後編1
ティアたちからエリザベスたちが離れる前に、ティアはエリザベスを呼び止めた。
「どうかした?」
「いちよう。念のために、魔法の付与をしてもよろしいですか?」
「心配性ね。・・・いいわ。ありがとう。」
そう言って手を差し出した。
ティアはエリザベスの右手の中指についた指輪に魔法を付与した。
何からも守る鉄壁の魔法。
そうしてエリザベスとティアは二手に分かれる。
皇族が入城し、高位貴族からあいさつに行く。
最後は貴賓だ。他国の要人など。ティアはそこの部類に入れられた。
アレクサンダーはティアをエスコートするため、自分の家族が挨拶をしているのを構わず、ティアの番の時にあわせてくれた。
「古の国より・・・」
皇帝の従者の言葉にどよめきが走る。
「ロシエール商会、商会長ルクレティアナ様」
すでにどよめきを越え、あたりが静まり返る。
仮面を付けたティアを連れてアレクサンダーが前へ出た。
「まあ・・・陛下の御前で仮面を着けたままだわ。」
「なぜ、平民が・・・」
「ロシエール商会とは、最近他国で名を馳せる・・・?」
「妻からロシエール商会の化粧品が欲しいといわれているのだ・・」
四方八方からつぶやきが聞こえる。
侮蔑。
羨望。
静観。
いろんな視線がティアに突き刺さる。
アレクサンダーが自分の腕に置かれたティアの手を握りしめた。
チラリとアレクサンダーを見ると、微笑んでいた。
ティアは胸が高鳴るのを感じたが無理やり抑えつける。
前を向いて皇帝の前でカーテシーをする。
「・・・よい。表を上げよ」
皇帝の言葉にティアは姿勢をただす。
「お初にお目にかかります。ロシエール商会、商会長のルクレティアナ、と申します。この度は第3皇子殿下のご婚約おめでとうございます。このような仮面でのご挨拶、お許しくださいませ。」
「よい。皇妃から話は聞いている。皇妃が世話になったそうだな。礼を言おう。」
「もったいなきお言葉。ありがとうございます。」
ティアたちは従者に促されその場を辞した。
遠くから、皇帝が第3皇子とソーマ家のフレイラとの婚約が整った、と声高らかに叫んでいた。
フレイラはオフホワイトの、まるでウェディングドレスのような色味のドレスを着ていた。
美しいが、目立つを目的にするならばエリザベスに劣る。
フレイラは金髪でエメラルドグリーン。オフホワイトだと遠くから見ると全身が少し同一色化してしまう。
しかも、エリザベスのほうが人だかりがある。
何を隠そう、エリザベスのドレスはロシエール商会が作ったもの。
服飾課のデザイナーが丹精込めて刺繍したバラの花。
素晴らしい出来だと、ティアも喜んでいたのだが。
正直、これで良いのかやや不安になるが、貴族の派閥問題の関係もあるため、よしとする。
5年前の出来事で貴族たちはゆれた。
今まで何をしても許されてきた第1皇子と側室エリス。
それが、皇帝の弟である大公の愛娘を傷つけたことで断罪され、流刑に処された。
皇帝が弟に負けた形になったのだ。
貴族たちは誰につけば自分たちが生き残れるかを考えた。
皇太子になるのはもちろん第3皇子だろう。
しかし、第2皇子は?無能なわけではない。ただ性格的に難がある。
皇后の兄であるジョスエル侯爵の独壇場かと思いきやそうでもない。
皇帝はブレイス公爵家にも便宜を図っていた。
そしてそれを皇后も容認していた。
貴族たちの派閥はちょっとした出来事で入れ替わり続けている。
帝国はそれほど揺れていた。
「ルクレティアナ嬢。ダンスでもどうですか?」
アレクサンダーが手を差し出し、ティアをダンスホールの真ん中に連れていく。
すでにシリウスとオリバーも相手を連れて踊っている。
シリウスはもちろんエリザベス。
オリバーは・・・
オリバーの相手を見てティアは驚いた。
美しく艶やかな金髪をうしろでまとめ、真珠がちりばめられている。
深海を思い起こさせる青い瞳。
オリバーの色を彩る、紫を基調としたドレスに金色の蝶の刺繍が施されたレースを纏い、楽しそうに踊る女性。
かつてティアが命を救い。
彼女の名のもとに彼女の国と取引を行い。
彼女の着ているドレスは元々エリザベスが来ているドレスの対となるドレス。
エヌオール国の公爵令嬢。ジュリアナ=ケイヒルさまであった。
驚きすぎてダンスをやめる人もいる。
エリザベスは口を開けたまま、シリウスに優雅にリードされていた。
皇帝と皇后の表情は変わらない。
第3皇子と婚約者のフレイラは動揺しているようだ。
ジュリアナの叔母である皇妃は無表情に見つめている。
ダンスが終了し、ティアはアレクサンダーとともに輪の外へとでた。
しかし、ダンスホールはざわめきが強くなる。
騒ぎの中心を見ると、オリバーが跪いて指輪を差し出していた。
もちろん、ジュリアナに。
ジュリアナは嬉しそうに頷き左手を差し出す。
周囲からは拍手と歓声が沸いた。
周囲に祝福されて嬉しそうな彼らを横目に、呆れたような、嬉しそうな、してやったりというような、複雑な表情のエリザベスが微笑んでいた。
そばでは、アシリスが悔しそうな表情で二人を見ていたが、そっぽを向いて取り巻きを連れその場を後にしていた。
にぎやかな集団から背を向けると、アレクサンダーがティアに声をかけた。
「軽食でも取ろう。」
アレクサンダーの言葉に頷き、軽食室に向かう。
そこには泣きじゃくるアシリスがいた。
