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棄民の園  作者: 霧継はいいろ
闘争都市編
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第三十一話 同調

闘技場で大剣を片手に舞う影が一つ。アーデンは揺蕩う水人形を炎を纏った一太刀で斬り伏せる。


斬撃の軌道上の水が蒸発し、半分になると、水は水泡が弾け、地面に落ちる。




アーデンを囲う現れた水人形を回転切りで破壊する。アーデンは後方まで飛び退くと、教わった単語をそのまま諳んじる。




「―焼却!」




しかし、いつも通り斬撃に炎が付随するだけで、周辺が焼きただれることもなく、炎に触れた水が湯気を纏って蒸発しただけだった。




「…ダメか。…うっ‼」





アーデンは側面から放たれた水弾に気づけずに横っ腹に直撃を食らう。水弾は接触とともに破裂し、アーデンはずぶ濡れになりながら空中で一回転して地面に叩きつけられた。


クロエからウォーレンハルトとの試合について聞いてから6日。訓練場に缶詰になって訓練に励んではいるものの、未だに同律調和を扱えずにいる。




アーデンはうつ伏せの状態で真横の水たまりをしばらく眺める。全身疲労と虚脱感から起き上がらずにいると、眺めていた水面からクラゲの触手のようなものが生え、アーデンの頬に向かってアッパーをかます。


再びアーデンの体は宙へ舞い、今度は仰向けで地面に叩きつけられた。





「何をしておる早く立たんか!時間を無駄にするでない!」





アッパーを食らったアーデンは教官役の隊員の声にもこたえられず、足元で過呼吸になっている。


彼女の辺りには人間の形をした水の人形が浮いており、寝そべるアーデンを取り囲んで俯いていた。


この隊員の名前メルキュア・ウンディーヌ。フロスタリア分隊の隊員で彼と同じ背信者だ。彼女は外側が深い藍色で、内側が金色という髪色でそれをショートにまとめ上げている。年寄りのようなしゃべり方をするが、背丈や顔からは12,3かそこらにしか見えない。




しかし、彼女は金色の瞳の周りはティージの都巫女の親衛隊の証である、緑色の鈍い光を発している。





「因子との同調率が落ちとるぞ!70%を超えておらん使えんというておろう!」





メルキュアの眼は目視した相手の身体状況を把握する”観察眼”だ。彼女の眼には今、アーデンの体力や身体機能、健康状態、そして因子との同調率なるものが見えている。


同調率とは彼女曰く、因子と宿主の体の親和性の高さらしく、この数値が高ければ高いほど因子本来の性能を引き出せるということらしい。





しかし、彼女に見えているそのパラメータ達は他人への視覚的な共有が出来ず、この6日間で耳にタコができるくらいには聞き飽きたその同調率という言葉について、アーデンは全くイメージも実感も沸いていない。





「じゃあ、今の俺の同調率はどのくらいなんだよ」


「今は18%じゃ。能力を使っておる際は25%前後、ちなみに昨日の45%が今のそなたの最高記録じゃ」


「全然足りねーじゃねーか!」


「そう言うておろうに…」





メルキュアは腰に手を当てると溜息を一つこぼす。


「というかおぬしの場合、因子の名を呼ぶ際に一度同調率が低下しておるし、伸び幅も低い。…まさかとは思うが名を呼ぶのが恥ずかしいとか思っておるまいな?」





そう言われたアーデンは表情を変えずに首を横に振る。




「言っておくが、その気になれば嘘もわかるぞ?」




メルキュアがそういった途端、ずぶ濡れのアーデンの額に新しく水滴が流れる。


アーデンの様子をチェックしていたメルキュアは「はぁぁぁぁぁぁぁ~」と長い溜息をした。





「童わっぱ、初めに言うたじゃろう?同律調和には自身の身体と本来異分子である因子を強く融和することが大切であると。融和とは互いに対立することなくうちとけることじゃ。


それを、、、名前を呼ぶのが恥ずかしいなどと、壁を作っている以外の何になるというんじゃ!」


「うるせぇ!俺は今年で二十歳なんだよ。因子の名前ってなんだよ。ガキじゃねぇんだから、すかした顔で『焼却!』なんて言えねーんだよ!」





感情的に言い返したアーデンにメルキュアは真面目な、そして不愉快といた表情でアーデンを見返す。




「『ガキみたい』? 大人とは、達成すべき事象を前にしたときに手法や過程、想定される工程を吟味してできる限りの不利益を回避し、その上で最大限の利益を得るために行動できる生物のことじゃ。そして、目先の欲や感情に流されて長期的なものの見方ができない者のことを子供という。




恥ずかしいという感情に振り回されている。今のお主の方が、よっぽど子供らしく見えるぞ」




正論を言われたアーデンは押し黙る。





「同律調和や同調率が発見されてから、騎士達は習得技法や同調率を上げる方法について研究を重ねてきた。そして今現在、最も有効だと言われているのが因子本体の名前を呼ぶ事なのじゃ。


