中編3
長いです
困り顔のティアと、仁王立ちするエリザベス。
「ですから、一人でも大丈夫です。」
「あら、ダメよ。エスコートはいなくては。」
「私平民ですよ?ベス様の侍女なんですからエスコートなんていりませんし、ドレスも大丈夫ですよ。」
「ダメよ!ダメダメ!!あなた、商会長でしょう?シェヘレザード様に会うのでしょう?それ相応の服装はしなくてはだめよ。」
「ベス様の侍女として入城して、別室で着替えてそのままシェヘレザード様に会いに行けばいいのでは?」
「皇妃様よ?ずっと舞踏室か控えの間にいるはずよ。だから別で会うのは無理だと思うわ。」
「いや・・・ですが・・・」
「ねえ、あなたは正式にシェヘレザード様から招待されたのでしょう?ということは、シェヘレザード様の庇護下に入れるわ。陛下も貴族も簡単に手を出せない。なら、商会長のルクレティアナとして行けば?」
「・・・ですが、あまり顔を公にしたくありません。」
「うーーん・・・どのみち宮廷に入るなら公になるようなものよ。・・・そうだわ!仮面を付けていけば!?」
「さすがにそれは陛下への不敬として罰せられるのでは?」
「シェヘレザード様に先に聞いておけばよいのでは?そうよ!!さあ!手紙を書くわ!!」
時々思う。エリザベスは猪突猛進。大公家の公女だといわれても、皆疑うのでは・・・。
でも、彼女のすごいところは猫かぶり。
公の場では公女として恥ずかしくない行動をとれるのだ。
すごい。
結局そんなこんなで仮面のOKがでた。
まあ、いずれは商会長として名乗らなくえてはいけないから・・・いいか。
と、いうわけで、当日。
エリザベスは真っ赤なドレス、ティアは真っ黒なドレスにシルバーを基調にところどころ淡いピンクの仮面を付けた。
「・・・どうしているんですの・・・?」
エリザベスが文字通り口をあんぐり開けて目の前に立つ男性を見ていた。
「しかも・・・なぜその色なのです!?」
目の前の男性を指さす。
「・・・エリザベス嬢。淑女が人を思い切り指さしてはいけません。それと、あなたの婚約者なのですから、あなたの色を纏うのは当たり前では?」
髪の毛をきっちりまとめ、紫銀の紳士服を纏うシリウスは、途轍もない色香と美貌を放つ。
エリザベスも若干当てられたのか、少し頬が紅潮していた。
「だ・・・だからって・・・何も言わずに来るなんて!!失礼ですわ!」
シリウスがにこりと微笑んだ。
「手紙に書きましたよね?」
「え?」
「“第3皇子殿下の婚約、おめでたいですね。あなたに逢えることを祈って。できれば私の色を纏っていただけるとありがたいです。”と?」
それを知った大公夫人は、真っ青になるエリザベスをよそに、すぐにエリザベスとティアのドレスを交換した。
結局、エリザベスは真っ黒な豪奢なドレスに、銀糸で刺繍されたレースのついたドレスを。
ティアは真っ赤なドレスに金糸で刺繍されたレースのついたドレスを。
ふと思い出してエリザベスに聞いた。
「そういえば、私のエスコートというのは・・・?」
「ああ!そうだったわ。あなたの良く知っている方よ。・・・そういえば私あなたの話していないのに、なぜあなただとわかったのかしら・・・」
最後は一人呟くように言う。
聞こえず聞き返すも、侍女たちに言われ大公家の玄関ホールへと向かう。
階下では、シリウスの隣にもう一人青年が立っていた。
こちらに背を向けており後姿だが。
エリザベスと同じ紫銀の髪の毛を後ろに撫でつけ、黒を基調とした角度によってはシルバーに輝く紳士服を着ている。
なぜかティアは顔を見なくても気づいた。
二人がエリザベスとティアに気付き振り向いた。
シリウスが階段下につき手を差し出す。
エリザベスは優雅に手を取り、エスコートされるまま玄関ホールを横切る。
彼が階下まで来た。
片手を胸したにあて、礼をする。
「アレクサンダー=アローシェンと申します。今宵美しいあなたのエスコートを勝ち取りました。」
