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宿屋の店主となったウィルの日常(中)


 英雄の登場に目を見開いて驚くゴロツキだったが、すぐさま「そんなはずがない」と自分の発言を否定し始める。ホント忙しいことで……



「いやでも……四英雄だぞ! そんなわけないだろうが!」



 ちなみに俺に腕を取られている男は話に参加できず涙目で「もう帰りてぇ」なんて呻いていた……取っている俺が言うのもなんだけど可哀想になってきたぞ。


 そんな仲間の機微など意に介さず、ゴロツキは本物か否か活発に議論する。



「でもあの容姿、絶対本人だって!」


「四英雄だぞ! こんなナーガ区の安宿に泊まっているわけねーだろうが!」



 リーズナブルって言ってくれないかな、企業努力してんのよこっちは。それよりも……



(面倒なことになったな、またタブロイド紙におもしろおかしく書かれるぞ)


 

 嫌な思い出のある俺はゴロツキ連中を見逃すことにする。


 まず、腕を極められていたゴロツキを解放してやった。



「暴れて気が済んだなら帰ってくれ、こっちはまだ仕事中なんでね」

 


 肘をさすっているところに一言、すぐさま帰るように促した。


 そして俺は何事もなかったかのように食堂に降りてきた彼女の対応をする。



「お客様、ご注文は?」


「いつもの」



 静かに、そしてよく通る凛とした声音。


 鋭い刃にも似た一言にゴロツキもお客さんも恐々とし始めてしまう。



「いつものありがとうございます!」



 場の空気がゴロツキ連中が騒いでいた時の比じゃないくらい剣呑としていた。野次馬になっていたお客さんも全員鎮座しているよ。


 しかし、ゴロツキ連中は未だ騒いでいる。


 ご本人かそうでないか議論の真っただ中だ。



「パウムなわけないだろ! こんな店でいつものだぞ! いつも何喰うんだよ!」


「それっぽい女を用心棒として雇ってるに決まってる!」


「そうだよ! 四英雄が何しにここ泊ってるんだよ!」



(ホントにな)



 皮肉を込めた視線で俺は彼女の方を見やる。


 少しムッとしたのか彼女――パウムは小声で名前を名乗った。



「パウムだ」



 しかしゴロツキは聞く耳を持たない。腕を極められていた男も怒りをあらわにまくし立ててくる。



「んなわけないだろうが! 見た目だけ寄せた売女だろ! こういう時に追い返すための偽物に騙されねえぞ!」



 コイツ腕折っておけばとけばよかったかな。


 しかし「騙されるもんか」と勝手にヒートアップするゴロツキ。


 そして、とうとう腰に携えていた剣や斧といった獲物に手をかけ始めた……オイオイ、マジかよ。



「オラ! なめてんじゃ……うん?」



 が、次の瞬間ゴロツキたちの武器がバラバラになって床に散らばった。


 何が起こったのかさっぱりで顔を見合わせる。



 ――チン



 遅れてパウムの剣が鞘に納まる音。



(おーおー怒ってんな久々に。さすがに売女呼ばわりが「トサカ」にきたか)



 口が過ぎたゴロツキ連中に同情はできない。


 だがこのままじゃ次にバラバラになるのはこいつらの服だろう……正直見たくもない。


 嫌なものを見てしまう前に、俺は呆けているコイツらをつまみ出してやろうと腕をまくる。



「さぁ、そろそろ帰って――ゲェ」



 その時だった、また面倒な奴が現れる。



 ドスッ……ドスッ……ドスッ……



 遠くの方から重々しい足音が聞こえてくる。


 怪物か何かか……不安のよぎった店内の人間は音のする方へと振り向いた。


 やがて大きな足音は俺の店の前で立ち止まる。顔を見合わせるお客さんたち……いったい何事かと思っているんだろうな。


 いっそう不安になる店内のお客さんのことなど意に介さず木枠の入り口を動かし入ってくるのは――大きな酒樽だった。



「酒樽!?」



 なみなみとワインが詰まっているであろうワイン樽がまるまる一個こちらに迫ってきて唖然とする店内の一同……やがて、背後に抱き抱える一人の男の姿が見えてきた。



「オイッス!!!」


 

 それは山から降りてきた熊と見紛う体躯の野性味溢れる成人男性だった。


 

