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宿屋の店主となったウィルの日常(下)

 こっちの言葉など聞く耳持たず、リグリーはズカズカと宿の中へと歩いていく。


 名門貴族、しかも四英雄と名高いリグリーの登場に食堂内に先ほどの比じゃない緊張感が走った……一部を除いては。



「オゥ! リグリーじゃねーか! 相変わらずちっこいな! 飯食ってんのか!?」



 酒を片手に大声で呼びかけるグレン。こいつ勝手に店の酒開けて飲んでやがるな。


 リグリーは嘆息混じりで呆れていた。



「いつ見ても図々しい態度ね」



 そうは言うけどリグリーさんもズカズカ入って我が物顔ですけれども……と思っても口にしてはいけない、この娘は転移魔法だけではない、機嫌を損ねて辺り一面氷付けにされる可能性も十分にあるからだ。


 彼女は続いてパウムといつの間にかイスに座っているフランキッシュに視線を送っていた。



「パウムはまぁしょうがないとして……聖女様がなんでこんな小汚い店にいるのかしらね」



 眼光鋭くフランキッシュを睨むリグリー。


 彼女は臆することなく指を組み説くように答えた。



「私は主の導きによってこの聖地を訪れただけですわ、あなたこそ理由がなさそうですが」



 導くなよ主……あと聖地ってなに!?


 不穏な単語を問いただしたくなるがそれを遮るようリグリーがフランキッシュの問いに答えた。



「私は暇つぶしと人間観察よ……ウィル! 早くキープしたボトル持ってきてくれない!? 私も暇じゃないのよ!」



 一つの台詞内にこの矛盾よ……あとさっき急いできたとか言ってませんでしたかね? 人間観察の対象になりうるゴロツキ連中を早々にぶっ飛ばしてさ。


 俺は目玉の飛び出るほど高級な酒を氷と一緒に用意してリグリーの前に差し出した。ボトルキープとか言うけど勝手に自宅から持ってきた酒を勝手に預けているのでぶっちゃけ割に合わない。


 そんなことを言ったら魔法で睫毛を石に変えられるかも知れないからだ……目を開けてるのがしんどくなるんだよなアレ。


 リグリーは俺の用意したグラスに高級な酒を乱暴に注ぐと口の中に滑らせた。



「くぅ……安酒も雰囲気の合う店で呑むと悪くないわね」


(一般人の給料半年分の酒を安酒って頭が痛くなるぜ……っと)



 そこで俺はパウムとフランキッシュを放置していたことを思い出す。



「悪い、遅くなった。フランキッシュはお茶でいいんだよな。パウムの食事はいつもので……」


「私は食事はすませてきましたのでお気になさらず」



 相変わらず気の利いた娘さんだ、ただまぁ一応カフェなんで何か食べてくれないとカッコが付かない。



「じゃ、ポテトでも揚げて用意しとくから軽くつまんでくれ」


「ありがとうございます、お優しいですねウィル様は」


「カフェだから……気にしないでいいのに」



 このやりとりに何か不満があるのかリグリーが身を乗り出しフランキッシュの顔をのぞき込んだ。



「ったく露骨ね……主の導きはポイント稼ぎのお導きってこと? アスカ教もあざといわね」



 扇子をピシリとフランキッシュに向けしてやったりの顔のリグリー、こいつあざといとか何言っているんだ? もう酔ったのか?


 フランキッシュはというと穏やかな笑みを欠片も崩さない。



「聖職者としての責務です」


「何が責務よ、理由付けて会いに来ただけじゃない」


「…………しばいたろか」


 微笑みは崩さないが小さくよく聞こえない音量でぼそりとフランキッシュが何かつぶやいた。きっと「やめてください」とかだろうな。


 今度はパウムが真顔で会話に入る。酔っぱらったリグリーからフランキッシュを守ろうとしているのかな。



「責務って何」


(えぇ? パウムも攻める側!?)



 剣呑な雰囲気漂うパウムらのテーブル、常連客も居心地が悪くなったのだろう胃に料理を急いで突っ込み早く帰ろうとする。


 周囲が動揺していることなど意に介さずフランキッシュは微笑みを崩すことなく答えた……ホントずーっと崩れないなあの微笑み。


 四英雄揃い踏み。


 こんな個人経営の宿屋では絶対に繰り広げられないであろう光景。お客さんはソワソワし始めていた……店主の俺ですら居心地悪いというのに無理もないぜ。



「ウィルちゃん、おあいそ」



 一気にメシをかっこんで気持ち悪そうな顔のおじさんは足早に俺に代金を払う。



「だ、大丈夫かおっさん」


「俺もバカじゃねぇ、四英雄が勢ぞろい……こりゃヤバイ話をするに決まってる。一般人の踏み入れちゃいけないネタ、命ねらわれちまうよ」


(そんな御大層な話、絶対しないのに)