空よりも空らしい、スカイブルーの瞳が嬉しそうに輝く。
ティアは膝を軽く折り、礼をする。
「ルクレティアナと申します。今日はよろしくお願いします」
一瞬だけ目を合わせ、すぐにそらした。
そのまま馬車までエスコートされる。
エリザベス、ティア、シリウス、アレクサンダーの順で馬車に乗り込む。
馬車自体は広いが、ティアにはとても狭く感じた。
目の前にはアレクサンダーがいて、呼吸の音どころか心臓の音まで聞こえそうなほど、近くにいる感覚に陥る。
この感覚を最近感じた気がするが、どこで感じたか思い出せない。
世間話をしたまま宮廷へとついた。
すでに多くの人がいて、人でごった返していた。
人ごみの中からも、エリザベスがつけば人々の波ができる。
大公家の人間であり、侮蔑の対象だったから。それが長年の出来事だったため、エリザベスはそちらの対応に慣れていた。
しかし、今宵は違った。
人々がエリザベスのために道を開けるのは一緒。
しかし、彼らはエリザベスのために頭を下げ礼を尽くした。
エリザベスは後ろを歩くティアには聞こえるが、周囲には聞こえない程度に呟く。
「浅ましい。都合のいい働きアリだわ」
その言葉にシリウスが吹き出してしまう。
その時の情勢に合わせて寄り親を変える貴族のことを揶揄したのだ。
貴族としては当たり前のこと。生き残るためだから。
しかしエリザベスはそれを普通に声に出して言う。
滅多に人前で笑わないシリウスが笑った。
それは周囲の人も驚愕の一言だが、誰よりも驚いていたのはエリザベスであった。
エリザベスはシリウスの腕に自分の手を置いたまま彼を見上げていた。
「クライシス卿が声を出して笑っている姿を初めて見たぞ。」
エリザベスの前方から朗らかな声が届く。
そちらを見ると、紫金の髪を後ろでまとめ、スカイブルーの瞳を楽しそうに細める大公家の嫡男であるエリザベスの兄、オリバーがいた。
「あら。お兄様。ずっとお会いしていなかったからお顔を忘れてしまい、一瞬どなたかわかりませんでしたわ。」
エリザベスが不貞腐れたように言った。
「我が妹は私に会えなくて寂しかったようだな。」
「違いますわ!!」
現在オリバーは、宮廷の別室を与えられそこで主に生活している。
それは軍務省の事務長官となったから。素晴らしい知略に、誰にも負けないほどの魔法と剣技の強さを誇るオリバー。
この大抜擢を諸貴族が反対したが、第2皇子のジャクソンと皇帝、皇后、皇妃の後押しがあり就任した。
精悍な顔つきに、背が高く細い体の線ながらも筋肉質な印象を与える不思議な人であった。
「お兄様はどなたをエスコートしたのかしら。」
「もちろん婚約者だ。」
「なんですって!もう婚約したのですかっ!!?な・・・・なんて・・・」
エリザベスは顔を真っ赤にして震えている。
シリウスが苦笑しながら、優し気な瞳でエリザベスを支えるように立つ。
ティアはその姿に目を瞠る。
彼のこんな優しい表情を見たのは初めてであった。
「リズは寂しいんだね。」
アレクサンダーが。
「お兄ちゃま大好きっこだもんな」
オリバーが。
エリザベスは怒って二人の足を踏む。
を繰り返す三人。
固まる妹。
にやつく兄。
困った表情の従兄。
エリザベスはオリバーの婚約に反対していた。
ブラコンだからではない。
婚約者と名が挙がっている令嬢が問題であった。
ロレッソの前婚約者候補、アシリス=ソーマ。
彼女が婚約者だとうわさされており、エリザベスはそれが嫌なのであった。
その後も、エリザベスは剣呑な雰囲気で兄を見上げ、ニヤニヤする兄はアレクサンダーを見て、アレクサンダーは困ったような表情になり、三人は会話を続ける。
この一族はただ黙ってその場にいることのできない人種なのだな、とティアは思った。
すると、ティアたちの後方から誰かが小走りできて、オリバーに抱きついた。
