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第19話-調査隊員を目指した理由-

「俺が、調査隊員になろうとした理由か?なんでいまさら」

「いいから、言ってみなさい。ちゃんと口に出してね」

「だからなんで?」

「いいから」


 イアンは初めてこの質問をされた時も戸惑っていたことを思い出した。なんでも言うことを聞くというのに、ただ昔話を聞きたいというだけだった。


「親父は、討伐隊員だったんだ」

「うんうん。その調子」

「でもほとんど覚えてない。強大な魔物に、殺されたらしいな」


 父親の顔を、イアンは全く覚えていなかった。物心つく前に、ベルフェゴールと呼ばれる強大な悪魔に立ち向かい、返り討ちにあってしまったからだ。


「なんか、すごいことらしいな。知らねぇけど。だって、それで、お袋がどれだけ苦労したことか」


 討伐隊員として華々しく散っていった。誰もが勇敢な父親だと賛美したが、イアンにとってはどうでも良かった。

 女手一つでイアンを育てることになってしまった母は、寝る間も惜しんで働いた。父親を賛美する者は、ただ賛美するだけだ。特段生活の支援をしてくれるわけでもない。


「まっ、よくある話だけどな」

「ほらまた、そんなこと言って。関係ないでしょ?イアンがどう思ったのが大事なんだから」

「あ、あぁ」


 魔物に親を殺されて苦労するというのは、討伐隊員に限らずよくあることだ。その意味では、特別不幸というわけではない。

 それでも、イアンにとっての不幸であることに変わりはない。


「結局、お袋は逝っちまったな。元々体は強くなかったし」


 イアンも、子供の頃から働いて母親を支えていた。だが長年の心労のせいか、若くして帰らぬ人となってしまった。


 葬儀でとても強く印象に残っているのは、地味な仕事で生活を支えてくれた母親よりも討伐隊員として華々しく散って逝った父親に対する賛美が多かったこと。


「親父の方が目立つのはわかるけどさ。俺にとっては、お袋だって」

「同じくらい立派な人なんだよね。イアンにとって」

「あぁ」


 地味であっても派手であっても、そこにどんな違いがあるのだろうか。これがイアンの本心であり、そして周囲に溶け込めなくなってしまった。

 討伐隊員は花形である。ボロボロになりながらも魔物に挑む姿に誰もが賞賛を贈り、不幸があれば街の皆に悲しまれ、多くの若者があこがれる職業。


 だがイアンはあこがれたりしなかった。華々しく散ったとして、残された者達がどうなるのか知っているから。

 調査隊員は裏方である。調査はするが魔物と戦いはせず、不幸があっても身内が悲しむだけ、討伐隊員を引退したおっさんが引き受けることの多い職業。


 だがイアンはそれを目指していた。どんなに地味であっても、誰かにとって必要なことだと思ったから。


「だから俺は、討伐隊員じゃなくて調査隊員を選んだんだ」

「なんだか当て付けみたいだよね」

「いいだろ、細かいことは」


 裏方の地味な仕事を選ぶとして、調査隊員でなければならない理由はない。なぜあえて選んだのかは、イアン自身もよくわかっていなかった。皮肉めいた思いがあったからだと、以前にソニアから指摘されている。


「まぁ、そのせいで色々言われたけどな」

「臆病者だって?」


 調査隊員になりたいという目標は、誰にも理解されなかった。

 やりたくてやるような仕事ではなく、仕方がなしに就く職業と認識されていた。そんなものを目標にしたのだから、楽な道を選んだと非難されることも多かった。


「もう、どうでもいいけどな」


 誰にも認められない中で、イアンの気持ちは少しずつ変化していった。

 調査隊員として認められたいという気持ちは薄れていき、この街から逃れたいという気持が強くなっていく。


「スローライフだっけ?」

「そうだ」


 街から逃れて、田舎の街へ行く。そうすれば討伐隊員のような花形の仕事ばかり賛美するような街で暮らす必要もなくなる。ゆっくりとスローライフを楽しめばいい。


 そのために一番手っ取り早い方法は、イアンにとって的中率100%の調査隊員になることだった。元々は皆に地味な仕事の重要性を認めてもらいたくて、そのために必要な準備を進めてきた。

 的中率100%を維持できれば、スローライフのための資金もすぐに貯まる。実際、全て順調に進んでいた。


「なぁ、なんで今こんな話をしているんだ?」

「だって、イアン君が正しい選択をするために必要でしょ?」

「正しい?巨人に立ち向かうべきかってこと?それなら」


 どんなに言いつくろったとしても、巨人の惨事の原因の一端はイアンにある。その意味でいうならば、立ち向かうという答えが正解になるだろう。


「違う違う。スローライフを選ぶのか、調査隊員を選ぶのかってこと」

「どういうこと?」

「イアンはね。自分の矛盾に気付いていないんだよ。スローライフをしたいだけなら、巨人なんて放っておけばいいでしょ?後ろめたいかもしれないけど、どうせ街からいなくなっちゃうんだし。逆に調査隊員をしたいなら、ちゃんと巨人と決着をつけたほうが良いよ」


 ソニアが言いたい正しい選択というのは、巨人と戦うのかという2択で選ぶのではなく、スローライフと調査隊員としての名誉の2択で選んで欲しいという意味らしい。


 そのために、どうしてスローライフを目指すようになったのか、どうして調査隊員になろうとしたのか。整理した方が良いという助言だった。


「そんなもの」


 スローライフに決まっているはずなのに、すぐに答えることができない。イアンは自分自身のことが、わからなくなってしまっていた。


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