第15話-なんとかなった-
「なんだよ。返してやろうっていうのに」
「ヤメロト申シテオル」
全力で拒否しているゴブリンと、意味が分からず顔を見合わせるイアンとジェシー。
「ねぇ。なんで返しちゃダメなの?」
まさか、お家騒動的なものがあるのだろうかとイアンは考えていた。ゴブリンの社会にそんなものがあると聞いたことは無かったが、重要人物が期間を拒否する理由など他に思いつかない。
「帰ッタラ、マタ不味イ食事が待ッテイルデハナイカ」
「はっ?」
「美味シイモノヲ食ベタイ。甘イモノ、甘イモノ。オ菓子ノ家~~」
イアンの口の中に、甘過ぎるケーキの記憶が込み上げてきた。お菓子の家などという、あまいに子供じみた理由に頭が痛くなり、甘さの記憶に胸焼けが止まらない。
「お菓子の家!!」
ジェシーの目は見たこともない程の輝きを放っている。食いつくだろうなと納得するイアンであったが、同時に嫌な予感しか感じなかった。
「なぁジェシー。まさか作ってあげようってんじゃねぇだろうな」
「ダメなの?」
「あのなぁ」
嫌な予感ほど的中してしまうものである。ジェシーは完全にやる気になってしまっており、何やら計算をし始めている。
「作ッテクレルノカ」
「任せて」
「待て待て。いや、ありかもな」
もしかしたら奇跡的にゴブリンを1匹増やせるかもしれない。
イアンはそんな期待を抱き始めていた。もちろん、お菓子の家を作っている時間はない。だが交渉材料にできるのではないかと考えていた。
「そうよね。お菓子の家は全人類の夢だもの」
「まぁうん、だな。なぁゴブリン。今はちょっと時間がなくてな」
討伐隊員は巣穴への侵入を始めているところだった。多少の違和感は残るだろうが、今から巣穴の外にゴブリンを追加しても、1匹程度であればなんとかならなくもない。
「え~大丈夫よぉ」
「あのなぁ。材料とかどうするんだよ」
「それは、えっと」
イアンの頭の中には、1匹増やすまでのシナリオが出来上がっていた。
まずは目の前のゴブリンを説得し、追いかけて来る何百匹も止めてもらう。その隙に1匹だけ捕まえ、巣穴の近くに運んでおく。お菓子の家の約束は後で果たせばよく、なんなら無下にしても問題ないだろうとイアンは考えていた。
所詮、ゴブリンとの間の約束に過ぎないのだから。
「無理ナノカ?」
「う~ん。今すぐは、難しいかな」
「ソウカ」
落胆している様子であったが、イアンにとっては関係のないことだ。とにかく何百匹ものゴブリンの大群をなんとかしてもらえれば、あとはどうとでもなるのだから。
「シカシ、人間ハ約束ヲ破ル」
突然言われて面食らってしまったイアンであったが、逆に言えば交渉の余地があるということだと、すぐに気持ちを切り替えた。
「あぁ、それなら大丈夫だ。見ろよコイツを。頭の中はもう、お菓子の家しかねぇ」
ジェシーは完全に自分の世界に入っており、まだ作り始めてもいないものに夢中になっている。いつもなら何をしているのかと思う所ではあるが、今はそんな姿がありがたい。
「ナルホド」
「だろ?コイツなら言わなくたって作り始めるって」
「了解シタ。同胞ヲ説得スレバ良イノダナ?」
イアンは思わず踊りだしそうになっていた。思いがけない幸運により一筋の光明が見えたからだ。
「デハ最後ニ。名ヲ名乗レ」
「ん?あぁそうだな。俺はイアンだ。コイツはジェシー」
「フムフム。我ハごるじト言ウ。デハマタ」
そしてゴルジと名乗ったゴブリンは群れの中へと戻っていく。
そのすぐ後ろを、イアンはひっそりと追跡する。役立たずになってしまったジェシーを一人残し、ゴルジの仲間の1匹を捕獲する。
イアンの頭の片隅に、わずかに罪悪感というものが生まれていた。ゴルジとは普通に会話が出来ており、その仲間を自らの手で死に追いやることに抵抗があったのだ。
わずかに迷い、だが完全に手を止めることはなかった。捕まえたゴブリンを運んでいき、そのまま討伐隊員の近くに放り投げる。
「よし」
突然振って湧いてきたゴブリンに討伐隊員は戸惑っているようだった。とはいえ彼らはプロであり、すぐに戦闘態勢に入り討伐してしまう。
悪いことをしたと。生まれて初めて心の中でゴブリンに謝罪したイアンは、そのままジェシーの所へと戻る。
「お~い。戻ってこ~い」
まだ妄想から戻っていなかったジェシーを正気に戻し、2人は最後の後始末を始めた。互いに殺してしまった1匹をどこかに隠さなければならない。
「えっと、それでどうなったの?」
「ゴルジに説得してもらって、あの大群には帰ってもらった。その間に1匹かっさらって突き出して来たよ」
「えっ、じゃぁ」
「まぁ、調査結果と同じ数の死体になるはずだ」
兎にも角にも1匹増やすことには成功している。つまり、的中率100%はギリギリで守ることが出来たのであった。