中編1
ティアは侍女の服から少し豪奢なワンピースに着替え、髪の毛を整える。
商会長として会うのだから、商会長然とした姿で挑むことにした。
別棟の近くに行くとすでに話を聞いていたらしく、侍女が待っていた。
「エヌオール国からシェヘレザード様にずっとついている侍女ヘレと申します。ご案内いたします。」
侍女はわざわざエヌオール国からずっとついている、といった。
信用しろということか。
それとも、宮廷の侍女は信用できない、ということか。
侍女に連れられ、別棟への道を進む。別棟は大きな平屋のようになっていた。
中はモダンな雰囲気で上品な調度品やカーテンで飾られている。
奥に進むと、ピアノの音がした。
侍女が扉の前につきティアの来訪を告げる。
扉が開き、ピアノを弾いている貴人がすぐに目に入る。
朱色の髪が艶やかに伸び、白いサンドレスを着て、色白の今にも壊れそうなほど細い体躯。
視線を感じたのかピアノを弾くのをやめ顔を上げた。
合った視線はハシバミ色の瞳。
吸い込まれそうな。
全てを見通しているような。
誰かに似ているような。
ピアノの前に座っていた女性は椅子から立ち、後ろに控えた侍女がストールをかける。
「このような姿でごめんなさい。こちらへどうぞ」
女性は侍女に手を引かれ、優し気に微笑んでティアを促した。
大人しく、女性についてソファに座る。
女性が座る方のソファにはクッションなどが置かれており、そのクッションによしかかるように座った。
「わたくしはシェヘレザードよ。体調が良くなくて今は大公家でお世話になっているのよ。あなたのお名前は、平民さん?」
声音は面白そうな声音だ。
平民にも拘わらず、堂々と臆することなく王族の前にいるからだろう。
「ロシエール商会、商会長ルクレティアナと申します。」
「・・・わたくしが知っている商会長の名は“カリオペ”と聞いたけれど?」
「表に出ているのはカリオペです。ですが、商品登録や書類サインには私の名前がかかれています。」
シェヘレザードは笑いだした。
「ジュリアナから聞いているわ。ロシエール商会はピンクグレージュの髪をしたエメラルドの瞳を持つ女性が牛耳っている、と。」
ジュリアナはエヌオール国の貴族で、帝国の第3皇子の元婚約者候補。そして、何度も毒に倒れ、重症だったところをティアが救った。
「とても美しい女神のような女性、と聞いていたの。」
ティアは微笑むことも、恥ずかしがることもなく、無表情でシェヘレザードを見つめた。
正直、お世辞抜きで、ティアは美しい。美人だ。悪いけれど自覚している。
ソーマ侯爵家の娘たちを見ていると、たぶん自分も実父に似たのだろうと思う。
顔立ち的には母親だが。
まあ、母親も美人であった。
「印象的には・・・冷たい感じね。商売人としては合格だし、不合格でもあるわ。」
シェヘレザードの言うことは尤もだ。
商売に愛想は大切。時にはへりくだる必要もある。しかし、引いてはダメな時、負けてはいけない時がある。それをうまく使い分ける必要がある。
「わたくしに会いたいと言っていたようだけれど、要件は何かしら?」
「・・・単刀直入に聞きます。シェヘレザード様は敢て宮廷と距離を置いているのですか?」
シェヘレザードは微笑みを深めた。
少し考えている。
「・・・あなた面白いわ。まず、なぜわたくしを“皇妃様”と呼ばないのかしら。」
「呼ばれたいですか?」
「いいえ。まっぴらごめんよ。」
帝国での皇族の敬称。
皇帝陛下、皇后陛下、皇妃様、ご側室様、皇子・皇女には何番目なのかをつけて呼ぶのが帝国内での正しい敬称である。
シェヘレザードは一国の王女だった人。帝国の宮廷内スキャンダルのせいで皇妃に身を落としたことに納得できるはずもない。
別に政略する必要などなかったのに、帝国の思惑にまんまと嵌ってしまったのがシェヘレザードの父王。
「話を続けて頂戴。」
シェヘレザードはティアを促した。
「シェヘレザード様は体調を崩され離宮に行ったはず。しかし、大公家で療養されている。しかし、陛下からは何も言ってこず現状を許されている。ご子息の第2皇子殿下はシェヘレザード様の居場所を知っているでしょうに、一度もお見舞いにいらしておりません。
シェヘレザード様は何をしても咎められることなく、静観されている。」
「ええ、そうね。」
