第13話-それは多過ぎ-
「な、なによ。男なんて、メスならなんでも良いんでしょ?」
「待て待て。いくらなんでも偏見がヒドすぎる」
「違うの?」
無邪気な笑顔で質問するジェシー。そんなことはないとイアンは答えそうになり、思いとどまる。
「ジェシーは勘違いをしている」
「勘違い?」
「いいか、確かに誰でもあんなことできるものさ。だがな、魔物相手にあんなことできるわけないだろ。ましてや死体だぞ?」
「今、誰でもって言った!?」
「そこじゃねぇ!!」
両腕を抱えてドン引きのポーズになっているジェシーと、噛みつきたくて仕方がないポーズになっているイアン。
「ま、まままま、ま、まさか。私のこともそういう目で見てたんだ。見てたのね!」
「あ~、うん。ん?」
「なによ!その通りだって言いなさいよ!!」
誰でもと言いつつ、ジェシーに対して思うことは何もないイアンであった。脳裏に浮かぶのは、討伐隊員になりたいという共感できない夢に、甘すぎるケーキに、風呂に入っていないこと。
「いいわよ。あとでソニアに言いつけてやるんだから」
「はぁ?なんでそこでソニアが出てくるんだよ」
「へへ~ん。そんなことより、どうやって1匹増やすのか決めないといけないんじゃな~い?」
「お前なぁ」
反論したくて仕方がないイアンであったが、刻一刻と討伐隊員が迫ってきている。残された時間は少ない。
「とりあえず妨害してくるね」
「はっ!?ダメダメダメダメ」
「な、なんでよ。もうすぐ来ちゃうし、時間稼ぎしないとでしょ?大丈夫、バレたりしないから」
「そういう問題じゃねぇ。ゴブリン以外の謎の存在がいることがダメなんだ」
調査結果にはゴブリンの数と共に、特に異常なしということも記載してしまっている。たとえ正体がバレなかったとしても、討伐隊を妨害する存在がいたという事実は調査結果に反してしまう。
「え~、じゃぁどうするのよ」
「あのなぁ。それでよく的中率100%を維持できたな」
「ふふ~ん。すごいでしょ」
「褒めてねぇ」
まだ1年とはいえ、自分と同じように的中率100%であることにイアンは感心していた。それを実現した人の言うことだとは思えず、落胆してしまってもいた。
「じゃぁどういう意味よ」
「まぁ、うん。で、どうするかだが、ゴブリンを何体か連れ去って、巣穴の外に出そう」
「ん?」
「囮にするんだよ。巣穴の外にゴブリンがいたところで調査結果とは矛盾しないし、対処に時間がかかるからな」
ただ闇雲にゴブリンを連れ出せば良いという話ではない。討伐隊員が手間取るように配置しなければならない。
討伐隊員にとって一番重要なことは、1匹たりとも逃さないことだ。そのために巣穴を包囲するわけだが、例えば包囲の外にゴブリンを放つということをしなければならない。
「じゃぁ早速捕まえてくるね」
「いや、それは俺がやる」
「へっ?」
「ジェシーには別のことを頼みたい」
これまでのことを考えると、ジェシーに討伐隊員を誘導するということができるとは到底思えなかった。なのでイアンは、もう1つの重要なことを頼みたかった。
「ゴブリンを1匹増やせないと、いくら時間を稼いでも意味がない」
「そ、そうね」
「連れ去ってきて欲しい」
「えっと、どこから?」
1匹増やすためには、どこかから誘拐してくるしかない。ゴブリンはそれぞれ縄張りを持っており、それを侵すことはなく、本来であれば都合よく見つけられるものではない。
だが今回に限っては、都合よくゴブリンを誘拐できる場所があった。
最大規模の巣穴だ。
場所はわかっており、何より大きな巣穴になればなるほど外に出て孤立しているゴブリンも多くなる。
誘拐してきたとしても、縄張りの外から来たという意味で殺されてしまうだろうが、ゴブリン同士の争いによる死体があったとしても問題はない。
「なるほどね」
「最大規模の巣穴の場所は覚えてるよな?」
「もっちろん」
あれだけこだわっていたのだから覚えていてもらわねば困るとイアンは思いながら、ジェシーを送り出す。
「1匹連れて来てくれ。わかってると思うけど、生け捕りだぞ?」
「まかせなさいって」
「よし、こっちはなんとかする」
ジェシーは意気揚々と最大規模の巣穴へと向かう。その後ろ姿に、本当に大丈夫なのだろうかと不安を覚えるイアンであったが、手分けをしないと困難を乗り越えることは難しい。
2匹のゴブリンの死体を巧妙に隠し、イアンは巣穴へと戻る。討伐隊員を足止めするために、何匹か誘拐する必要があるからだ。
一度に誘拐できる数には限りがあった。2匹が限界だ。不信感を抱かれないように、かつ巣穴に近づくことを止めるように。討伐隊員の包囲の内と外に的確にゴブリンを放していく。
「急いでくれよ」
足止めするにも限界があった。なんとかしばらくは問題ないという状況にはできており、その時、イアンはとあることに気付き衝撃を受けていた。
ジェシーが、ゴブリンを1匹誘拐してきていた。それだけなら問題ないのだが、イアンはその後ろにいる影に気付いていた。
何百匹ものゴブリンが、押し寄せて来ていた。