第11話-また双子、だと?-
イアンは中規模のゴブリンの巣穴調査依頼に着手していた。
最大規模の調査依頼をまともに受けるつもりはない。だが、その前段階である中規模の調査依頼については、既に受けているものであり、手を抜くことはありえない。
いつものように入念に巣穴の構造を調査し、文句無しの見取り図を書き上げ、交尾している数も含めて完璧に数を調査した。
ジェシーとは特に協力していない。最大規模の調査のときは、見取り図の作成までという条件で手伝うことになっており、連携というものの必要性が少なかったからだ。
なにより、イアンが一人で仕事をしたがっているというのが大きい。
「イアン様。いつも詳細にわたって調査いただきありがとうございます。報告書について、たしかに受領いたしました」
「うん。あとはよろしく」
調査報告書を受付嬢に提出する。実績を積んできたためか、受付嬢の対応は丁寧だ。最初こそ愛想のない態度であったが、今では優秀な討伐隊員に向けるような目に変わっていた。
「さて、あとは明後日だな」
討伐は明後日に実施される予定だ。イアンにとって報告書の提出は仕事の完了を意味しない。当日に報告書と差が無いことをしっかりと確認するまでが仕事であり、双子のような不測の事態が起きた時に対処しなければならない。
1匹減らすということだ。
「まっ、大丈夫だろう」
実際問題、イアンの調査結果が外れることは滅多にない。調査自体には全く問題ないからであり、双子という稀な出来事が無い限り外れないからだ。
そして時が過ぎ、討伐当日。
「ウソだろ」
稀な出来事が起きてしまっていた。
1匹多い。また双子だろうとイアンは勘づいた。
「いや、きちんと確認しよう」
単純にミスをして数え間違えてしまった可能性は、もちろん存在する。ミスはミスとして認めるというのがイアンにとって大事なことであった。
双子が生まれてしまったということを確認しないことにはゴブリンに手を出すことは許されない。でなければ、ただ単に不正を働いているだけになってしまう。
巣穴の外に何匹か出ていることを確認し、イアンは中を入念に確かめていった。そして、片時も離れない2匹のゴブリンを発見する。
「やっぱり双子だったか」
イアンは安堵していた。ミスではなく、双子という不測の事態だったことを確認できたからだ。それならば1匹減らすことに何ら問題はなく、的中率100の実績も守ることができる。
手際よく孤立していたゴブリンを処理し、巣穴の外へと運ぶ。あとはいつもの場所に捨てて終わり。いつものように的中率100%の討伐結果が待っている。
はずだった。
「は?」
周囲を警戒しているイアンは、とある人影に気付いた。討伐隊員ではない。明らかに隠密スキルを使っている。
問題は、その人影が何かを運んでいるということ。そして運んでいる何かが、ちょうどゴブリンと同じくらいの大きさだということ。
胸騒ぎを覚えたイアンは、その人影に向かっていく。
「なんで気付かなかったんだ」
気付けなかったことにイアンは苛立ちを覚えているが、ごくごく当たり前のことであった。
ゴブリンの数を数えていたのであれば、異変に気付けないわけがない。だが不幸なことに、イアンは双子を探してしまっていた。
巣穴全体を見通して数を数えていたのではなく、双子がいないかという一点に絞っていたので、他に異変が起きたとしても気付けるわけがなかったのだ。双子が生まれれば1匹多くなってしまうという経験が、あだとなってしまっていた。
「最悪だ」
人影の正体は、ジェシーだった。そしてゴブリンの死体を担いでいた。
最悪の予感が的中してしまい、イアンは頭を抱える。1匹多かったのに対して、2匹減らしてしまっている。つまり今、1匹少ない。
ジェシーは周囲を警戒しているが、イアンに気付いた様子は全く無い。そんな様子を見て、頭を抱えていた手で頭皮を掻きむしってしまっていた。
「ちゃんと協力すれば良かったってか。はぁ」
2人で連携して調査をしていれば、こんなことにならなかったかもしれない。とイアンは最初に思っていたが、すぐに振り払う。今はそんなことを考えている場合ではなかったからだ。
ゴブリンが1匹少ない。
解決策はいくつかある。的中率100%をあきらめて、1匹少なかった事実を認めてしまうこと。ジェシーが不正を働いていることを報告し、罪を全てなすりつけてしまうこと。なんとかしてゴブリンを1匹増やすこと。
的中率100%を諦めるのは論外だ。ジェシーを突き出すのは簡単であるが、もし同じように双子に対処したのだとしたら後味が悪い。ゴブリンを1匹増やすというのは最も困難であり、不可能かもしれない。
「どうすっかなぁ」
悩むより先に行動した方が良いとイアンはわかっていた。なので自分が運んでいたゴブリンの死体を隠し、ジェシーの所へと向かう。
まずはジェシーがゴブリンを減らした理由を聞く。どうするかはその後に決めれば良いという結論に達したからだ。