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指定校推薦、絶対にあたしがいただきます

作者: 佐藤瑞枝

 あたし、竹宮姫子、演劇部部長。生徒会に呼び出された。三年ぶりに開催される学園祭について説明があるからと、各クラブの代表が召集されたのだ。当然、生徒会長から話があると思いきや、前に出て喋りはじめたのが麗子だったから驚いた。


 桐生麗子。生徒会会計係。ひと枠しかないS大指定校推薦を狙うライバルだ。成績は互角。あとは活動実績が明暗を分けると言われている。勝ち目は見えている。演劇部のトップのあたしと生徒会組織の末端の麗子とでは役割も責任の重さも違う。けれど、コロナ禍でも地道に活動をしていた生徒会に対して、今まで主だった活動ができていない演劇部は不利だ。

 学園祭で公演を成功させ、S大指定校推薦を確実なものにする。そう。あたしはこの学園祭に懸けているのだ。


 それなのにー


 「それでは、今年の学園祭の予算を発表します。

 合唱部0円

 美術部0円

 書道部0円

 文芸部0円

 天文部0円

 演劇部0円

 ダンス部10万円 以上」


 会場がざわつく。どういうこと? なんで予算が0円なの? これは挑戦状か。それにダンス部だけ10万円って、明らかなひいきじゃないか。


 「学校は、コロナ対策ですでに多くの投資をしてきました。リモート環境整備のためのデジタル機器導入、アクリル板や消毒液の設置など、皆さんの知る通りです。加えて光熱費や物価の高騰は加速する一方で、歯止めがかかりません。今年の学園祭はそういった背景を考慮して実施する必要があるのです」


 生徒会長が麗子のとなりに立ち補足すると、麗子はさらに声高らかに次々と実施要領を説明した。


 「今年の学園祭で開放するのは、一階と二階だけにしました。三階と四階は閉鎖します。電気代の節約のためです。皆さんには、屋外での活動や省スペースで展示をするなど工夫していただきます。美術部と書道部は一階のA教室を分割して使ってください。文芸部は、今まで無料で配布していた文芸誌を有料で販売し、その売上で印刷代を賄ってください。天文部と合唱部は校庭でお願いします。ピアノは運べませんからアカペラです」


 勝ち誇ったように麗子が顔をあげ、教室を見渡している。


 理不尽なことを言われているのに誰も文句を言わない。こういうところだ。うちの学校の文化部の悪いところ。不満があるくせに、自分からは手をあげない。これじゃ、生徒会の思いのままじゃないか。


 だったら、あたしがやるしかない。麗子の言いなりになって引き下がるわけにはいかないのだ。なんたって、指定校推薦が懸かっているのだから。


 「0円というのは理解できません」

 「それに、どうしてダンス部にだけ予算がつくんですか?」


 立ち上がると、クラブ長がいっせいにあたしを見た。


 「ダンス部は全国大会常連の強豪です。学校としてもブランド価値の高い部活に予算を充てるのは当たり前でしょう」

 麗子が平然と言う。


 「はあ?」

 ダンス部の部長があたしを一瞥して口角をあげたのが見えた。こいつ、麗子のグルなのか。ほんっと、むかつく。


 もういい。

 0円だって、やってみせようじゃないの。


 麗子になんか負けないんだから。学園祭は絶対に成功させて、S大の指定校推薦を勝ち取ってやる。だって、S大には憧れの宮本先輩が通っている。卒業する時、「大学で待ってるよ」って、あたしの頭をポンポンしてくれた。


 宮本先輩、どうか見守っていてください。

 あたし、竹宮姫子は苦難を乗り越えて、絶対に合格してみせます。


 宮本先輩でいっぱいになってしまった頭をぶんぶんふって、深夜台本を書く。予算がないから、大道具も小道具も、衣装も全部倉庫に仕舞ってあるもので何とかしなければならない。必然的に、ドラマの設定に制限が出てしまう。中学から台本を書いてきたけれど、こんなに苦労するのは初めてだった。0円ステージで再現できないシーンは何度も消して書き直す。


 でも―

 もしかしてこれって推薦のアピールポイントになる?


 竹宮姫子は、コロナ禍の苦しい状況においても最高の舞台をつくりあげた。

 推薦書にそう書いてもらえる?