 まぁ確かに曲がりなりにも「大地の災い」を静めた面々。一般の人々の想像が飛躍してしまっても無理はない。俺だって知らなかったら世界の命運の一つや二つ救うための会合だって思うだろうね。


 そんなことを考えているうちに他の常連客も我先にとお会計を済ませようとし始めた。


 皆口々に「胃が痛い」とか「虎と獅子のいる場所で飯が食えるか」とか「ウィル、お前本当になんなんだよ」と俺の素性を疑ったり、果ては「こんな連中のたまり場になって難儀だなウィル」と同情の声すらかけられる始末。


 宿泊客も早々に部屋にこもり、あっという間に宿屋の食堂は四英雄を残すだけとなってしまった。



「うぅ……もうちょっと稼げるのに」



 これからが酒盛りの本番、じゃんじゃん酒につまみに書き入れ時のはずがお客に逃げられ一瞬で閑古鳥。一瞬にして店に四英雄以外いなくなってしまった。


 すると……人がいなくなるや否やプヒュウと空気の漏れる音と共にパウムの顔がとろけた。



「ふぃぃ、ようやくリラックスできるよ……ねぇウィル! いつものまだなの~?」



 さっきまでの鉄面皮はどこへやら、自堕落極まりないだらしない顔つきに俺は嘆息した。



「無理して降りてこいなんてコッチは言ってないんだが」


「だっておなか空いたし、なんか私のことあーだこーだ言っている変な連中もいたし、おなか空いたし」



 結局腹減って降りてきただけかよ……引きこもりの行動じゃないか。



「お前なぁ、早くその人見知り治せよ」


「治せるものなら治してます、人がいるのに頑張った私の頭を撫でて欲しいもんだよ」



 何を頑張ったというのだろうか……俺同様にリグリーも呆れている。



「コミュ障なら部屋にこもっていればいいのに」



 フランキッシュもこれには頷いている。


 一方グレンは大笑いだ。



「ナガハハハ! パウムだったら素手でも勝てるというのにビビる必要はないと思うんだがな!」



 物騒なことを言うグレンに俺は苦言を呈した。



「お前の立場でその発言は物騒だからやめてくれ」


「立場? ウィルの相棒だろ?」


「そうじゃなくて……お前は元囚人、バルマンテ公預かりの身なんだから下手な事したらまた牢屋戻りだぞ」


「牢屋? あぁあそこか、狭いけど雨風しのげるから居心地良いぞ!」


(え、ご自身の罪を分かっていない?)



