第14話-お、王子だと?-
中規模のゴブリンの巣穴を囲む討伐隊員と、その周囲で妨害し続けていたイアン。遠い場所にある最大規模の巣穴からゴブリンを1匹誘拐してきたジェシーと、その後ろを追いかける数百匹のゴブリン。
「あっ、お~い。イア~~ン」
追いかけられていることに全く気付いていないのか、ジェシーは満面の笑みで呼びかけていた。あれだけの数を討伐隊員に近づけるのはまずい、流石に気付かれてしまう、そんな危機感を抱いたイアンは全力で走り出した。
「えっ、えっ?なになに。そんなに喜ばなくったって」
「このバカ」
「はぁ!?ちゃんと捕まえてきたじゃない」
「後ろを見ろ後ろを。1匹でいいってのに、何百匹引き連れたんだ!?」
あわてて後ろを確認するジェシー。だが自分が追跡されているということを、まだ感知できないようだ。
「えぇ?」
「いいから、こっちだ」
ジェシーが気付けないのは、能力が低いからというわけではない。年の功とでも言うべきか、たった2年であっても経験の差というのは現れるものだ。
「なんで、なんで?」
「あの丘の向こう側だ。まだ遠いけど、たくさん動いているだろ?」
確認しようとするジェシーの手を引き、イアンはとにかくその場から離れようとした。その時、誘拐してきたゴブリンがかすかに動いたことを見逃さなかった。
「おい、ソイツ気が付いたみたいだぞ」
「ウッソ、まだ起きないはずなのに」
「とにかく急げ」
ゴブリンはまだ事態を把握できていないようで、暴れだすような気配はない。だがもし騒がれでもしたら、良くない結果になるだろうことは容易に想像できる。
討伐隊員と、何百匹ものゴブリン。挟まれる形になってしまっており、両者から逃げるように走っていく。
「うわ~ん。上手くいったと思ったのに~」
「いいから急げ」
泣き言を言っている暇はない。とにかく走り、討伐隊員とゴブリンの接触を避けなければならなかった。
全力で走る。なんとか距離を稼げて一安心し、イアンはジェシーのことを問い詰め始めた。
「ふぅふぅ、ここまで来れば一旦大丈夫そうだな。んで?なんでこんなことになったんだ?」
「私、悪くないもん」
ムスッとしてしまったジェシーは口を固く閉じてしまう。誘拐してきたゴブリンを抱えながら、ふてくされてしまっていた
「あぁ、まぁ、うん、そうだな。ちゃんと1匹捕まえてきたんだもんな」
「そうよ!ちゃんと褒めなさいよ」
「まぁ、悪かったよ。じゃぁ、ついでに何百匹も追いかけてきている理由を教えてくれないか?」
ジェシーの言う通り、1匹ゴブリンを誘拐してくるという目的に関しては達成している。そこに関しては文句のつけどころがなく、喜ぶべきことでもある。
「知らない」
「思い当たることは?」
「ない」
そもそも追いかけられているということに気付いてもいなかったわけで、何も知らないというのは残念ながら本当のことなのだろう。
だとすれば、本人から聞き出すしかないだろうとイアンは考え始めた。
「そいつを貸せ」
「ん?良いけど、どうするの?」
「まぁ見てなって」
イアンはゴブリンを近くの木に縛り付ける。寝ぼけている様子で放っておいても起きそうであったが、持っていた水を頭からかける。
「ノワー」
拍子抜けするほど軽い声と共にゴブリンが起きる。周囲を見渡しながら、自分の置かれた状況に気付いたようだった。
「ナニモノダー」
「質問に答えてもらおうか」
「ワレヲ誰ト心得ル。偉大ナ父ノ血ヲ引ク王子デアルゾ」
「ちょっと聞き取りづらいんだが、ん、王子?お前、ゴブリンの王族なのか?」
独特な発音だが、なんとか聞き取れないレベルでもない。気になった点は、まるで重要人物であるかのようなことを言っていること。
「ソンナコトモ知ラナカッタノカ」
「知るかそんなこと。まぁでも、色々と合点はいったな」
「ちょっとぉ。それなら早く言ってよ」
「ナンダト!?突然襲ッテ、拉致シタノハ誰ダ?」
ゴブリンの主張は至極当然のことだ。具体的な方法をイアンは知らないが、誘拐したのだから身の上話などしている暇はなかったであろう。
「マァ良イ。許シテヤロウ」
「偉そうねぇ」
「だがこれでやることは決まったな。とりあえず、コイツは突き返そう」
ゴブリンの王子であれば、何百匹も追いかけてくるのは納得ができる。このまま振り切るのは困難なので、なんとかして返すほかない。
その場合、報告は1匹少ない状態のままになってしまうが、もはや仕方がないことだとイアンは諦めていた。
討伐隊員を引き止めるのにも限界であり、今から別のゴブリンを誘拐する時間は残されていない。
「カ、返ス?ソレハ、ドウイウ意味ダ?」
仲間の下に返してやろうというのに、どういうわけか焦りだすゴブリン。的中率100%を諦めないですむ可能性が、そこにあった。