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3.数年後、立場が逆転することも知らずにあの頃は



ーー景信と出会ったのは五年前の、春。



俺は大学の附属中学校に勤めて、ついに今年から新一年生の担任を受け持つことになった。

桜は前日の雨で散り気味だったものの、入学式はすこんと抜けるような快晴に恵まれ、新しいスタートを切るのに良い日と言えた。


「男子が前、女子が後ろで、出席番号順に並んでねー。2組は先生が先頭でーす」


体育館の入り口前に、入場するために並ぶ新一年生たちは、ぶかぶかの制服と緊張した面持ちがかわいらしい。初対面同士、「あの、きみは何番?」「私が24番だから、こっちかな」とか、おどおどしながらも声を掛け合っている様子を微笑ましく眺めながら、ザッと目だけで人数を数える。


「一人足りない……な?まだ時間はあるけど、ちょっと心配だな……」

「何、大先生、揃ってない?」


独り言に返事が返ってきて、肩が跳ねる。


「そんなビビらなくても」

「あ……いやごめん。章晴」

「おい。章晴先生と呼べ」


今日の陽射しのようにカラッと笑いながら話しかけてきた、スーツの似合わない男。大学で同級生だった章晴だ。教育学部で同じ授業を受け、同じサークルに入り、教育実習まで一緒に経験した親友とも言えるこの男は、何の因果か同じ学校へ赴任し、隣のクラスの担任を受け持つことになった。友人とこんなに身近で働くのはなんだか気恥ずかしく、やりづらい。


「呼び慣れないなぁ……そしてお前に、大先生、って呼ばれるのもなんかむずむずするなあ」

「ま、それも含めて、一緒に頑張ろうぜ〜ぃ。それより、一人いないんだろ?ここ見とくから、軽く探してこいよ。迷ってるかもしれないぞ」

「おお……すごい助かる」


とんっと背中を押され、そのままの勢いで場を離れる。やりづらい、前言撤回。親友最高。

まだ開会まで時間が多少あるとはいえ、迷子になっていれば間に合わない可能性がある。気心の知れた友人がいる有り難さを噛み締めながら、俺はとりあえず校門の方へ走った。



ーー



「あー、名前を控えてくるべきだった……章晴先生が背中押したせいだ……!」


20分後。

俺は章晴が近くにいないのをいいことに、盛大に自身のやらかしを章晴に押し付けていた。

新入生は、事前に入学書類一式と同時に花のついたネームプレートを郵送している。胸に花を咲かせた新入生をひたすら探しまわっているのだが中々見つからない。


「欠席?連絡来てないけどな……一旦戻るかな」


そろそろ入場が始まってしまうので、体育館前へ戻らなければならない。ちょうど校門へ来ていたので、最後に慌てて走ってくる生徒がいないか校門の外をちらと見やり、踵を返した、その時。



「ーーふっ。お前、せっかく背が高いのに下ばっかり探して滑稽だね?」


「はっ?」


唐突に、少年の声がーー降ってきた。

反射で上を見上げる。そこには、校門を彩る桜の木。

太い幹が二股に別れたところに、悠々と腰かける少年がいた。彼が探し続けた少年だと直感で悟った。


「入学式始まっちゃうよ?」

「いや、それは、先生のセリフなんだけど……。君、たぶん2組の新入生だろう?先生は1年2組の担任の海原です。とりあえず入学初日に木に登っている件についての小言はあとにしてあげるから、一緒に行こう」

「おれが全力でおちょくってるの、わかんないの?ばかな人だな。探し方もトロいし、呑気なもんだね。おれ帰るぅ」



そこそこの高さにいたことを感じさせないような、すとっ、と軽やかな音を立てて木から飛び降りた少年。

地に立った彼を正面から見てようやく、恐ろしく顔立ちの整った子だなと気づいた。漆黒の前髪から覗く、くりっと大きいのに目尻が吊り気味の涼しげな目元。眼光は鋭いのに、幼さの残る輪郭がどこかアンバランスで、それがまた目を引く。黄金比みたいな高さの鼻筋に、薄めの唇。テレビで見てた芸能人を生で見た時、うわ、造形が一般人と全然違う、って思ったあの時みたいな感覚。


