1話 始まり
私の名前は紫苑セレス、とても裕福な家庭に長女として生まれた。
両親や使用人はとても優しくて、悲しみとは無縁の不自由の無い生活を送っていた。
だが、6歳になったある日の事。
睡眠中に突然、前世の記憶が蘇った。
この世界とは別の世界で平凡に暮らしていた日々を。
さらに、今私が居る世界は、前世に居た頃にプレイしていた乙女ゲーム『桃色スプリング』の世界であり
よりによってヒロインを虐める悪役令嬢『紫苑セレス』に転生してしまった事を……
『桃色スプリング』は前世の現代日本を舞台にしたファンタジー系のRPG乙女ゲームだ。
ある日突然超能力に目覚めた主人公・早乙女子良は同じく超能力者である5人の彼氏候補と共に(隠し彼氏候補を含めると7人)、何故か現代に現れた魔物を超能力で討伐していく。
プレイヤーは魔物を討伐しながら彼氏候補を攻略する事になるのだが、どの彼氏候補が相手だろうが必ず現れる意地悪なライバルキャラが存在する。
それが今の私、紫苑セレスだ。
悪役令嬢であるセレスは、事あるごとに必ず主人公に嫌がらせを仕掛け、酷い時は主人公の暗殺を企む残酷非道な人物だ。
だからなのか、この紫苑セレスはどう転んでも最後は最悪な結末、バッドエンドしか待っていない。
酷いものだとじわじわと嬲り殺しにされ、軽いものは首を刎ねられてあっという間に死亡……
このままだとまずい!!
恐怖よりも将来への不安が勝った私は急いで天蓋付きベッドから飛び起き、先ずは自分自身の姿を改めて確認する為にドレッサーに付いた大きな鏡を覗いた。
クリーム色の髪、紫色の瞳、目尻が釣り上がった目……
どこからどう見ても前世で見た乙女ゲームの登場人物、セレスそっくりだった。
(私、本当にセレスになったんだ……)
このままでは間違い無く彼氏候補に殺されてしまう……!
何とかして死亡フラグを回避する方法を考えなければ!だが……
「こんな事になるんだったら細部までしっかりやり込むんだった……!」
前世ではそれなりにゲームを嗜んでいた私だが、残念ながらこの乙女ゲーム『桃色スプリング』をあまりやり込んでいなかったのだった。(一応エンディングは友人の助けもあって全て見れたが、セレス以外あまり印象に……ん?エンディングを全て見た時点で一応やり込んだ事にはなるのかな?)
(とにかくセレスが助かる道を見つけなくては!思い出せ!何でもいいからこの世界の事を思い出せ私!!)
……ん?待てよ?確かこの世界って確か……
ある事を思い出した私は、そのある事を確認する為に急いで枕元にある据え置き電話を手に取って使用人に電話を掛けた。
「もしもし、讃良?」
『はい。セレス様、こんな時間にどうなさいましたか?』
「ごめんなさい、怖い夢を見てしまって眠れなくなったの……」
『それは可哀想に……分かりました、では今から絵本を……』
「私が眠るまで学校や習い事のパンフレットを読み聞かせして……」
『何故パンフレットを……?わ、分かりました、今暫くお待ち下さい』
ガチャリと電話が途切れた後、暫くして片手に大量のパンフレットを抱えた寝巻き姿の女性、讃良が私の寝室に入って来た。
「讃良、ありがとう。性根が腐った大人の私が散々な目に逢った挙句野垂れ死ぬ夢を見たの。あれは完全に自業自得だったわ……」
「どこで覚えてきたんですかそんな言葉……いやはや、それは随分と恐ろしい悪夢を見ましたね。では早速、パンフレットの中身を読み上げますね」
「ありがとう。とりあえず高校の名前を順番に読み上げて……」
「はい、分かりました。では早速……聖春ノ河学園……」
これは乙女ゲームの舞台となる学校だ。この学校にだけは絶対に入らないようにしなくては。
「次をお願い」
「春ノ河第「次」
「春ノ「次」
「春「次」
「は「春以外でお願い」
何でこの世界には春と名前が付く高校ばかり存在するのだろうか。
「えーと、春以外は……天地神明第二学園……」
「あった!!」
「えっ?この高校が気に入ったのですか?」
「うん!」
(私が確認したかった高校!やはりこの世界に存在したんだ……!)
