プロローグ・追放(笑)
「残念だけどここでお別れだよ、ウィル」
切れ長の澄んだ青い瞳の女剣士がウィル――俺に向かってそう言い放った。
「このままアンタみたいなお荷物を連れて行くわけにはいかないのよ」
次に話しかけるはお嬢様のような出で立ちの魔法使い。
扇情的な流し目に薄く紅を引いた唇……艶やかな黒羽であつらえた扇子を口元に当てていた。
「ここから先は命の危険が伴います、これは貴方のためでもあるのです」
続いて修道女が諭すように語りかけてくる。
モスグリーンの清潔かつ落ち着いた色合いの衣服にありがたい経典を大事そうに抱え天使のように微笑んでいた。
「あとはおれたちにまませろー」
最後は野性味溢れる武道家な成人男性。
顔立ちは長い間山籠もりをしていた修行僧に匹敵する精悍さ、衣服も所々すり切れていて袖が破け太い二の腕が露わになっている。
とある最果ての村の宿屋の一室にて。
荷物持ちである俺は突然パーティの追放宣言を食らった。
後に四英雄と呼ばれる奴らに神妙な面もちで追放を告げられた俺は――
「よしわかった」
待ったましたと言わんばかりの態度でその追放を受け入れのだった。
「「「「軽!!!!」」」」
驚く四人をよそに俺はウキウキで部屋を出ようとする、それはもう軽やかな足取りだ。
「マジでやっとかよ」といったニュアンスを含む清々しさすら感じ取れる態度の俺に、別れを切り出した女剣士――パウムの方が涙目になっていた。
「ちょ! ウィル! 私の苦渋の決断をそんな軽い感じで!?」
「バカなのアンタ! もっと悲しみなさい! 泣いて足にすがって嫌ですとでもいうのが礼儀でしょ!」
お嬢様魔法使い――リグリーに至ってはもう逆ギレである、どうしろと。
いつもは落ち着いている修道女――フランキッシュは困り顔で動揺を隠せない。
「確かにリグリーさんと離れることは至上の喜びかも知れませんが……」
犬歯むき出しでフランキッシュを睨むリグリー。
そんなやりとりを吹っ飛ばして武道家――グレンが俺の肩を掴んできた。
「ウィル! なんでだ! もっと残念がれ! 俺の渾身の演技無駄にするなよ!」
超棒読みでしたが……なんで俺がここまで怒られるんだよ。
「まったく……」
嘆息一つついてから俺はコイツらの問いにこう答えた。
「逆にもう遅い、俺結構前から足手まといだったぜ。それに――」
俺はおもむろに窓の外を見やる。
外には見たこともないような不可思議な形状の植物が群生し底が光る池に鈍色の芝生……極めつけは笑顔で飛び交う赤ちゃんほどの大きさの妖精たち――
ここは妖精の村イスタス。人類未到の地、幻の村と呼ばれている場所だ。
大陸最北端に位置する秘境。
目と鼻の先には「大地の災い」、その元凶の眠っているという……ていうか肉眼で見えているんですけど。
巨大な目玉のような厳つい球体……その所々からオーロラのような緑色の輝きが噴出している。
一見とても綺麗で心奪われる光景だが大地の力の源である魔力が吹き出している、いわば流血している現象だと聞いたとき背筋が凍る思いがした。
それが肉眼で見える場所、つまり最終局面ということである。
「俺、貿易都市までの道案内だったはずだよな」
「うん」
「うんじゃねえよ! 最後の戦い直前まで人を連れ回しやがって! 道案内の範疇越えてんじゃねえか!」
平然と答えたパウムに俺は思わず大きな声でツッコんでしまった。たまたまお茶を運んできてくれた妖精さんがビックリしてしまう。
「わわ! ス、スイマセン驚いてしまって」
「あ、ごめんなさい。こっちも大きな声を出してしまって」
平身低頭する俺に笑顔で応対してくれる身長三十センチほどの妖精さん……可愛い微笑みに心が浄化されるなぁ。
「いいえ大丈夫、ウィルさん良い人だから。お茶ドゾー」
焙煎の香り漂うお茶を差し出してくれる妖精に俺は「ありがとう」とお礼を言ってから自嘲気味に笑った。
(まさか俺の人生、妖精と話すことになるとは……代わり映えのない人生に色を付けたいと日頃思っていたけど)
ここまで濃厚な色を付けたいとは思っていなかったぜ、なんて感慨に耽るまもなくリグリーが俺に悪態をついてきた。
「妖精さんを驚かせるんじゃないわよ」
「色んな意味で一番驚いているのは俺の方なんだがな」
俺は嘆息交じりで苦笑した。
小遣い稼ぎとして軽い気持ちで道案内を買って出た――ただそれだけのことだったのに。
(案内だけして貿易都市を観光でもして帰ろう、それだけだったのに……)
しかし俺の雇い主は「コミュ症の女騎士」「元囚人の野生児」「世間知らずの箱入り娘」「礼儀知らずのお嬢様」四者四様のダメ人間の集団。買い物一つするだけでトラブルを巻き起こし宿も取れなきゃ食事もできない。
こんな連中を放っておけないとズルズル……結局道案内兼荷物持ち&ネゴシエーターとして雑務のすべてを担った俺は思いも寄らない大冒険に巻き込まれ現在に至るというわけだ。
額を押さえる俺にフランキッシュが申し訳なさそうにしている。
