第17話-巨人-
「完成。あれ、どうしたの?」
「いや、なんでもない。じゃぁゴルジを連れてくるな」
遂にジェシー作のお菓子の家が完成した。完成してしまったと言うべきなのかもしれない。
街から離れた場所になんとか建設することができたのだが、材料を運んだりなど、イアンが想像していた以上に苦労の多いことであった。
お菓子の家から発せられていたのは、尋常ではないほどの甘い臭い。近くにいるだけで胸焼けするもので、人に提供して良いものなのかとイアンは考えていた。
「まぁ、ゴブリンに食べさせるわけだし、いいのか?」
お菓子の家を食べるのはゴブリンであり、そう言う意味では出しても問題ないのではとイアンは自分に言い聞かせながらゴルジを呼びにいく。
「オオ出来タノカ」
ゴルジはお菓子の家を前にして目を輝かせていた。甘い匂いは全く気にしていないようで、イアンは一安心していた。
「食ベテ良イノカ?」
感動しているのも束の間、食べてしまうことを我慢できない様子であった。
「食い意地張ってるなぁ」
「何言ってるの?こんなの見せられたら我慢できないに決まってるじゃん。さっ、早く食べて」
「それってジェシーが食べたいだけなのでは?」
我慢できないのはジェシーも同じようだった。とはいえ作っていあげている立場なので先に食べるわけにもいかず、ヤキモキしている様子だ。
「デハ早速」
いよいよジェシー作のお菓子の家がゴルジの口の中に入る瞬間がやってきた。
甘過ぎると絶叫するのか、もしくは甘くて美味しいと絶賛されるのか。イアンは固唾を飲んで見守っていた。
「ん?」
ゴルジが家に一歩足を踏み入れた瞬間、イアンは異変に気付いた。
遠くの山に人影を確認していた。
ただ人がいるだけなのだが、問題はその大きさだった。山に対して、明らかに大きすぎる。山とほぼ同じ高さであったのだ。
「どうかした?」
「いや、あっちの山に何かいるなって」
「山?」
ジェシーにもそのことを伝えると、同じ山を見てもらう。調査隊員としてのスキルの差はあるものの、優秀であることに違いはない。巨大な人影のこともすぐに見つけ、驚愕の表情を浮かべていた。
「あれって、まさか巨人!?でもなんで。この辺にはいないはずなのに」
「巨人か。会ったことないな。どんな魔物なんだ?」
「へっ?イアンって本当に世間知らずよね。巨人は魔物じゃないわよ。人間の、上位種?みたいなものかしら、ちょっと違うけど」
「お、おう」
ジェシーには世間知らずなどと言われたくないと反論しそうになったイアンであったが、その言葉をなんとか喉の奥に抑え込む。
「じゃぁ、あんまり心配はいらないのかな?」
「イアンって本当に世間知らずよね」
「2回も言わんでよろしい。ん?ってことは何かあるのか?」
「あるどころじゃないわよ。巨人なんて災害みたいなものじゃない」
横暴。巨人を一言で言い表すならば、この言葉が一番らしい。話が通じるようで、全く通じない。他者を踏みにじることに何のためらいも持たず、一方的に暴力を振るう存在。
「もはや魔物じゃね?」
「このバカ。そんなこと他の人の前で言うんじゃないわよ」
「ヌシラ、何ノ話ヲシテオル?」
お菓子の家に夢中だったはずのゴルジがいつの間にかイアン達の近くにやってきていた。巨人を見つけたと伝えると、顔を真っ青にしている。
「キョ、巨人ダト!?」
「なんだ?そんなに怖いのか?」
ゴルジの声は震えており、ただ話を聞いただけで恐怖しているようだった。
「キョ、巨人ダゾ!?」
「わかってるわかってる。でもまだ遠くにいるみたいだし、大丈夫じゃね?」
「ちょっと待ってイアン、巨人がこっちに来てるよ?」
「はっ?」
イアンは慌てて確認する。遠くの山にいたはずの巨人は、確かに近づいてきていた。しかも、こちらに向かって真っ直ぐだ。
「本当だ」
「何ィ!?ドッチカラダ?ソッチカ、ソッチカラナノカ!!」
「落ち着けって。まだ遠いし、それにたまたまかもしれないだろ」
むしろたまたまであって欲しい。イアンはそう願っていたが、巨人は相変わらずこちらに向かっており、しかもその速度が加速していく。
「ねぇイアン。ここに来てるよね?」
「お、おう」
「ヌワァ。我ハ王子トシテノ勤メヲ果タシニ行ク。健闘ヲ祈ル」
返事も待たずにゴルジは自分の巣穴へと帰っていってしまう。あっという間に見えなくなってしまい、残されたのはイアンとジェシーと、そしてお菓子の家だけ。
「ちょっと、一口くらい食べて行けば良いのに」
「それどころじゃねぇぞ」
ズシン、ズシンと巨人の足音が大きくなっていく。まるで地震のように大地が揺れ、その巨体はちょうどイアンの目の前に立つ。
「ぐわっはっはっはっは〜。これはワシのものじゃ〜」
何を思ったのか、巨人は問答無用でお菓子の家を持ち上げ、そして一飲みにした。
「ぬわんじゃ!!これは〜〜〜〜!!!」
ある意味予想通り、あまりの甘さに巨人は悶絶し地面をのたうちまわる。
衝撃で地震のように地面は揺れ、叫び声は暴風のように木々を薙ぎ倒し、災害が巻き起こったように被害が拡大していく。
その中をイアンとジェシーは必死に逃げた。余裕など全くなく、ただただ逃げ延びることだけを考えていた。