実はこの乙女ゲーム、とあるゲームと世界観が繋がっていると言う裏設定が存在する。
その繋がりのあるゲームの名は『バスタータムダム!』
この『バスタータムダム!』通称『バスダム』は、現世にちょっかいを出す迷惑な魔王『タムダム』を討伐するのが目的のアクションRPGだ。
ギャグ要素が多いにも関わらず主要キャラクターの背景が重かったりと、とにかく独特な世界観が気に入った私はこのゲームを何時間もプレイした。
やり込み要素も全てコンプしたし、攻略本や設定資料集まで買って何度も読み返した程だ。
だからこそ知っている、このバスダムには……
『このゲームに出てくる高校生は絶対に死なない』
と言うルールが存在する事を。
今の私、セレスに死亡フラグが発生するのは高校時代……
つまり、『バスタータムダム』の舞台となる高校、天地神明第二学園に入学すれば死亡フラグを回避できる!!
おまけに自分の好きなゲームの世界で暮らす事も出来る!まさに一石二鳥!!
「えーと、天地神明第二学園は文武両道を……えっ?武術の心得が無いと入学不可……?」
だが、この高校に入るには自身が戦えるようにならなくては入る事はおろか、関わることすら出来ない。
「凄い学園ですね……セレス様はこの学園が気に入ったのですか?」
「うん!この文字を見ていると物凄くワクワクしてくるの!」
「ワクワクしたら逆に眠れなくなるのでは……?」
とりあえずこの世界で私がする事が決まった。
次の日……
「お父様、お母様、将来に関わる大事な話がございます」
朝食を済ませた後、私は急いで両親を呼び止めて恭しい態度で話を切り出した。
「セレス、どうしたんだい?」
「そんなに改って……何かあったのかしら?」
「実は……私、武術を極めたいのです!」
「武術……?」
「はい!武術を極める為にスーパーウルトラジムに通いたいのです!」
そう言って私は手に持っていた一枚のパンフレットをそっと両親に差し出した。
「ハハハ、随分と奇天烈な名前のジム……あっ、本当にあるんだ……?」
「変な名前のジムね。えーと……総合格闘技……へぇ、名前はともかく、随分としっかりしたジムのようね」
「バレエやフィギュアスケート、インラインスケートにパルクールまでカバーしているとは……とんでもないジムだな」
私も久しぶりに説明を聞いたけど本当にめちゃくちゃなジムだと思う。
「何故私は今までこのジムの存在に気づかなかったんだ……?」
それはスーパーウルトラジムが『バスタータムダム!』のゲームでしか登場していないからだと思う。
だが、このスーパーウルトラジムに通えば天地神明第二学園にも入りやすくなるのは既に知っている。
「私、武術を極めて将来は天地神明第二学園に入りたいの!だから……お父様、お母様、お願いします!」
私は今の思いを精一杯伝えると、両親に向かって深々と頭を下げた。
「セレスが一つの物事にこんなにのめり込むなんて……」
「ああ、こんなに真剣なセレスを見たのは初めてだ……!いいとも!では明日からこのジムに入れるように手配しよう!」
「!! お父様、お母様、ありがとうございます!」
「セレス、良かったわね。でも、武術ばかりにかまけないでお勉強もしっかりやるのよ?」
「はい!」
よっしゃ!両親が私に甘くて助かった!
絶対にバスタータムダムの世界に引っ越して死亡フラグを回避してやるんだから!!