おまけ 使用人讃良とセレス
私の名前は讃良粥、紫苑家に仕える使用人です。主に紫苑様の1人娘であるセレス様のお世話をしております。
幼稚園児の頃のセレス様は……正直言うと物凄く我儘で手の掛かる子でした。
ですが、ある時期から急に武術を習いたいと言い始め、同時期に急にまともな子になりました。
最初私は、テレビか映画の登場人物に影響されただけだろうと、この武術ブームもまともな性格もすぐ終わりを迎えるだろうとたかを括っていました。しかし……
「あとワンセット!!」
武術を習い始めてから数年経過しましたが、一向に武術を辞める気配は無く、寧ろキツいトレーニングが名物と言われているスーパーウルトラジムにほぼ毎日通い続け、自宅ではトレーニングルームで武術の稽古……
そしてセレス様は今現在、トレーニングルームで基礎の復習を5時間ぶっ続けで行っているようです。もはや人の限界を超えつつあるのではと考えております。
この前は他の使用人が屋敷の壁を走る(!?)セレス様を見かけたと言っていたし……
その前には光り輝きながら庭を走り回るセレス様を……いや、流石にこれは唯の噂でしょう。
一体セレス様の身に何が起きたのだろう……私はずっとセレス様の心配ばかりしてきました。
……嘘です。もうあの我儘なセレス様には戻って欲しくないです。
それに今のセレス様はよくお礼を述べたり、私を気遣ってくれたりと、随分と優しい子になりました。
もうこのままで大丈夫です。他には何も要りません。
ただ1つだけセレス様に言いたい事があります。
車と並走するのだけは絶対にやめて頂きたいのです。
セレス様だと分かっていても車と同じ速度で走る人間を見るのは非常に心臓に悪いのです。
「…………讃良?」
「えっ?」
ハッとして我にかえると、私の右手にはビデオカメラが収まっているのが見えました。
そうでした。確か今私はセレス様に頼まれて技の1つ1つをビデオに収めている最中でした。
「申し訳ございません。考え事をしていました……」
「そう……大丈夫なら良いのだけれど……」
そうだ。折角だから思い切って例の噂を聞いてみましょうか。
「あの……つかの事お伺いしますが、セレス様は壁を走る事は出来ますでしょうか?」
「出来ますよ」
「……えっ?」
今何とおっしゃいました?
「まだ少ししか出来ないけど……」
少し出来る時点でどうかと思いますが……
「あっ、そうですわ!折角だから私が壁を走る姿をカメラに収めてくださいまし!」
その光景はビデオに収めても大丈夫なものなのですか?
「何故ビデオに収めるのですか?」
「思い出として収めるのですわ。将来になってコレを見返した時、この程度で喜んでいた時期があったなと笑い合えるのではと思いまして……」
将来はこれ以上の事をしでかすつもりなのですか?
「では早速始めますわ!讃良、そのままカメラを回して下さいまし!!」
「えっ?」
私がセレス様の言葉を理解する前に、セレス様はあっという間に近くの窓から外へと飛び出してしまった。
「セレス様!?」
私は急いでセレス様が飛び出した窓に身を乗り出し、消えたセレス様を急いで探し……空から聞こえる妙な音に私は思わず上を向いた。
ズダダダダダダダダ!!
セレス様が壁を走っていた。
いとも容易く屋敷の壁を駆け上がっていき、何と屋根の上まで辿り着いてしまった。
「壁走ってる!?!?」
私は思わず叫んでしまい、回しているビデオに私の叫び声がそのまま刻まれてしまいました。