「ウィルはいるか!? おぉぉ! いたいた!!!」



 男は俺を見つけると獲物を見つけた狩人のように笑いだす。


 俺はその大声を上げる野生児の登場に嘆息するしかなかった。



「お前な……大声出さなくても聞こえるよ」



 もうちっとボリューム押さえろ……そんなニュアンスも場の空気も感じ取れないこの野生児は人の話も聞かず酒樽を豪快に床に置いて得意げに笑う。



「手みやげだ! どうだすごいだろ! 城の地下からもらってきた!!!」


「もらってきたって……バルマンテ公にはちゃんと言ってあるのか?」


「大丈夫だろ、山ほど樽があったし手紙も書いて置いてきたからな!!! 俺ちゃんと字を書く練習してんだぞ! 偉いだろ!!! すげーだろ!!!」



 胸を張る野生児……こいつ城のワイン個からかっぱらってきたのか。


 良さげな感じの刻印が施されているのを確認し呆気にとられる俺。


 ゴロツキたちはこの野生児の登場に驚愕していた。



「ぐ、グレン!? グレンヒルのグレン!?」


「四英雄のグレンかよ!? 嘘だろ!?」



 自分の名前を呼ばれた野生児……グレンは子供みたいに純粋な眼差しでゴロツキたちを見やった。



「お!? なんだ!? 何で俺の名前を知ってんだ!? ……はは~ん! アレだなアレ!」


「あ、アレ?」


「アレだよ! えーっと、なんつったかな? ぐぬぅ……」



 聞き返すゴロツキにグレンは太い指で頭を掻く。


 しばらくして思い出したのか、ハッと顔を上げ野性味あふれる笑顔を見せた。



「おぉ! そうだ! 「四英雄の名前だけでも殺して名前を上げたい奴ら」だな!!! ところで名前を上げるって何だ!? まぁいいか、ストレス発散みたいなもんだろ!!!」



 勝手に疑問に思って勝手に自己完結するとゴロツキどもを睨んで腕をブン回し始めた。太く鈍い風切り音が耳に響く。



「俺を殺したいってんならいつでも相手になるぜ!!!」



 いつの間に命のやり取りをする流れになっているんだよ……マジで物騒な解釈しやがって。



 四英雄の一人、グレン。


 バルマンテ侯爵領のグレンヒルに住み着いていた野生児。山を開拓したい貴族の雇った傭兵を返り討ちにし続け懲役百年を越えてしまった伝説の男。


 英雄となり「大地の災い」を封じた後もまだ懲役が残っていると噂されている。



 そんな曰く付きの男に「返り討ちにしてやる」なんて言われちゃねぇ……案の定ゴロツキはおびえだし、その内の一人はすっころんで腕まで怪我したようだ。見ているこっちが苦笑するくらい微笑ましい怯えっぷりだ。


