自警団の元気印リネットと区長のトドロキ②
※念のため今回からR15にしました、十五歳未満の方申し訳ございません
鼻息荒くやる気に満ちた快活な少女。
皮の胸当てに大量生産された数打ちの剣……いずれもあまり使い込んでいないのか新品同然の輝きを放っていた。初々しさすら感じる。
少女の顔つきも上京したばかりの女子といった感じで活力に漲っていた。
まさに上昇志向に満ちた若者、そして腕には自警団見習いの腕章が際立っていた。
(活力というかあれだな、若者特有の根拠のない自信とか焦りとかだな。って俺も若者だけどさ……修羅場を何度も経験したらそりゃ老成もするさ)
自分に言い訳する情けなさに苦笑してから、彼女に応対する。
「準備中ですよ」
気だるい俺の対応など意に介さず彼女はまくし立てた。
「そんなことは百も承知ッス! ウィル店主! 今日こそこの宿屋の正体を暴き! そしてパウムさんを自警団に迎え入れるッスよ! 貿易都市の平和のために! ……あと見習い腕章を外すために」
彼女の名前はリネット・ブリンガー。
区長から聞いた話だと今年入団したばかりの貿易都市自警団見習いの女の子。
どうやら自警団隊長の娘さんだそうで父親に追いつきたいのか安心させたいのかとにかく見習い腕章を外すことに躍起になっていて、小さな仕事から大きな仕事まで粉骨砕身の覚悟で挑んでいる……まぁよくある話だ。
(気持ちは滅茶苦茶わかるんだけどね)
俺も大物になりたいなんて焦っていた時期もあった、いわゆる「大物教」だな。
結局、四英雄の荷物持ちになって人外レベルの強さとダメ人間ぶりを目の当たりにして「何だかんだで普通が最高教」に改宗したんだけどね。
俺は「立ち話もなんだし」と彼女にイスに座るよう促した。
「あ、どもっす」
リネットも素直に座る、良い子ではあるんだ……でもなぁ……
「冷たいレモンティーが好きだったよね」
「あ、はい……って! そんなことで秘密をはぐらかそうとしても、そうはいかないッスよ! この宿屋は裏の冒険者ギルド! もしくは地下でトーナメントをやっていて特殊な能力を授けてくれるとか! さぁ白状するッス!」
(この思いこみの強さがなければなぁ……)
俺はレモンティーを出してあげると頬杖をついて呆れてしまう。こっちの気も知らないでリネットはんくんくお茶を飲み干した。
「おいし~……っと、危ない危ない! 目的を忘れるところでした! さぁ店長! 今日こそ口を滑らせてもらいますよ!」
「割るんじゃなくて滑らすんだ」
リネットは腕を組んでウンウンと頷いた。
「もう何回も正面から問いただしましたけどついに口を割ってもらえませんでしたからね……だから搦め手で今日は攻めるッス! 自警団のため! そして自分の見習い脱却の為にも!」
「搦め手ねぇ……なんだ? 弱火でじっくりステーキはもういいのか? 次は強火か?」
「あんなデマ! 誰が信じるッスか!」
「お前さんだろ。連日ステーキ注文して給料日前に金欠になりやがって……見るに見かねて賄い弁当箱に詰めてタダであげたの忘れたのか?」
リネットは手を合わせ申し訳なさそうにする。
「その件についてはマジ感謝っす! でもソレとコレとは話が違うっすよ」
感謝約三秒。彼女は態度を翻しテーブルに肘を載せて問いつめてきた……どこぞのお偉いさんか?
「四英雄であるパウムさんがこの店に住み着いている話は伺いました。ヤバいことをやっているのか世界の危機なのか……どちらにせよ自警団の一員として見過ごせないッス」
(この思いこみの力もっと別のことに生かせば立派な自警団員になれるんじゃないか?)