この手法は自らは因子を扱う心を整えると同時に、名前を呼ぶことによって因子そのものの存在を励起するという効果がある。故に…」





ここまで言ってメルキュアは時折眉毛の動くアーデンの情報をチェックする。そしてもう一度大きく溜息をし、





「やはりお主は、危機意識が足らんのう…」





と殺気混じりアーデンを見る。アーデンの周りに置いていた水人形たちを分解すると、自身の身の回りに再展開した。


アーデンはメルキュアの周りの水が銀色に変色し、刃のような形状をしたのを見て地面を蹴ってその場を離れる。





「―流体、置換Remplacer-fluide。」





銀色の液体は先ほどまでアーデンのいた地面を深々とえぐる。先ほどまで純水だったそれは、彼女の同律調和によって水銀へと変化し、圧倒的な切れ味を有する武器へと変貌していた。





「童わっぱ、お主は聞かされておらぬじゃろうが、クロエがお前を連れていくかどうかの判断は童わらわに委ねられておる。


そして、他に適任者がいると判断した際は他の者を推すことも許可されておる。お主ダメなようなら、あの義妹いもうとを代わりに推すことにしよう」





メルキュアは口元に手を添えて怪しげな笑みを浮かべる。





「はあ?なんでそうなる。エルンは同律調和の訓練を受けてないだろ!」





脅しともとれるメルキュアの口車にアーデンは口調を荒げる。





「あの娘はお前と違って芯が通っておるからのう。あの魔獣使いをさらった連中の情報が聖都にあるとでも言えば、喜んでクロエに同行するじゃろう」




「お前!」




アーデンは剣に炎を滾らせ、剣先をメルキュアに向ける。そんなアーデンを見てメルキュアは楽しそうに笑う。





「やっとやる気が出てきたか? …では、童わらわに勝つか、この場で同調率が70%を超えれば、予定通りお前をクロエに推すことにする。じゃができなけば」


「ねーよ」





アーデンは言葉とともに地面を蹴る。右手で複数の火球を生成してメルキュアを取り囲むような軌道で放ちながら、熱波の反動でメルキュアの懐に潜り込む。




メルキュアはアーデンの振り下ろしの一撃を水銀のドームで防御する。接触部が火花を放ち、振動で表面の水銀が波打った。




表面の形状が棘状にが変化すると、飛び退いたアーデンを追うように棘が伸びる。伸びた棘から連続して複数の棘が伸び、アーデンが移動しながら大剣で棘をいなすと、アーデンの位置を探知したようにまた新たに棘が伸びてくる。




アーデンは新たに伸びた棘を剣で受けずに体をひねって避ける。そして、大剣を棘の進行上に放り投げる。


すると、大剣を持っているのアーデンを予測したように、大剣の柄に向かって棘が伸びていく、アーデンは大剣を手元に呼び戻し、再び水銀のドームを囲むように火球を配置する。




(さっきの水と違って、水銀の内側からは外部の様子が目視できない。だから、振動や衝撃を使ってこっちの位置を探知してくる。けどそのためには、相手のおおよその位置を把握している必要がある。


相手がこっちの位置を見失ったんなら!)




火球の着弾によっていくつもの波紋はドームの表面に映し出される。均等な着弾点。しかし、それらは水銀の表面の厚さや、操作のしている強度によって多少のずれが生じ、薄くなっていく部分からの波紋は、だんだんと薄くなっていく。




アーデンが後ろ側に回り込むとドームの内側のメルキュアと目が合う。


薄くなった水銀を切り裂き、そのままメルキュアに切り込もうとする剣を振るうアーデンに対し、メルキュアは構えていた左腕を少し持ち上げる。





腕の切断を危惧して力を緩めたアーデンの予想は想定外の硬度の表皮によって裏切られる。


ドッっという重い音ともにアーデンの剣は止まり、アーデンの周辺には水銀の棘が現れる。




「悪いな。童わっぱ」


「‼」




咄嗟に自身から炎出すがどうにもならず、みぞおちに攻撃を食らってアーデンは倒れた。





「やはり、こいつには向いておらんな。頭が回ったとしても、行動の動機を他人や周囲に依存しているのでは、どう転んでもこの程度。しかし代理の件、本当にラフレシアの娘を連れていくべきか…。


流石に、聖女の花婿として女性を連れていくのは…」




数秒の思考の末、メルキュアは「うん。」と頷く。




「まあ、別に異性でなくてもよいな。


 部下があれだ、聖女様もそういった趣向をお持ちやもしれん。」





そんな独り言をメルキュアが話していると、水銀の柱によりかかって倒れていたアーデンがバランスを崩して地面に寝転がる。


メルキュアがそれに目をやると、アーデンよりもそれを支えていた柱の方に目が行った。アーデンのみぞおちに当たったその柱は、表面がいびつな形に変形している。





「…。できるだけ傷つけぬように、丸みのあるデザインにしたはずだったが…」





メルキュアはその周辺にも目をやる。足元に配置してた水銀のドームは所々に穴が開いて水銀が干上がっている。というより、あったものがなくなっているという印象が近い。




メルキュアはもう一度、アーデンの同調率を確認する。


数値は55%。これまでの最高数値ではあったが、ボーダーラインの70%には到底及ばない数字だった。




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