 連中は「何笑ってんだ」と因縁を付ける気力もないらしくただただ身をすくませるしかなかった。


 興味をなくしたグレンはパウムに気がついたのか満面の笑みで近寄った。



「よぉパウム! 飯か!? 飯だな!!! よっしゃ食おうぜ!!!」



 パウムの隣にどかっと座り込むグレン。あまりの勢いに隣のお客さんの腰が浮いた。頼むから壊さないでくれよ。



「お、悪いね」



 腰が浮いて驚くお客さんに軽く謝ると俺に向かって大声で注文する。



「ウィル! メシ!!!」



 コレを注文と言っていいのかどうか……まぁ何でも食うからなこの男は。


 ようやく落ち着いたゴロツキ連中はグレンを指さし俺に問いただしてきた。



「な、なんでグレンがこんなとこいるんだよ! それにパウムって……やっぱ本物かよ! なんでだよ! なんでこんな安宿で実家のようにくつろいでんだよ」



 ゴロツキの一言に同意し、俺は嘆息交じりで呟く。



「ホント、なんでここまでくつろげるのか」


「お? 居心地良いぞ、屋根もあるし」



 皮肉を込めた視線はグレンには通じなかった。うん、知ってたよ。



「お、お前何モンだ店主!」


「何者って言われても……ただの宿屋の店主じゃダメですか?」



 腕を極められた男が今度は聞いてきた。



「さっきの体裁きといい普通じゃねえよ! ウソつくなコラ!」



 もはや逆ギレなゴロツキ連中の質問。


 しかも何が面倒かって周りのお客さんも興味津々で聞き耳立てているのが厄介なんだよな。一から説明するわけにもいかないし、困ったもんだ。



「おぅウィル! お前何モンなんだ!?」



 グレンよ、お前がそれを聞くのか。相変わらず何も考えていないなこいつ。


 どう答えるのが落とし所か……そんなどうでもいいことに頭を悩ませている俺に新たな訪問客が現れた。



「何事でしょう」



 リンゴンと遠くで鳴っている鐘の音が聞こえてくるかのような厳かで落ち着きのある声。


 この一言で宿屋の食堂が一瞬で静謐な空間へと変わってしまった。


 神でも降臨したのか――お客さん、ゴロツキ一同は声のした方へ振り向いた。



 宿の入り口にいたのは場に似つかわしくない一人の修道女だった。


 モスグリーンの清潔かつ落ち着いた色合いの衣服に身を包み一歩一歩こちらへ歩む姿は祭壇へ向かっている聖女としか思えない。


 佇まい、振る舞いは自然と見る者の背筋を伸ばしてしまうほど。



 まさに聖女。



 無垢な幼さと慈愛溢れる母親を併せ持ったような顔立ちは安らぎを与えてくれそうな雰囲気を醸し出していた。



「フランキッシュ様だ」


「四英雄の聖女フランキッシュ様だ」



 お客さんの誰かがそう口にした。



 四英雄が一人、フランキッシュ。


 アスカ教の大司祭の娘で「大地の災い」を鎮めた聖女。


 その聖女は優しい目つきで再度問いかける。



「何が起こったのでしょうか?」



 懺悔を聞く神父のような問いかけにゴロツキ連中はとっさにウソをつく。



「お、俺たちは悪くないんです! こ、こいつらのせいで……ほ、ほら腕! 腕怪我しちゃったんです!」



 子供が先生に起こられたくないからウソをつくように、自分で転んで怪我した青あざのある腕を差し出したゴロツキ。


 フランキッシュは目でパウムとグレン、そして俺に聞いてきた。「本当ですか?」と。


 呆れて小さく首を振る俺を見てニッコリ笑うフランキッシュ、状況をすぐさま把握してくれて本当に助かるぜ。


 その微笑みのまま、フランキッシュはゴロツキ連中に向き直った。



「お怪我をなさったと」



 全てを察しなおもフランキッシュは微笑んだままだった。


 自分のウソをも信じてもらえたゴロツキ連中は首が取れんばかりの勢いで首を縦に振りだした。



「あら、そうですか? そんなお怪我見あたりませんけども」



 ――スゥ



 すっとぼけたような声音で彼女はさりげなくゴロツキの差し出した腕に触れてみせる。



「ちゃんと見て下さいよ聖女様! 俺は被害者で店主のせいで腕にアザ……あ、ざ?」



 目をしばたたせるゴロツキ。それもそうだろう青々としたアザがまるでウソのようにスッと消え去っていたからだ。



「さすが」



 パウムが小さく一言、感嘆の声を漏らす。


 瞬間回復魔法――アスカ教に伝わる秘術の一つで時に奇跡と形容される万能の回復魔法。この奇跡の神業にあやかりたいと入信する人は後を絶たないという。



「青あざなんて汚れを拭き取るようなものだよな」



 相変わらずの腕前に感服する俺。


 一方ゴロツキ連中は自分たちの主張がなくなり戸惑うしかない。



「主は全てを見ています」



 間髪入れずフランキッシュは言葉を続ける。今度は先ほどとは違い慈悲深さとは少し毛色の違う……例えるなら裁判官が判決を下すような声音だ。



「もし……あなたたちが我が身可愛さにウィル様――っと、素敵な宿屋の店主様を貶めるようなウソをついたというのであれば……必ずやその報いを受けることになるでしょう」



 怯えるゴロツキに俺は同情する。



(静かに起こる奴の方が怖いよなぁ、普段優しそうに見えたらなおさらだ)