まだ彼女の視界にティアたちは入っておらず、アレクサンダーがどうしようか、と思案していた。
「なぜ、皆して・・・!!わたくしの何がいけないって言うの・・・ひどいわ!・・・っていて・・・・」
泣きながら叫ぶため、何を言っているか後半は聞こえてこなかった。
「どうかしたの?」
ティアたちの後ろにエリザベスとシリウスが立っていた。
アシリスがエリザベスに気付き、足早に向かってくる。
アシリスが手を振りあげ下ろそうとすると、すかさずシリウスが手を抑えた。
「何をする気ですか?」
シリウスの鋭い視線に少したじろいだがそれでもプライドの高い彼女は言わずにはいられなかった。
「あなたが何か言ったのでしょう!オリバー様はわたくしを憎からず思っていてくださっていました!お話もたくさんしてくださっていましたし、贈り物だって・・・それにっ・・・」
そこでアシリスは黙りこくった。
ティアの隣に立っていたアレクサンダーがため息をつく。
「ソーマ嬢。オリバーは一度も好意を示したことはありませんよ。」
「そんなことありません!いつも笑顔を向けてくださいますし、お話だって・・・・。それに贈り物だってしてくださいましたわ!」
「オリバーは紳士です。淑女の前で紳士の笑みを浮かべるのは当たり前。それに、お話は近くにいて私も聞いたことありますが、あなたが一方的に話しておりましたし、オリバーは相槌を打っていたくらいです。そして贈り物ですが、送り主を見たのですか?」
「え・・・?でも・・・」
「送り主を見ていないのですね。ということは、あなたがオリバーに送った贈り物も全部送り返されていることを知らないのですか?」
「え・・・」
アレクサンダーの言葉にアシリスは目を瞠り顔から表情が抜けた。
知らなかったのだろう。
「・・・あなたにはご家族と話すことをお勧めしますよ。」
アレクサンダーが優しくいった。
その場にへたり込んだアシリスを、取り巻きたちが必死で連れ出していった。
「なんだったのかしら。あの方ってあんな勘違いをするほど頭が弱い方ではなかったはずだけれど。」
エリザベスが毒を吐く。
エリザベスが右手に持っているグラスを斜めにして中の色を確認する。
「あ・・・!ティア!」
「いけません。これはお酒ですわ。ベス様。いけません」
「一杯だけ!」
「ダメです」
ティアはそう言って奪ったシャンペンを飲み干した。
「ひどいわ・・・一杯くらい」
「ベス様はすぐよってしまうから駄目です。」
「そうなんですか?」
シリウスがエリザベスに聞く。
「そ・・・そんなわけないでしょう!ベスが過保護なのよ。一杯くらい平気よ!!」
そう言ってすぐ横にあったテーブルからグラスを取り飲み干した。
エリザベスはすぐに顔を真っ赤にして、ふらつく。
シリウスがエリザベスの腰に手を当てた。
「ら・・・・らに・・・何しますの・・・よ・・ヒック・・・よっれ・・よっておりましぇん・・・クー・・・」
頑張って話しながら・・・寝た。
「え?エリザベス!?」
シリウスが少し驚いたように声をかける。
アレクサンダーも驚いているようだ。
「弱いって聞いたけど・・・ここまで?」
ティアはエリザベスが持っていたグラスの臭いをかぐ。
ティアの眉間にしわが寄り、シリウスの表情も厳しくなった。
「なんだ。」
「ジントニックです。」
「ジントニック・・・」
アレクサンダーが呟いた。
ティアはのグラスの中を指で触れ少し舐める。
苦い。
「薬品も入っていますね。」
シリウスがエリザベスを抱き上げた。
「宮廷の治癒術師と鑑定士と・・・」
シリウスが焦ったように言うのをティアは止めた。
「ベス様には私が個別で守護魔法をかけています。ただ酔って寝ているだけですから大丈夫です。侍女数人とシリウス様も一緒に控室に行ってください。」
「守護魔法・・・一体それはなんだ?」
シリウスが聞く。
「古の魔法です。あらゆるものから守ってくれます。一度しか効かないので、またかけ直さなくてはならなくなりますが。」
「そんな魔法を聞いたことないぞ。」
「古の国にしか伝わっていない魔法ですから。」
「保護魔法と何が違う?」
「保護はただの保護。物理的なものにしか対応できません。毒やそう言った体の内部に影響を及ぼすものは無理です。」
「治癒術師に見てもらう。」
「治癒術師が見たところで、そこまでの詳しい知識などありませんよ。」
ティアの突き放したものいいを何とも思わず、シリウスは食って掛かる。
「知識のない奴が・・・エリザベス様に何かあってからでは遅いのだぞ。」
「この世であなただけがベス様を大切に思っているとでも?言ったでしょう。“治癒術師”には知識などないと。」
二人の間にアレクサンダーが割って入った。
「クライシス卿はエリザベスを別室に。侍女たちを数人つれて。陛下には伝えておきます。治癒術師の有無はあなたに任せます。ルクレティアナ嬢はこのれの犯人と誰に対するものだったか調べるから付き合って。」
帝国での治療師は認められていない。これ以上、ティアが治療師としての言動をするようなら、下手をすれば拘束される。
エリザベスは守護魔法のおかげで安全だ。
アレクサンダーの判断は正しいが、ルクレティアナは寂しさを感じてしまった。
あんなことになるとも思わず、ティアは後々自分の言動を後悔することになる。
そうして、二手に分かれることになった。