 グレンは牢屋を質素な宿屋か何かと勘違いしているようで……俺は思わずこめかみを抑えた。



「そんなことより! 俺みたいな奴をここまで人間らしくしてくれたのは他ならないウィルなんだ! 牢屋に戻ろうが恩を返すのが筋ってものだろうぜ!」



 言うだけ言って勝手に戸棚から出した酒をラッパ飲みするグレン。



「人間らしくなるなら人の酒を勝手に飲んじゃダメだろうに」



 俺とグレンの会話をパウムはにへらと笑いながら袖をつまんできた。



「私もウィルがいないとダメだな~。ていうかウィルが雑用とか交渉事をしてくれなかったら私たちのパーティは災いを鎮めることなんてできなかったよ」



 リグリーがダレているパウムを呆れながら見やっていた。



「目を見て話をすることすらできなかったものねぇ。このパーティでまともなのは私だけだったでしょ、ウィル」



 私は他の人と違うといった表情を臆面もなく見せる彼女に俺はこれ見よがしに嘆息した。



「リグリーが一番大変だったぜ……金銭感覚皆無で一日で路銀使い果たしやがって。買い物も何もかも全部上から目線で人と話すからトラブルが絶えないしさぁ……」


「あら? そんなに覚えているなんて……アンタどれだけ私の事を好きなのかしら」



 後半ごにょごにょして聞き取れなかったから聞き返そうとしたが、がフランキッシュも会話に割り込んできて有耶無耶になる。



「私に外の世界の事を手取り足取り教えてくださったのは他ならないウィル様です。この恩義私の全てを捧げて報います」



 大げさな彼女に俺は苦笑してお断りする。



「いやいや、そこまでしなくても大丈夫だからさ」



 ショックを受けるフランキッシュ、リグリーは何故かニヤニヤしていた。



「だってさフランキッシュ。早く帰ってお祈りでもしたら」


「……天罰下したろか」



 ったく酷こと言うからフランキッシュがショックで声小さくなってるじゃないか。何言っているか聞こえないぜ。


 俺はフランキッシュをフォローする感じで言葉をかけた。



「えーっと、慕ってくれるのは嬉しいんだよ、気にしないでくれ」



 そのせいで変な噂されるのが面倒なだけで……なんてことを思っていたらパウムが腕を掴んできた。



「よかった~私ウィルがいないと生きていけないから。明日からも気にしないでジャンジャン頼るね」


「おっしゃ気にしないぜ!」


「お前らは気にしろ! 特にグレン! お前の事を探しにバルマンテ公の使者が頻繁に来るからこっちも気を使うんだよ!」


 こいつは少し人見知りしてくれないかな……そんな益体無いことを考えている方や、リグリーが割り込んできた。



「こいつらの事が面倒くさくなったら宿屋は私が買い取ってあげるわ。畳んだら……ウチで働きなさいな」


「急にどうした!?」


「私なりの恩返しよ、ちょっぴりアンタに世話になったから好待遇で私の身の回りをお世話させて上げようっての」


「いいえ、、ウィル様にそんなことはさせられません。災いを鎮められたのは実質ウィル様なのですか小間使いなんかではなくアスカ教の大司祭になるべきです」


「いやいや、フランキッシュも急にどうした!?」



 突拍子もない発言にリグリーが青筋立てて憤る。冗談にそこまで怒らなくても……冗談だよねフランキッシュさん。



「フランキッシュ……アンタ今日はそのことを言いに来たの?」


「いいえ、ウィル様がいらっしゃるこの宿屋をアスカ教の聖地にするための視察です」



 俺はたまらずフランキッシュにツッコんだ、冗談だよね?



「いやいや! ただの宿屋だよ」


「私にとっては神様の宿る場所です、アスカ教の最高司祭しか踏み入れることができないサンクチュアリとして――」


「俺は!? 俺はどうやって住むの!?」


「アスカ教の最高司祭になっていただければ万事問題ありません」



 さらりととんでもないことを……さすがにジョークだよな。でもホント微笑み崩さないなフランキッシュは。


 俺は冗談だよねというニュアンス満載でフランキッシュの顔を見やる。彼女は微笑んだまんまだった。


 たまらずパウムが会話に割り込んでくる……先ほどの鉄面皮とは打って変わってふやけた笑顔でだ。



「困るよぉフランキッシュぅ~私の家がなくなっちゃうよ」


「お前の家でもねえ」



 俺のツッコみにむくれるパウム……ホントこの顔世間様に見せたやりたい、鉄の女なんて評価覆るぞ。


 その話を聞いていたグレンはおもむろに立ち上がり大声を出し始めた。



「よっしゃじゃあトレーニングだウィル!」



 いや、聞いてたとは思えない唐突なトレーニング、こいつは相変わらず言動が読めない。



「なんでトレーニングよ」



 リグリーがツッコむとグレンは太い指をサムズアップさせ屈託のない笑みを浮かべた。



「健康な精神は健康な体に宿る! つまり体を鍛えりゃ宿屋を追い出されても野宿ができる! 食べられる木の実とギリ食べられるキノコとか教えてやるぜ!」


「ギリ食べられるキノコって何だよ!?」


「ねぇいつもの~」



 俺が動揺している間にだだをこね始めるパウム……ホントもう手の掛かる子供どころじゃない。



「聖地ねぇ……まぁウチの家の力でそんなことはさせないけどね」


「大陸全てのアスカ教を敵に回すと……歴史に弓を引くことになりますよ」


「ぬぉぉぉ! まずは腕立て伏せを気を失うまで!」



 睨むリグリーに微笑みながらも目は絶対逸らさないフランキッシュ……その下で腕立てを盛大に始めるグレン……まず気を失うまでやってどうすんだ?



「ウィル~いつもの~」


「アンタもなんか言いなさいウィル」


「ウィル様、この愚か者に神の一言を」


「ウィル! トレーニングだ!」



 正直さっきのゴロツキより厄介な連中の酒盛りが始まった――ぶっちゃけこいつらに比べたらさっきの地上げ屋なんて可愛いものだ、だって力で追い払えるもの。



「のんびり過ごさせちゃくれないかね……」



 そう、コレが今の俺。



 「大地の災い」を鎮め、後に四英雄と呼ばれる四人組の雑用や交渉事をすべて取り仕切りコイツらの活躍を陰で支えてきた荷物持ちの現在。


 信頼を勝ち取ったと言えば聞こえがいいかも知れないが……慕われすぎてごらんの有様、平和になってからもほぼほぼ毎日顔を付き合わすというよりも依存の領域に達している。


 四英雄というビッグネームに依存されている……そのせいでこの宿屋にまで変な噂が付きまとい始めたり、さっきみたいに常連客が逃げ出したり俺がヤバイ奴とまで思われたり……


 のんびりスローライフを送りたい俺にとって、この現状はっきり言って散々だ。



「お前ら! いい加減俺離れしろ!!!」



 これはのんびりスローライフを送りたい俺が四英雄のせいで身の丈に合わない騒動に巻き込まれたり、望んでいないサクセスしたりする……そんな日常物語だ。


 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。

 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。 

 また、他の投稿作品も読んでいただけると幸いです。


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