金髪の髪を頭頂部でまとめ、おくれ毛が首を隠すように揺れている。
真っ青なドレスに腹部に金色のリボンを付けている。
「オリバー様!迎えに来てくださると思っていたのですが・・・今日は楽しみにしていますね!わたくし、念には念をいれてこのリボンも付けてきたのですわ!」
エリザベスは小さく舌打ちをして、ティアに窘められる。
スカイブルーの瞳をした女性が嬉しそうにオリバーを見上げていた。
オリバーは紳士らしい曖昧な笑顔を浮かべ、優しく腕から手を離した。
「・・・ああ・・・姉君が先にこちらにいらっしゃっていいましたね。主役は殿下方ですので私は関知しておりませんが、楽しまれて行ってください。」
女性は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「まあ、オリバー様ってば恥ずかしがって・・・。」
嬉しそうにつぶやく。
ふと、女性がティアをみた。
そして眉を顰め顔がゆがんだ。
「あなた、宮廷の舞踏会に仮面をつけるなど失礼なのでは?それに見ない顔ですわね。・・・どちらの家のご令嬢かしら?」
ティアはカーテシーをする。
「ロシエール商会、商会長のルクレティアナと申します。お初にお目にかかります、アシリス=ソーマ侯爵令嬢。」
アシリスは目を鋭くした。
「ロシエール・・・?あなた平民でしょう!平民の分際でお姉さまの婚約披露パーティーに顔を出したわね!!格が下がるわ!誰か!!この者を追い出しなさい!」
「おやめなさい!」
誰よりも響く声だった。
アシリスの隣に立ち状況を見守っていたエリザベスであった。
「彼女は正式に招待されてここにいらっしゃるのよ。それを貴方に止める権利などありません。」
エリザベスの言葉にアシリスの表情は今までにない以上に醜くゆがむ。
「あら・・・帝国の大公家のご令嬢が常識もないんですの?ここは、公式の場であり、第3皇子殿下と我がソーマ侯爵家の婚約会ですわ。招待状を送れるのは皇家のみ。皇后陛下が、殿下の婚約をぶち壊しにするはずがありませんから、平民など招待するはずがありませんわ。
平民を庇っても、エリザベス様のお里が知れてしますわよ?」
“お里がしれる”
これはエリザベスたちの母、大公夫人を揶揄する言葉として有名であった。
「あなた・・・今わたくしのことをなんて呼びました?」
「え?・・・エリザベス様ですわ。」
「なぜ?」
「なぜってあなたはエリザベス様ですわ。」
「私の名はエリザベスですが、あなたはなぜわたくしの名を呼ぶの。」
「!・・・まあ、わたくしとエリザベス様の仲ではありませんか。」
許可もなく、下の者が上の者を名で呼ぶのは不敬。同等や上位の場合は失礼に値する。どちらにしても、マナーとしてはよろしくない。
「わたくしとあなたの仲?わたくしとソーマ侯爵令嬢の間になにかございまして?」
エリザベスの言葉にアシリスは顔を赤くしていく。
「わ・・・わたくしはいずれあなた様の家族になりますわ・・・でしたら、」
「家族?一体何の話です?養女をもらうなど聞いておりませんわ」
「い・・・いえ、養女ではなく・・・その・・・」
アシリスは頬を染めチラチラとオリバーを見ている。
エリザベスは笑みを浮かべその場を収めた。
「そろそろ入城しなくては、外套を預けたいので失礼いたします。」
エリザベスはそのままシリウスとティア、アレクサンダーを連れて会場近くまで行く。
使用人がエリザベスに近づきコートを預ける。
シリウスを連想させる真っ黒なドレスに、シルバーのレースが光の加減で輝きを増す。
バラの花は精巧に刺繍されまるで本物に見える。
誰もが目を瞠り、そして見惚れた。
その姿を忌々し気に見つめる瞳に、エリザベスたちは気づいていない。
真っ黒なドレス、真っ赤なドレス。
エリザベスとティアはとても目立つ。
会場に入ると全員の視線が二人に注がれる。
ティアは久しぶりの視線に胃がキリキリする思いであった。