呆れかえる俺にリネットは時折不安な表情をのぞかせる。
「早く見習いの腕章はずしてお父さんを安心させたいッスよ……」
「ったく……気持ちはわからんでもないさ。認められたい安心させたい、父親が立派すぎたらなおさら焦るのもわかる」
この女の子を強く追い返せないのもそれなんだよな。呆れて対応してレモンティーも出しちゃうくらいだから。
ちなみに区長曰く「リネットは自警団の元気印」で皆に好かれているそうだ……素直すぎる性格とわかりやすい人間だから多少空回りしても呆れて笑うだけなんだろうな。現に俺もそうだし。
「わかるならこの際ズバッと教えて下さいよ! パウムさんが住み着いている理由を洗いざらい! 何スか? もしかして弱みを握って軟禁しているんですか!? 彼女を人質に他の四英雄も集めて何かを企てて――」
「軟禁してないし何も企ててない!」
「だったら何スか? 四英雄が意味なく集まっているんスか? こんな頻繁に!? 大人だったらフツー友達でもこんな頻繁に集まらないッスよ!?」
(本当にな)
まぁ俺に会いに来るっていう意味はあるんだろうけど、それにしても多すぎるのは事実だよな、四英雄って立場を抜きにしても……俺の代わりにアイツらに言って欲しいところだ。
とはいえ正直に俺と四英雄の関係を教えちゃうのも面倒だ、この子絶対口を滑らすタイプだもんな。
「それについては答えられない。宿屋の守秘義務ってヤツで宿泊客の情報はホイホイ教えられないものさ」
「ぐぬぬ……じゃあ仮に友達だったらパウムさんに自警団に入るよう勧めてもらえませんか? ちまたじゃ怪盗とか街道の山賊のせいで治安も悪くなって大変なんスよ」
「それはちょっと難しいかな……」
あいつ、根っからのコミュ症だからな。百人越える団体の中で生きていく姿なんて想像もつかない。
かといってその事実を教えるわけにもいかない……どう伝えたらいいか額に手を当て悩んでいる俺にリネットは悪い笑みを浮かべた。
「ふっふ~ん、だったらコッチにも考えがあるッスよ」
「考えねぇ」
この顔から察するにろくな事じゃないな、今日「口を滑らせる」とか言っていたし。
そんな身構える俺にリネットはちうと皮の胸当てを外しわざとらしく胸元を扇ぎ始めた。
「いや~急に暑いっすね~」チラチラ
「何やってんの?」
真顔で尋ねる俺にリネットはグヌヌ苦悶の表情だ。
「ぐ! な、何ってアレッスよ!」
「わからんから聞いているんだが……」
なおも真顔の俺に彼女は頬を赤らめた。
「い、色仕掛けッスよ! こうやって胸元を見せて……って何を言わせるんスか!?」
「バカかお前」
人の口を滑らそうとして自分の作戦を滑らせやがって。ていうか作戦というほどの作戦でもないからな。そして何より……
「リネットさんや、資本主義って知ってるかい?」
「何となく知ってるッスよ、仮にも貿易都市の人間ですから」
「ざっくり言うとだ、何をするにしても元手って重要だよねってことだな。種銭がなければ利益を生めない」
ここまで言って俺の意図がようやく理解できたリネットが憤慨する。
「私の胸がナイってことッスか!? ちょっとはありますよ!!」
「歩いていて何か疲れるなって思ったら、うっすら上り坂だったって事ない?」
「人の胸をなだらかな丘と言いたいんですか! 青々とした草が朝露に濡れ……なんて卑猥な!」
「そこまでは言ってねえ」
これがフランキッシュくらいあったらなぁ……なんてリグリーに何されるかわからんから口が裂けても言わないけど。
グヌヌと唸るリネットに色仕掛けは諦めるよう促した。
「とにかくナイ乳は揺れない……偉い人の格言だ」
「どこのどいつッスか、そんな妄言吐いたの」
「ナーガ区区長、トドロキさんだ」
一応偉い人だからな、一応な。
「さっきからナイナイと……ちょっとはあります! よく見て下さいよ!」
「急に何言い出すのキミぃ!」
今度は俺が狼狽える番だった、そしてどんどんエスカレートしていくリネットは自分でも訳の分からないことをのたまい始める。
「かくなる上は……く、こっちはお嫁に行けなくなる危険性が……」
「店の中で変なことしたら訴えて勝てるからな!? 仮にも取り締まる側だろう!?」
インスタント痴女が生まれてしまうそんな矢先、上の階からパウムが降りてきた。
(え? 何で出てきたん?)
ビシッと鎧を着込んで、そして何故かご不満顔で……さっきご飯をあげたでしょうに。
しかしすぐさま俺はピンときた。
(あぁ、なるほど……痴女のせいで宿屋が経営できなくなったら居場所がなくなるもんな)
リネットに文句の一つでも言いたくなったであろうパウム……おいおい俺の顔ばっか睨むなよ、こうなる前に追い返さなかったのは事実だけどさ。
しかしコミュ症のパウム、リネットには何も言えないようでただただ俺を睨むだけだった……何しに降りてきたんですか?
そんな四英雄の登場にリネットは目を輝かせ彼女に話しかけだした。
「パウムさん! 軟禁されているのであれば助けにきました! もしそうでなかったら自警団に入団して下さい! 私や市民を助けると思って! ていうか助けて下さい!」
助けにきたとか助けて下さいとか忙しい子だな。
パウムもうるさい彼女に文句の一つでも言いに降りてきたのだろうが根っからのコミュ症に加えテンション最高潮のリネットに面食らうしかないようだ。
「……ウィル」
とうとうパウムは俺に助けてとアイコンタクトをし始める始末だ。悪党だったらいつもの居合いで何とかするけど基本善人だからなこの子。ぶっちゃけたち悪ぃ。
日も昇り、天窓から暖かな日差しが差し込んできた。そろそろ軽食の仕込みを始めたいんだけどなぁ……と考えていたちょうどその時、助け船が現れる。
「よう、どうしたウィル」
でっぷりと腹の肥えた中年男性。このナーガ区を取りまとめる男、トドロキだった。
※次回も明日17時頃投稿します
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