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2.ざるそばがいいなって思ってたこと、なんでわかったんだろう


「……で、なんでお前はあんな所に居たんだよ」


普通の人は、「あ、この人は自分を嫌っているな」と気付いたら、なんとなくフェードアウトしたり、ズバット理由を聞いたり、何かしらの行動を起こすと思う。でも目の前の少年は違う。「ついてくるな」と言っても何が楽しいのか笑みを絶やさぬまま後ろにぴったりとついてきた。まっすぐ家に帰るわけにもいかず、手近なそば屋に入れば、さも同行者のように目の前に座った。にこにこと笑ったまま何も言わないので、仕方なく俺が話を振った。


俺はこの少年のそういうところが何とも言えず苦手だ。


「ずぅーっと気になってたけどさ、先生、その”お前”ってのわざと?」


そうそうそうそう。こういうところも苦手。

常識的な気遣いとかをまるっと無視して、その上こちらの本質をついてくるところ。


「……何言ってるのか分かんないな。ほら、何食べる?何か注文して」

「……」

「おい。無視か?」

「無視だよ」


少年が口を開くたびにちらちら見える八重歯も、苦手だ。

喰い尽くされる気分になる。


「……景信(かげのぶ)


渋々、名前を呼んでやれば、それはそれは嬉しそうに笑って、「ざるそばふたつくださーい!」なんて厨房に向かって叫ぶ少年。


「先生って、ほんと、お人好しで、かわいくて、かわいそうで、そんなところが好き」

「そうか。先生は未だに景信のことが分からなくて、正面にいると恐ろしい気持ちになるよ」


俺は景信の呼び方を変えると同時に、一人称も「先生」に変えた。もっとも本当に「先生」だったのは二年前までで、教員を退職した今となっては先生ではないのだけれど。


「ねぇ、先生はさ、先生辞めて、今何してるの?死にたくて崖まで来たの?嫌なことでもあった?」

「答え……たくない。景信こそ、なんであんなところにいたんだ」

「じゃあおれも答えたくなぁーい」


沈黙が場を包む。

景信は相変わらず笑顔を崩さない。


景信は、最初に出会ったころから変わらず、顔のすべてのパーツが、正確な美しさで、正しい場所に位置している。つまり、誰から見てもイケメンということだ。いや、イケメンというよりは、ほのかに中性的で、ちょっと吊り目がちの涼し気な目元と、笑うたびに覗く八重歯、そして少年と大人の狭間にある年齢特有の、たまに見せる物憂げな様子が人を魅了してやまない、そんな少年だった。


俺は、その作り物めいた美しさが、あの頃からずっと怖くてたまらない。



「お待ちっ」


重い空気を破ったのはざるそばを持ってきた店員だった。


「あなたたち、まさか死ぬ前の最後の晩餐じゃないでしょうね?たまにいるのよ、すぐそこの崖の先から飛び降りる人」


俺は思わずぎょっとした様子で店員を見てしまう。自白しているも同然だった。人の好さそうな、中年の女性は、ふっと眉を下げて優しい声で話を続ける。


「やめなさい。何か悩みがあるなら私が聞くから……」

「やだな、奥さん」


景信がにこにこと手を振りながら店員に話しかける。見るからに年若い方から声をかけられ驚いた様子の店員は、見やった景信が整った顔立ちをしていることにもう一度驚いたようだった。


「平日に、こんな昼時でもない変な時間に、妙な二人組がいたから心配してくれたんだよね?ありがと。でも勘違いだよ。変な空気だったのは、おれがこの人のこと、口説いてたからなんだ」


ヘラッとした調子のわりに、その口から出る言葉が真実に違いないと疑いもさせないのは、どういう魔法なんだろう。男同士ということも見るからに年齢差があるということもすっ飛ばして、店員は景信の言うことを信じたらしい。


「やだ、邪魔してごめんなさい」

「ううん?おいしそー。いただきまーす。ほら、先生も食べよ?」


「先生」という単語にもう一度、店員は驚いて、黙ったままの俺を横目で見てからいそいそと厨房へ戻っていった。


「せんせー?」

「……どうしてお前の言うことを、みんな信じるんだろう」


ひどく疲れた。

景信といると、自分がものすごく矮小な人間に思えてくる。スポットライトが全部景信に向いていて、俺はその横で道化を演じているような気分になるのだ。


「信じるも何も、真実しか言わないからじゃないかなあ」

「真実」

「そうだよ。だからあのとき先生に言った言葉も嘘じゃないよ」


嘘じゃないことくらい分かってる。

だから俺はこんなに思い詰めているんじゃないか。

教師を辞め、崖に立つほどに追い詰められているんじゃないか。



「好きだよ。あの頃から、今も変わらず。敬愛でも友愛でもなく、恋愛という意味で」



誰しもが、思わず反射で、嬉しい、と言ってしまいそうなほど優しげな笑顔でそんなことを言う。


「……その気持ちには応えられない。昔も、今も」

「うん。ふふ。おれに簡単に靡かない先生。だいすき」



にっこりと笑った口端から光る八重歯に、俺は悟った。

崖の上で再会したのは偶然ではない。教職を辞め、消息を絶った俺を、どういう方法でか探し出したんだろう。

おそらく、もう一度、俺に告白するために。



……俺はいったい、どうしたらこの少年から逃げられるんだろう。



大視点の景信、超怖い。

景信くんは気さくなのにどこかミステリアスで爆モテするイケメン少年です。

本命からは好かれていない模様。

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