます」
「いえ。あとこれは巣穴の見取り図です。よければ使って下さい」
「え、えぇ」
それは正確な調査をするために作成したものだ。せっかくなので渡しただけなのだが、受付嬢は食い入るように見つめていた。
「では、またお願いします」
仕事を終えたイアンは静まり返ったギルドの受付から出ていく。討伐隊員が何人か受付嬢の周りに集まっており、巣穴の見取り図を確認しているようだった。
感触は良好。
初仕事で、小規模なゴブリンの巣穴とはいえ、35匹を的中させれば話題にはなるはずだ。ついでに渡した見取り図も、もしかしたら評判が良いのかもしれない。
「ふぃ〜〜」
背筋を大きく伸ばしたイアンは、普段より少しだけ贅沢な夕食を食べ、そして調査隊員用の宿舎にある自分の部屋に帰り、ベッドに横たわった。
あとは明日の討伐の報告を待つだけで、ピッタリ35匹のゴブリンの死体が運ばれるところを見るだけだ。
「いや、待てよ」
イアンの心にフツフツと不安が沸いてきた。
もしかしたら、数え間違ってしまったかもしれない。もしかしたら、巣穴の外に隠れていたのかもしれない。もしかしたら、探していた範囲より遠くにいたかもしれない。もしかしたら、ゴブリン同士で喧嘩して誤って殺してしまったかもしれない。
考えれば考えるほど、万が一の可能性が頭に浮かんでくる。
数え間違ったはずがない。巣穴の外は入念に調べた。ナワバリを犯してまで遠くからゴブリンが来ることは無い。仮に誤って殺してしまったとしても死体が残るので問題ない。
問題ないと、どんなに自分に言い聞かせても不安が消えることはない。
「寝れねぇ〜」
確かめに行きたい気持ちでいっぱいだったが、夜行性のゴブリンの巣穴に行くのは危険すぎた。一睡もできないまま、朝の日差しが窓に差し込んでくる。
イアンは飛び起き、急いで準備をし始めた。討伐が始まる前に、もう一度だけ確かめたい。そんな気持ちを抑えることが出来ず、巣穴へと急ぐ。
巣穴の外には、帰る途中であろうゴブリンがいた。出入り口の見張りは相変わらずだ。そのまま隠密スキルを駆使し潜入する。既に巣穴の見取り図は完成していたので、数え終わるまでは早い。
外にいたのが4匹。
見張りが2匹。
寝ているのが4匹。
作業中が10匹
移動しているのが5匹。
話しているだけなのが10匹。
合計35匹。
「良かった良かった」
昨日報告したものと同じ数字。イアンは胸をなでおろし外へ出る。既に討伐の準備がかなり進んでいて、巣穴を取り囲む討伐隊員を確認できた。
見つかって、何をしていたのかなどと聞かれるのが面倒そうだとイアンは思った。なので隠密状態のまま見つからないように帰ることにした。
「あっ、そうだ」
ふと思いついてしまったイアンは、あえて真横を通ることにした。そして討伐隊の目と鼻の先で思いっきり変顔をかます。
気づくことは全くなく、これから始まるゴブリン討伐に向けて真剣な表情の討伐隊員。イアンは笑いをこらえることに必死になってしまう。
「はぁ~面白かった。さ~て、今日はゆっくりするぞ~」
結局イアンは全く気付かれることもなく。討伐隊員はゴブリンの巣穴へと行ってしまった。調査隊員になった目的はスローライフのためであり、仕事に誇りなど持っていないのでそこまでではないのだが、全くイラつかないというわけでもない。
いつも陰でコソコソしている討伐隊員のマヌケな姿を見れて、イアンは満足していた。