「最後までご一緒したいのですが、この先何が起こるか分かりません。ウィル様が死んでしまったら「大地の災い」を鎮める意味が無くなってしまいます」
言い過ぎじゃねフランキッシュさん。
「俺も成長したから安心しろ! 字もちょっと書けるようになったしな!」
うん、それは胸を張っていいぞグレン。話の流れにはまったく関係ないけどな。
「それにもう心配しなくて良いからさ」
無責任にニヘラと笑ってみせたパウムに俺はさすがにツッコんだ。
「そりゃそうだろ、ここが最後の村で、もう買い物も宿屋の予約も交渉事もないからな、「大地の災い」殴って鎮めて終わりなんだから。まぁ、最後の最後まで独り立ちできなかったって事なんだけどな」
嫌み混じりの俺にパウムは頬を膨らませた。
「むぅ、ウィルは私たちと別れて悲しくないの?」
「そりゃちょっとは……でもなぁ」
どちらかというと悲しいよりも解放されたという感情が強いんだよな、口にしたらリグリーに何されるか分からないから言わないけど。
もう凶悪モンスターとか終末論者の集団とか盗賊なんかに怯えずにすむと思うと気が楽になるのが正直なところだった。
俺がコイツらのことが嫌いではない……そのことを感じ取ったパウムはニンマリと笑ってみせた。この表情を普段出せればいいのに極端なんだよお前は。
「あら、心配してくれないのかしら。薄情者ね」
「ま、「大地の災い」なんてお前らの敵じゃないだろ。心配するのが野暮だと思うけどね」
「ふふん、ウィルのくせに分かっているじゃない」
リグリーはその一言が欲しかったのか満足げに微笑んだ。
今度はグレンが素朴な質問をしてきた。
「ところでよ、ウィルは俺たちと別れたあと何をするんだ? 冒険者にでもなるのか? だったら付き合うぜ!!!」
「気になりますわね、ウィル様の今後」
そうつぶやくフランキッシュ。パウムもリグリーも無言で俺の方を見てきた。
「期待しているところ申し訳ないけど……大した夢じゃないぜ」
頬を掻くと俺は今後の人生について恥ずかしがりながら口にする。
「大冒険は胃もたれするくらい経験したからな、冒険者はしないさ。でもこのまま村に帰るつもりはない」
「何かやりたいことでもあるの?」
「あぁ、カフェ併設の宿屋を始めようかと思っているんだ」
俺の夢は意外だったらしく一同顔を見合わせた。
「宿屋?」
「お前たちと旅をしてきて宿屋のありがたさに気がついたんだ。凶悪なモンスターの群とかから逃げたり修羅場をくぐって宿屋に帰るとな、生きて戻ってきたって実感が沸くんだよ」
俺はそうしみじみ語った。
あったかい食事に安心できる宿……俺はそんな憩いの場を冒険者に用意したい。
いや、冒険者だけじゃない、商人だって旅行客にだって同じような安らぎの場所を提供したい。
一般人のくせに妖精の村までたどり着いてしまった俺だから導き出した夢。
俺の言葉に納得してくれたのかパウムらは笑顔で頷いてくれた。
「ウィル様はお料理も出来ますものね。野外で食べたパンと卵、今でも忘れられません」
「酒の目利きも出来るものね。米から造ったお酒があんなにフルーティとは思わなかったわ」
フランキッシュとリグリー二人にほめられた俺は柄にもなく照れてしまう。
「さてと、もうお話はすんだかな?」
居心地が悪くなり席を立つ俺をパウムが呼び止める。
「もう行くの?」
「こうなると思っていたからな、帰り支度は整っている。今日にでも出発できる」
「それは寂しいよ~」
追放した側の言う台詞かねそれ……
とはいえこのままサヨナラも趣がないのは事実だな。何だかんだで長い付き合いになってしまったし。
「最後くらいはお酒に付き合いなさいウィル。魔法で転送するのは私なんだから嫌とは言わせないわ」
ガシッと俺の太ももを掴むリグリー……けっこうな握力だった。
足まで掴まれてしまった俺は諦めて笑うしかない。
「わかったよ、飲み過ぎて変なところに転送しないでくれよリグリー」
グレンにいたってはもう送迎会をする来満々で腕をブン回している。
「よっしゃぁぁぁ! 宴だ宴!!! 妖精さん! 美味い飯をたのむぜぇぇぇ!」
「ピィィ!」
野性味あふれる大男の咆哮に妖精さんは身をすくめる。
オイオイ、妖精さんがビックリしているだろ……まったく。
「ウィル様、もし宿屋ができたら顔を出してもいいですか?」
フランキッシュの問いに俺は笑顔で答える。
「もちろんだ、聖女様が顔を出したってなったら評判はうなぎ登りだろうね」
「私も、私も顔を出すよ絶対」
「いい酒そろえなさいよ」
「うぉぉ! 今から腹が減ってきたぜ!」
こうして四英雄の荷物持ち兼雑用係である俺の最後の夜は更けていった。
ほどなくして「大地の災い」は見事鎮められ世界に平穏が取り戻される。
その後、報酬を受け取った俺は貿易都市リングラントの隅っこでカフェ併設の宿屋を経営することになる。
そして半年が過ぎた――
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