「元々、帝都に流れていた噂では、陛下と距離を置いていても、皇后さまとは仲睦まじくある、と聞いたことがあります。それに、第2皇子殿下は自由を愛する方だったはず。ですが、上位貴族のご令嬢とご婚約されました。お二人が思いあっているならまあ・・・あれですけど。相手方のお家を考えるとそれも少し・・・。それに、最近は皇后さまと仲違いしたという噂もあります。」
「・・・随分あけすけな・・・ここに陛下や皇后さまがいらっしゃったら不敬の罪で罰せられていたわ?」
シェヘレザードの瞳がより一層冷たく光る。
「普通、皇后さまとシェヘレザード様の噂がこうもはっきりと流れるのも不思議だと思ったんです。本当に、宮廷から距離を置いているのですか?」
「・・・あなたはなぜそのようなことを知りたいのかしら?」
「あら。私はロシエール商会の人間。あなた様が私と会うと決めた最大の理由なのでは?」
「・・・ロシエール商会。・・・その自信は・・・噂は本当だということ?」
ティアは明確な答えを言う代わりににこりと微笑んだ。
肯定も否定もしない。
ロシエール商会。
物流だけで財を成し、名を売ったわけではない。
人々が一番欲しいもの。
“情報”
ロシエール商会の表の事業は、多方面の物流と開発、そして人材派遣。
しかし、それだけで世界的な商会に成長したわけではない。
本来の事業は“情報屋”。
人材派遣と併合している。
元々、人材派遣のために登録した相手に人材育成をする。
その中で条件を満たした人をいろいろなところへ送り、情報を収集する。
いわばスパイ。
そうして、ロシエール商会は少しずつ信頼と実績を重ねていった。
「ほしい情報があるの・・・」
シェヘレザードが呟くように言った。
表情は無表情。だけど、声は寂しそうだった。
「どなたの情報ですか?」
「・・・女の子よ。年齢は24歳。」
「お名前は?」
「・・・ペネロペ」
「姓は?」
「わからないわ。」
「他に何か情報の元となるものは?」
「生まれたのはエヌオール国。当時、わたくしの乳母だったケルフィースとともに宮廷を出たはず。そのあとはわからないわ。」
「シェヘレザード様とのご関係は?」
「何の関係もないわ。調べてくれるの?くれないの?」
少しぶっきらぼうな言い方だった。
ティアは立ち上がりカーテシーをする。
「ロシエール商会ルクレティアナの名のもとに。あなた様のお知りになりたいことをつきとめましょう。」
「わたくしからも。あなたの願いを一つだけ叶えて差し上げるわ。」
「では、私があなた様にとって有益な情報を持ってきた際に、叶えてくださいませ。」
ティアはシェヘレザードの部屋を出て自室へと戻った。
鏡に術式を書き、ロシエール商会の本部がある古の国、またの名をマルキスル国へとつなげた。
ジジジジジ・・・
砂嵐のような音の後、一人の爺が映る。
白い髭が長く伸び、真っ白な髪が七三わけになっている。
『おおお!移っとるかのう。』
楽しそうに目を細め手を振る。
「・・・ティエルノ様?そこで何を・・・?」
『ティアと話したくてのう。こっちは暇で暇で刺激が足りないのじゃ。そっちでは何か起きていないのか?』
「・・・何も起きていません。ココはいますか?」
ティアの質問に爺が眉間にしわを寄せ、ぶつぶつ何かを言い始めた。
ティアは気にすることなく、ため息をついて再度聞く。
「ココはいますか?」
『・・・ガチャガチャ・・・・いますいます!!いますよ!ちょっと賢者様邪魔です。・・・ドンっ・・・』
『痛いではないか!老体に何と無体なことを・・・!』
『老体って・・・誰よりも若々しいですよ。』
ココはそう言って爺の髭を取った。
すると、彼はしわ一つない絶世の美貌を持った青年に変わる。
『つまらないな・・・』
そう言って彼は画面から消えた。
『・・・行きました。すみませんティアさん。それでご用件は?あ!月末の決算は待ってくださいよ!!ティアさんたちが出立した後はぜーーーーーーーんぶ私一人でやってるんですから!!』
「わかっているわ。いつもありがとう。ところで本題は、ある人の行方を探してほしいの。」
『急ぎですか?』
「できるだけ。」
ここに促され、シェヘレザードから聞いた情報を伝える。
ココはメモをしながらわかりました、と言って通信を切った。
1か月もすればほしい情報が手にできるはず。たぶん。