 考え方を切り替えたら、どんどん筆が進んだ。

 見てろよ、麗子。

 指定校推薦は、絶対にあたしがいただきます。


 翌日から早速練習を開始した。集まった後輩たちも嬉しそうだ。中にはコロナで部活をやめたいと言っていた子もいる。あたしが何とか勇気づけて、ここまで引っ張ってきた。この子たちに、ようやく舞台を踏ませてあげられると思うと嬉しくて、胸がくすぐったい。もしかして、あたしって、すごくいい部長なのかも。


 台本は、昨日のうちに部員のスマホに送っていた。


 配役を発表し、次期部長を主役に指名すると、

「主役は姫子先輩がやってください。わたしたちには来年もあります。でも、先輩はコロナでずっと公演ができなかったから」

 あっさり主役を譲られた。

「それに、わたしたちみんな姫子先輩がステージで輝くのを見てみたいんです」

 可愛いことを言う。


 それなら遠慮なく、

 竹宮姫子、主役を演らせていただきます。

 脚本、演出、主演のすべてをこなし、

 指定校推薦を確実にしてみせます。


 台本の読み合わせをしていると、桐生麗子が見回りにきた。いったい何しに来たのだろう。無視して練習を続けていると、名前を呼ばれた。


 「ちょっと、竹宮さん」


 メガネの奥で、吊り上げた麗子の目が鋭く光っている。


 「演劇部は無駄が多いです」

 「は?」


 意味がわからなかった。

 仰せの通り0円でやってますけど。


 「倉庫を見せていただきました。過去の公演で使った衣装や道具がそのままで、かなりスペースをとっています。スペースにだってお金がかかっていること、わかっていますか。ガラクタを置いたままにしないでください」


 「何ですって」

 許せない。先輩たちが代々大切に保管使ってきた衣装やセットだ。麗子につかみかかりそうになったのを後輩に止められた。


 「すぐに処分してほしいのですが、廃棄するのにもお金がかかります。ですので、再利用できるものは生徒会で引き取らせていただくことにしました。大道具のべニア板は、教室を分割するのに使わせていただきます。衣装はこちらで慈善団体に寄付します」


 「ふざけたこと言わないでよ。部活に圧力をかけて、何が面白いの? こんなやり方、ありえない。訴えてやるから」


 後輩に腕をひっぱられた。これ以上やめておけという合図だろう。悔しいけれど、ここで麗子を殴ったりしたら、推薦をもらえないどころか退学させられてしまうかもしれない。諦めて引き下がるしかなかった。


 「どうぞお好きに。でも、知ってた? この計画は、すべて学校長の方針なのよ」


 そう言って、麗子が踵を返す。そういうことだったのか。学校長に取り入って、指定校推薦をもらおうという魂胆なのだ。麗子のやりそうなことだ。くぅっ。卑劣なやり方に腹がたった。


 どうしたらいいんだろう。

 このままじゃ公演もできないし、推薦まで麗子に持っていかれてしまう。


 「みんな、ごめんね」

 あたしが言うと、

 「姫子先輩、気を落とさないでください」

 「そうですよ」

 「衣装がなくたって、わたしたち、大丈夫ですから」

 「家から私服を持ってきてもいいし、制服のままだっていいですから」

 後輩たちがなぐさめてくれた。


 「それに、演劇部のために戦ってくれた先輩、ちょっとかっこよかったです」

 生徒会に立ちはだかったあたしにみんなが感謝してくれた。なんて可愛い後輩たち。おかげであたしはもう一度立ち上がるパワーをもらった。


 予算なし、セットなし、衣装なし。

 物語の誰にもなれないまま

 立つしかない舞台。


 ぐるぐる考えているうちにアイディアが浮かんだ。ありのままの姿でしかいられないなら、そのままを物語にすればいい。われながら名案だった。


 コロナで青春を奪われた高校生たちの独白劇。

 孤独感、喪失感、無力感、それに憂鬱、

 すべてを魅せつけてやればいい。


 セリフはあえて作らず、コロナ禍の後輩たちがどんな思いで過ごしていたか、何を考えていたか自由に語ってもらい、書きとっていった。順番を入れ替え、組み立て直せば、バラバラだった物語がひとつの軸のあるストーリーになった。今までで一番手応えの感じられる台本ができあがった。

 感情を乗せやすいのか、みんなの演技にも自然と熱がこもる。演劇部がひとつになった感じがして、あたしは我ながら感動していた。


 「演劇部はすごいね」


 練習を見に来た生徒たちが口々に言い、うらやましがった。聞けば、今回の一件で、他の部活は大揉めしているらしかった。合唱部は、ピアノ伴奏の子が「アカペラでやるなら居なくてもいいでしょ」と吐き、早々に音大受験のため引退してしまったらしい。同じ教室を分け合うことになった書道部と美術部はお互い「世界観が違いすぎる」といがみ合いを続けているようだった。天文部は、完全にやさぐれてしまって、学園祭のあいだは登校しないらしい。どこかの山に引きこもって星空を眺めるのだと誰かが言っていた。

 もちろん、資金に余裕のあるダンス部だけは、悠々と練習を続けていたけれど。


 桐生麗子は学園祭前日まであれやこれや文句をつけにやってきた。体育館のステージで、リハーサルの時に指摘されたのは照明だった。セットがない分、照明の色を変えながら演出をしていたのに、電気代が無駄だと言ってきたのだ。