 パウムもゴロツキ連中を射抜くような目で見続けている、そろそろ身を引け、あとお腹空いた……といったところだろう。


 さっきからこの流れをよくわかっていないグレンはというと腕をブン回し笑顔で立ち上がる……オイオイ、お前は座っててくれよ。



「ん!? なんかよくわかんねーけど怪我してた方が良かったのか!? じゃあ俺に任せろ!!! 骨が飛び出るくらいとびきりの怪我を負わせてやるから!!!」



 本当に座っててくれ……言葉選びが物騒すぎてゴロツキだけじゃなくお客さん引いているだろ。


 おそらく小枝を折る感じで可能なのが容易に想像できてしまったであろうゴロツキ連中は拒否反応を示す。



「い、いえ、結構です!」


「大丈夫だ!!! 遠慮すること無いぜ!!! 壊すのは得意だからよナガハハハ!!!」



 いっさい大丈夫じゃない、もはや脅しの領域だ。



「お、覚えておけ」



 とうとうゴロツキ連中は一番文句を言いやすい俺に捨て台詞を吐くと店を出ていこうとした……お代も払わずに。



「覚えておけじゃない! 金払ってけコラ!」



 本人らにその気はないのだろうがナチュラルに無銭飲食じゃねーか。


 脱兎のごとく逃げ出すゴロツキ。


 そんな奴らの逃げ道を一台の大きな馬車が塞いだ。



 豪華な造りと塗装の施された馬車、細部にまで装飾品を施してあり留め具の一つも銀細工に見えるほど。


 それを引く馬も気品溢れる葦毛で見る者の目を奪う。


 豪華絢爛……ナーガ区に似つかわしくない異様な馬車に面食らうゴロツキ連中。


 そんな馬車から降りてきたのはこちらも負けず劣らず豪奢な出で立ちの女性だ。



「……フン」



 黒を基調としたドレスのようなローブに金糸で刺繍が施されている。


 扇情的な流し目に薄く紅を引いた唇……艶やかな黒羽であつらえた扇子を口元に当てては挙動不審な連中を虫を見るように見下していた。


 さげずんだ目で連中を見回すと扇子でパシンと手を叩き鼻で笑う。



「差し詰め食い逃げといったところかしらね。そんな卑しい手合いが実在したなんて理解に苦しむわ」



 開口一番、実に辛辣な言葉。


 ゴロツキ連中は憤慨するかと思いきや怯え狼狽える。



「り、リグリー!? バルマンテ侯爵領の貴族で。よ、四英雄の!?」


「また四英雄かよ! どうなってんだよこの宿屋はよ!」



 四英雄が一人、リグリー。


 バルマンテ侯爵領で一、二を争う名門貴族。数々の魔術を開発した魔法使いの家計であり生活面や戦争面で多大な貢献をした伝統と実績があり、指一つで国家が動くと言われるほど。


 そんなリグリーは「また」という単語に眉をひそめた。



「また? ……そう、急いできたというのに」



 彼女はしてやられたといった顔をするとフワリと扇子で宙を扇いでみせた。



「とりあえず邪魔なゴミは掃除しないと」



 そんな言葉とともにゴロツキ連中は地面から急に現れた黒い羽に覆われ、そのまま姿を消してしまったのだった。


 転移魔法――超がつくほどの高等魔法。

 取得すれば国やら何やら高待遇してくれるであろう技術で魔法使いにとって垂涎物の秘法だ。


 それを羽虫を追い払う感覚で使う彼女に俺は店の外に出て文句を言おうとした。



「リグリー……」


「あらごきげんよう。お出迎えが遅くなくてウィル?」


「ごきげんようじゃないって……店の前でそんな高等魔法を使うなよ。それにまだお代をもらっていないってのに」


「どうせ端金でしょ。ゼロを一つ増やして私が立て替えて上げるわ」


「そういう問題じゃないっての。相変わらずだな……」



 呆れる俺をよそにリグリーは顔をぐっと近づけてくる。



「正直に言えばいいのに、リグリー様が来てくれて嬉しいですと」


「あーはいはい、嬉しい嬉しい。でも、できればもう少し地味な馬車で来て欲しいもんだけどな。リグリーほどの御貴族様が来たら変な勘繰りする奴もいるからさ」



 俺の苦言にリグリーは何故か顔を赤くする。



「ま、まぁそれが目的でもあるし……」


「嫌がらせかよ――って聞いちゃいねぇ」



 足早に店内に入っていくリグリーに俺は呆れるしかなかった。


 ていうか何で顔赤いんだ? もう一杯ひっかけてきたのか?


 ブクマ・評価などをいただけますととっても嬉しいです。励みになります。

 皆様に少しでも楽しんでいただけるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。

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