自警団の元気印リネットと区長のトドロキ①
爽やかな朝――
今、俺は自分の宿屋のリネン室で洗い立てのシーツを畳みながら昨日の事を思い返し独り愚痴る。
「まさかこんな頻繁に顔を出すなんてなぁ」
清涼感あふれるサボンの香りで満たされたリネン室にて俺は大きめのため息をつく。
(半年前まではこんな事になるとは思わなかったぜ)
四英雄の同行者としてバルマンテの領主様から多額の報奨金をいただいた俺はそれを元手に宿屋の経営を始めた。
商売が軌道に乗るまで諦めないヘコタレない……そう心に誓ってたはずなのに……俺の心は折れかけていた。理由はもちろんアイツらだ。
「蓋を開けたら商売の方は大当たり、でもまさか別の角度から苦難が降りかかってくるとは」
思いも寄らない苦難。
それは四英雄の来店頻度に他ならない。
去り際の口約束では「近くに来たから顔を出したよ」なんて半年に一回、近況報告に花を添えては昔を懐かしむ……そのくらいの頻度だろうと考えていた。
「しかし実際はどうだ? 半年に一回どころか、この半年間でどんだけ顔を出すんだよ」
現実は週に三、四回は当たり前。近況報告を懐かしむどころじゃない。
普通の人間だったらまぁいいのかもしれない……でも奴らは「大地の災い」を鎮め「四英雄」とまで呼ばれるようになった超有名人。
場末の宿屋に頻繁に来るようなメンツではない。
こんな所ではなくお城に仕えたり使者として活躍したり雲上人を相手にする生活を送るべき存在。
そんな連中が日夜頻繁に訪れ顔を付き合わせるもんだから……昨日みたいに周囲の人間が「よくないことの前触れか」と勘ぐってしまうのも無理ないことだ。
「落ち着ける空間を意識したインテリアだってのに……」
あいつらが頻繁に来るせいで「お客さん同士談笑できる食堂」が「機密事項を相談する隠れ家的アジト」に「木の香りとぬくもりを感じられる空間」が「不穏な空気と世界の危機を感じてしまう空間」に早変わりしてしまった。
タブロイド紙なんかはこの状況を「大地の災い復活か!?」だの「新たな危機!?」だの面白半分に書き殴り、しまいには俺の宿屋を「ナーガ区秘密のギルド!?」とか「地下でトーナメントが開催されている!?」とか……思い出すだけでも肩が重くなる。
しかも反響があったのか次の号で「ステーキを「弱火でじっくり」と頼めば裏口に案内される!?」なんて記事のせいで数日間ステーキをレアで焼き続ける羽目になったんだぜ。
「つーかなんで「弱火でじっくり」なんだよ……一番調理に時間かかる注文じゃないか。せめて「強火でこんがり」にしてくれよ……噂を信じる奴も信じる奴だぜ……まじもう「!?」マーク見るたびにゲンナリするわ」
そんなことをボヤキながら俺はリネン室を後にし調理場へと足を運んだ。そろそろ飯を作らないとアイツがうるさいからな。
ささっと昨日の残りご飯と野菜で焼き飯を作る。
ポイントは鶏がらスープとネギ、これとバターを加えて炒めると「最高のまかない焼き飯」の完成だ、ちなみにこれは裏メニューね。
高級料亭じゃ逆に出せない味の焼き飯と牛乳をトレーに乗せ俺は二階へと上がっていく。
一番奥の部屋……常連客からは「開かずの間」なんて呼ばれているけど別にそんなことはない。開店以来あるお客がずーっと連泊しているだけだ。
俺は部屋の前に立つとやや乱暴にノックをした、寝ている場合があるからな。母親が雑にノックする気持ちが最近ようやく分かったぜ。
ゴンゴン!
「起きてるよ~」
間延びした返事に俺は苦笑するしかない。
「入るぞパウム」
そう、開店以来連泊している客の正体……それは四英雄のパウムだ。
剣の達人でありその寡黙な立ち振る舞いから四英雄のリーダー格として認知されているけど――
(ただの度の過ぎた人見知りなだけなんだよな)
剣の腕前をのぞけばコミュ障で人見知り&引きこもり気質という手のかかる女の子だ。
生活能力なんぞもちろん皆無。こいつが開店から宿に住んでいるせいで他の三人が来やすくなったといっても過言ではない。
とまぁ四英雄の中で最も俺に依存し最も厄介な女の子……それがパウムだ。
(子供ができたらこんな感じかな……いや、しっかり者に育ててみせるぞ!)
そんな益体ないことを考えながら俺は扉を開ける。
すると――
「朝だぞ……ってオイ!!!!」
パウムはだらしない姿で寝ころんでいた。けしからん姿でボサボサの髪の毛のまま本なんか読んでいる。
「あーそこ置いといて」
「おま! 入るって言ったろ! 隠せ! はしたない!」
呆れ騒ぐ俺にパウムは「今更ぁ?」なんてふやけた顔で笑っていた。
「ん~ウィルと私の仲なんだし気にすることないよ~」
パウム曰く、人見知りあるあるで一度心を許すととことん許してしまうらしい……許しすぎとは思いませんか?
「それに服も下着も洗ってもらっているんだし、見られたって平気じゃん」
「平気ってなぁ……」
年頃の娘を持つ親の心境ってこうなのか? 呆れるしかないぞ?
俺は苦笑しながら無意識のうちに部屋を片付けていた……あぁそうだな、完全に気分はお父さんだ。
「ったく……一生このままかお前は? 剣術の免許皆伝で師範代なんだろ?」
「いやぁもう剣術修行はごめんだよ、ダラダラ過ごさせてよぉ」
「ダラダラって」
お前らのせいで俺のスローライフが遠のいているんだが。
「そだ、せっかく平和になったし一緒に暮らそうよウィル。だったら宿に泊まり続ける必要ないしさぁ」
「やだ」
「えぇ~なんでよ」
「一緒に暮らしても今と全く変わらないのは目に見えているからダメ」
炊事洗濯とか諸々俺がやるんだろうな……と思うとお金をもらえている分だけこっちの方が精神衛生面上いくらかマシに思えてしまう。
その返答になぜかパウムはニヘラと笑うのだった。
「そっか、もう一緒に暮らしているようなものか……エヘヘ」
「笑っていないで少しは改善の兆しを見せてくれ、嫁の貰い手もなくなるぞ」
「もらってよ~ウィル~」
俺は呆れるしかなかった。このやりとり半年の内に何度聞いたことか。
そんなやり取りをしていると階下から声が聞こえる。
「たのもー! ッス!!」
俺の勘が囁いている「客じゃねえ、厄介事だ」……と。
聞こえない振りをしたいけど無視をすればするほど声のボリュームはどんどん増していく。このまま無視したら二階に上がってくるんじゃないか?
「ウィル、行かなくていいの?」
「んもう、まったく」
あぁダメだ、リアクションまでお母さんになっていく……
俺は重い足取りでエントランスへ降りると中央で腰に手を当てている元気な少女がそこにいた。
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