第10話-ソニアが壊れた-
「って、話は終わってな〜〜〜い!!」
勝手に逃げ出したジェシーが勝手に戻って来る。
「なんだよ。ジェシーがどっかいっただけだろ」
「当たり前でしょ!?というか、なんで匂いだけでそこまでわかるのよ」
「特技ですよ。4日分のお風呂に入ってない臭いがしましたよ」
「おいおい。マジなのかよ」
4日という数字を聞いて、イアンは思わずジェシーから距離をとってしまった。仕事柄ゴブリンの巣穴に潜入することが多いので、汚いものには慣れているはずだが、それとは別物の嫌悪感を感じていた。
「お、おかしいじゃない。なんで匂いだけで身長とか体重とか、お風呂に入ってないこととかわかっちゃうのよ!」
「いや、風呂に入ってないから臭うんだろ?」
「ありえない〜。あとそんな目で見ないで〜〜〜!」
頭を抱えるジェシーと、ドン引きしながら呆れているイアンと、笑いをこらえるのに必死なソニア。だったのだが、ソニアは我慢しきれないようで、プルプルとふるえながらプークスクスのポーズへ変形してしまっている。
「ぷっ、くっ、あははははははは」
「そ、そんなに笑わないでください。お、お風呂に入らないのにはワケがあるんです」
「ワケ?どんな」
「ほら、調査隊員の仕事ってゴブリンの巣穴みたいな汚いところによく行くでしょ?汚すぎて体が驚かないように、な、慣れさせてるのよ」
「ぷ〜〜っ、くっ、くくくく。な、慣れって、なれなれ〜〜」
ジェシーは思い切り目が泳いでいる。ソニアは色々とこらえきれなくなっており、意味不明なことになってきていた。
「なぁ、俺もよく巣穴を調査するけど、風呂には毎日入ってるぞ?」
「はぁ?た、体質よ体質」
「そうか、うん、わかった。ちょっとソニアがヤバいから待っててくれ」
「ぷ〜〜っ、なれなれ〜〜あははは。ぷ〜〜っ、くっ、な〜〜」
ソニアは完全に壊れてしまっており、イアンはその背中をさすって落ち着かせていた。そんなことをしながら、話が脱線に脱線を重ねていることをひしひしと感じていた。
「ぶっ、ふ〜〜やれやれ。助かったよ」
「お、おう。じゃぁ帰るか」
本来の、ジェシーと協力して調査依頼を達成するという話をイアンは思い出していたが、あえて無視して帰ろうとしていた。
「ま、待ってよ。まだ話は終わってない」
「いや待て。協力なんてするわけ無いだろ」
「ねぇねぇイアンくん。協力ってなんのこと?」
「ソニア、突然まともな口調になるなよ。一瞬誰かと思ったわ。あと、こいつと一緒に仕事することになってるって言わなかったか?」
と言いつつ、ホイップクリームだの4日風呂に入っていないだののインパクトが強すぎて忘れていても仕方がないとイアンは感じていた。
「そんなこと言わないでさ。お願い」
「あのなぁ。美味しいケーキを作れるなら考えたが、」
「なによ。作ったじゃない」
「甘すぎるんだよ!あと危ないんだよ!!」
ジェシー製のケーキは、甘すぎてコーヒーと一緒に食べられる物ではない。それどころか時間が経つとホイップクリームが固まって外れなくなってしまうという、わけわからん危険物でもある。
したくもない協力をしたくなるどころか、逆効果でしかない。
「ほうほう。私が詳しく聞いてあげようじゃないか」
「良いんですか!?」
「おい、ソニア」
どういうつもりなのかイアンにはわからなかったが、何故かやる気のソニアが最大規模のゴブリンの巣穴の調査依頼について詳しく話を聞いていた。
「なるほどなるほど。ジェシー様、私めにお任せください」
「さ、様?えっと、イアンさんを説得してくれるんですか?お願いします」
「いえ、そうではありません」
ならなんなんだ、とイアンの頭に疑問が浮かんだが、すぐに消し去ってしまった。まともに考えても答えが出るわけないと、何を言い出すのか聞いてからにしようと思ったからだ。
「イアンくんは、私の言うことならなんでも聞くので、」
「待て待て待て待て待て」
「えっ!?」
「えっ、じゃない」
つい話を遮ってしまったイアンと、目を丸くしているソニアと、顔を赤らめながらニマニマしているジェシー。
「なんでも言うこと聞くって約束したじゃん」
「いやいやいやいやいや。じゃん、じゃない。いつの話をしてるんだよ」
「3年前」
「そ、れ、は。もう約束は果たしただろ」
ちょうど3年前。イアンが初めて数合わせにゴブリンを1匹だけ減らしてしまった時。双子という理由があったとはいえ後悔していたイアンは、ソニアに全てを打ち明けていた。
その時にした、なんでも言うことを聞くという約束。もう既に果たしたはずのことであった。
「一生なんでも言うことを聞くんじゃないの?」
「んなわけねぇだろ」
「ショック」
「あのなぁ」
呆れているイアンと、口を尖らせているソニアと、顔を赤くして怒っているジェシー。
「イアンくん、ヒッドーい」
「うっせぇ。んでソニアはどうするつもりだったんだ?」
「それはね。イアンくんは私の言うことなんでも聞くから、協力してあげてって命令しようかなって。その見返りに、ジェシーになんでも言うこと聞いてもらおうかなって」
「なんでもって、好きなのか?それ」
満足そうな顔をしているソニアと、どういうわけか意を決した様子のジェシー。
「わ、わかりました。一生は無理ですけど、私にできることなら1つ、なんでも言うことを聞きます」
「ほ、本当?ヤッター」
「おい。勝手に決めるな」
それから押し問答がしばらく続いた。最終的に、条件付きで協力するということになり、その場は決着した。