俺はといえばーーぽかんと、口を開けたまま立ちすくむことしかできなかった。現実離れした美しい顔からマシンガンの如く罵声が飛んできたら、たぶん多くの人はそうなるんじゃないかなあ。なんて思う。確かに呑気である。


「フッ、アホ面」


少年がにやりと笑いながら俺に向かってそう言い放つ。歪めた口端の角度すら、計算されたみたいに綺麗だった。


「……く……」

「あ〜、クソガキとか言っちゃう?やだやだ、他人なのに先生ヅラ……「……胆力があるね、きみ!!!」


どうやらクソガキと言わせる予定だったらしい少年は、予想外の言葉にぽかんと口を開けた。


「きみ、初対面の歳上の人怒らせて罪をなすりつけるの得意そうだね?きれいな顔立ちだし、妙な世渡りの仕方が染み付いてそうだな。いやあ1組の章晴先生だったら速攻でブチ切れてるけど先生はそうはいかないよ?あと、降りてきてくれて助かった。先生は木登りできないんだよ」


俺は心の底から、目の前の少年が自分のクラスであることに喜びを覚えていた。


ーーこれぞ、やりがいってもんだよ。


笑顔で少年の腕を掴むと、少年は驚きと嫌悪の入り混じった顔をした。

いいねいいねぇ。こういうひねくれた子が、卒業する時には「先生に会えてよかった」なんて顔ぐしゃぐしゃにして泣いたりするんだよ。教師という職業の醍醐味だよな。


「よし、行こうか!」

「いやあの、ぅわ?!おい待て!!」


心からの全力スマイルと共に、俺は少年を持ち上げた。

腕を掴んだときの抵抗感から、すんなりついてきてはくれなそうだったのと、入学式までいよいよ時間がなかったからだ。遅れたら校長にどやされる。子どもは多分知らないが、大人になると怖いものは減る。減る代わりに、超特大の怖いものがひとつかふたつくらいになる。俺にとってはそのひとつが「上司」である。


ノータイムで走り出せば、「ヒ」という小さな悲鳴だけが上がって、少年は静かになった。舌を噛まれると困るのでありがたい。ギリギリ入場直前に間に合い、焦った様子の章晴が俺を見つけてホッとして、小脇に抱えた少年を見てもう一度盛大に焦ったのをいなしながら、列の空いたところに少年を投げ込む。うんうん、他の生徒たちはここが居ないと気付いて一人分スペースを開けていたんだな。感心感心。ぴったりのタイミングで入場が始まり、その後少年は体育館で他の生徒と同じように静かに座り続けていて、一安心した。


そして入学式を終え、列のまま教室に再集合した時には忽然と消えていた。

親御さんたちが見守る中、順番に自己紹介する生徒たち。そこでようやく、あの不遜な態度の少年の名前を知った。


ーー本宮 景信。


自然な感じで呼びかけたが、本宮家の親も来ていないらしかった。


「ーーさて、皆さん。改めて先生も自己紹介します。2組の担任の、海原大です。国語が専門です。よくのんびりしていると言われますが、大学時代はスポーツをやっていたので体力には自信あります。「やるからにはとことん」がモットーです。皆さんも、ゆっくりでもいいので、とことんやりたいということを見つけられるような、中学生活にしましょう。先生はどこまでも付き合います!」


13歳の子どもたちのやわらかな心に、俺の言葉はどれだけ届くだろう。やさしく、でもまっすぐに響いたら良いなと、いつも思う。これからの長い人生のどこかで、思い出すことはなくとも、その底に確かに降り積もって、登るためのステップとなりますようにと願う。クサくても恥ずかしくてもいい。俺が目指す教師とはそういうものでありたい。


ーー俺は「とことんやる」ぞ、本宮景信。



春が、始まった。



数日サボっておりました。

大先生、ちょっとウザいくらい明るい教師です。

今までの人生で、(美形のため)追われることはあれど逃げることはなかった景信すら逃げ出す。


立場が大逆転するまで、あと5年

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