 

 「あなたたちの程度の出し物なら懐中電灯で十分。電気代もかかるし、下手に機材を使われてダンス部のステージで使えなくなったりしたら困るのよ」

 

 この時ばかりは麗子を蹴り飛ばしてやりたかったが我慢した。いくら学校長の方針と言えど、麗子の乱暴なやり方が部活全体を不穏な状況にしていることはすでに学校に伝わっているようだったし、逆境の中、演劇部だけが公演を成功させたとなれば、「不撓不屈の精神で演劇の新境地を切り開いた」あたしにとっては大きな手柄になる。指定校推薦も確実だ。


 宮本先輩、どうかあたしを見守っていてください。

 竹宮姫子、絶対に公演を成功させて、先輩の待つS大に入学します。


 ファイト、オー!


 舞台袖で、みんなで円陣を組む。最初の出番の子の背中をポンとたたくと、あたしを振り返って、「いってきます」とうなずいてくれた。


 予算なし、セットなし、衣装なしの舞台はこうして始まり、集まった保護者や生徒、観客の大きな拍手で幕を閉じた。たまたま来ていた演出家の目にもとまり、あたしたちの演劇は後日学生演劇コンクールの奨励賞も獲った。


 こうしてあたしは念願だったS大指定校推薦を手にした。


 一方、麗子は学校のために懸命に働いたことに違いないが、そのやり方が横柄だったとお咎めを喰らい推薦を逃した。あたしとすれ違った時、もっと悔しそうにするかと思ったが、負け惜しみのひとつも吐かず、案外あっさりしていた。

 S大に興味がなくなったのだろうか。他に行きたい大学が見つかったのかもしれない。それくらいに、あたしは思っていた。


 指定校推薦と言っても、簡単な試験と面接はある。どきどきしながら扉をたたいたS大の面接で、学園祭の成功体験を披露すると、S大の教授はみな興味深そうに聞いてくれた。どんな状況でも負けずに頑張れるあたしのことを気に入ってくれたみたいだ。


 そして、一週間後、S大から合格通知が届いた。


 竹宮姫子、やりました。

 S大合格、いただきました。



 四月。

 入学式を終えたあたしはキャンパスじゅうを歩いて宮本先輩をさがした。そして、とうとう見つけた。

 髪の毛を茶色に染めていたから最初はわからなかったけれど、変わっていない。宮本先輩。長身、美形でおだやかな笑顔。ああ、やっと会えた。あたし、先輩に会うため、必死で頑張って来たんです。


 で、そのとなりにいる女子、誰?


 宮本先輩のとなりに、入学式用のスーツ姿の女子がいた。

 誰? 

 え、もしかして、桐生麗子? 

 うそ。なんでここにいるの?

 それに、メガネがない。

 この子、こんなに綺麗だったっけ。


 「やあ、竹宮さん、久しぶり」

 宮本先輩があたしの名前をおぼえていてくれたというのに、動揺がおさまらない。

 「えっと。あの、その」

 「ああ、麗子のこと?」

 麗子? 麗子って、宮本先輩、なんで下の名前で呼び捨てなの?


 「一般入試で合格したのよ。宮本先輩に家庭教師に来てもらっていたおかげ」


 麗子の言葉に愕然とした。

 なんのために。

 なんのために、あたしはS大にこだわってきたのだろう。

 

 宮本先輩が遠のいていく。

 その手がしっかりと麗子の手を握っていた。


 サクラ、チル…


 へなへなと地面に崩れ落ちたあたしの脳裏にそんな言葉が浮かんでいた。声をかけられたのはそんな時だ。


 「君、新入生?」


 ふりかえるとTシャツに穴のあいたジーンズ姿のお世辞にもかっこいいと言えない貧乏くさい男子学生が立っていた。


「君、お笑い、やらない?」

「は?」

「俺、お笑いサークルの木村健吾。君をスカウトするよ」

「意味がわかりませんけど」

「だって、さっきから見てたら、怒ったり、泣いたり、天を仰いだり、急にへたりこんだりしてさ。君、すっごくおかしかった。お笑いの才能あるよ」


 言いながらも、木村はこらえきれず腹をかかえている。

 人を馬鹿にするにもほどがある。

 それに、ずっと見ていたなんて気持ち悪すぎっ。


 「結構です!」


 啖呵を切って歩き出した。負けるな、姫子。あたしはひと枠しかない指定校推薦を勝ち取った女だ。どんな苦難にだって負けないんだから。

 履きなれないパンプスに傷ついた踵が悲鳴をあげている。きっと真っ赤になって、血がでているかもしれない。それでもあたしは痛みをこらえ、何でもない風を装って(演劇部の部長ですもの)つかつかとキャンパスを進んでいった。


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