第8話 潜む影
『そそそ総数30って、30匹ぃ!? 無理無理!!』
『全滅させるのは現実的じゃない、振り切る事を視野に入れる!』
グリムの《バインドホーク》が前に出ると同時に、後方の《アスカロン》も速度を上げる。コロニー移動船の前に出ると後部からワイヤーを射出、接続する。
「グリム、移動船と繋いだ。このまま一気に前進するからカバーを頼むぞ」
「艦前面にビームバリアを展開、撹乱煙幕を噴出。ストームさん、後の操舵はコンピュータ制御に……」
「いんや。ここは人の手でやらないと。移動船になんかあっても堪らないし」
ダイゾウ、コムニ、ストームも手を動かし、民間人の安全を第一に艦を動かしていく。
『シェイク、後方のカバーをネクトと一緒に頼む』
「了解。ソーン、掴まっておけ」
「う、うん」
《オルドレイザー》は背中から炎を吐き、《バインドホーク》と配置を交代。艦の下方を沿うように飛翔するが、立ち塞がる様に《ハウェール》3匹が現れる。
「前、前!」
ソーンの警告より早くシェイクの身体は動く。メデオライフルの一射は寸分違わず《ハウェール》の頭部を撃ち抜いて撃破。しかしここでシェイクはメデオライフルの欠点に悩まされる。
「っ、連射性に難あり。報告だな」
メデオライフルの銃身はスパークを走らせ、次弾充填までの時間をモニターに映し出す。30秒。
その間に2匹の《ハウェール》は背中の砲門にエネルギーを溜め始める。
「だからこれも積んだわけか」
《オルドレイザー》のもう一つの兵装、スプレッドシェルバズーカの砲身が伸びる。接続アームが伸び、持ち手を空いた左手で持ち、発射。
撃ち出された弾頭は道半ばで炸裂。4つの小型弾頭に分かれ、2匹の《ハウェール》の身体に2つずつ突き刺さった。
『ブォォォォォ ──』
発射の直前、小型弾頭が炸裂。微小な特殊加工金属片が飛散し、《ハウェール》の頭が一気に膨れ上がった。
『ゴ、ブォ、ブォ』
目や頭頂部から黒い液体が噴き出し、爆発。2匹は沈黙した。
「このまま抜ければ……」
「シェイク、下から来る!!」
全天周囲モニターの下を見る。ソーンの言葉通り、下から3匹の《ハウェール》が砲門からエネルギーを放とうとしていた。
(躱せば移動船がやられる!)
右腕のビームバリアを展開しようとした時だった。
糸のように細いオレンジ色の光。それらが6本、寸分違わず《ハウェール》達の頭部を撃ち貫いた。
「あの光は……」
「なんか、小さいのが飛んでる」
「小さいの、ってことは」
どれだけ目を凝らしてもシェイクには見えない。だがソーンには見えるのだろう。
この広い海を泳ぎ回る、小さな魚達が。
「3体、沈黙」
帰還したファイアスケイルがウイングバインダーに接続。半自動制御にしている為、ネクトは目標を定めて行き先を指定するのみ。後は小さな魚達が熱線でデヴァウル達を焼き払う。
『ネクト、助かった』
シェイクから通信が届く。しかしそれを払い除けるようにモニター画面を横に退かした。
目の前まで迫った《ハウェール》をビームマシンガンで突き放し、仰け反った無防備な身体をファイアスケイルが撃ち貫く。
目の前に集中していた《ジェネレビオ》の闇討ちを狙い、もう1匹が背後に迫る。だがネクトの目はレーダーが捉えていた影を見逃していなかった。振り向きざまにビームマシンガン下部のビームブレイドユニットを起動。真正面から突き刺し、顔面を引き裂いた。
「浅い……っ!」
しかし間髪入れずに《ハウェール》の背中を白色の光が貫く。確認するまでもない。
「あぁもう、どうして……!」
『ネクト、少し下がった方が良い。移動船の防衛が最優先だ』
「……」
『何かあったか?』
「何でも、ない」
歯切れの悪い返事になってしまったが、シェイクはそんなことを気にはしないだろう。少し前線を下げる。
『後方に反応が集中している。《オルドレイザー》、《ジェネレビオ》、敵の数を減らしてくれ。無理だけはするな』
「了解」
『了解』
『り、了解、です!』
グリムの指示と同時に《オルドレイザー》と《ジェネレビオ》が後方をカバーする様に立ち塞がる。
目の前に群がる《ハウェール》の数は推定10匹。ただ倒すだけなら可能かもしれない。しかし、
「この数を、移動船を守りながらか……って、おいネクト!」
迷わず群れに向かって飛び立った《ジェネレビオ》。それを見たシェイクの指に力が入る。
「シェイク、どうするの……?」
「どうする、か。行くしかないだろうな」
《オルドレイザー》はすぐさま後を追おうとする。だがソーンの言葉がそれを引き止めた。
「上にいる!!」
「こんな時に!」
真上を見上げると同時にメデオライフルを発射。1匹は貫かれるが、残る2匹からのビーム弾が放たれる。避けようとはせずにビームバリアを展開した腕で弾き飛ばした。ビーム弾は軌道を逸らし、デブリを破壊する。
「この使い方が一番か」
「怖くない?」
「あぁ、ソーンは怖いか?」
「少し」
「少しか……っと、余裕はない」
2匹が迫る。尾鰭の様な部位を前に突き出した奇妙な体勢で突進するのを見たシェイクは察した。
(尾鰭に見えたのは剣か)
予想通り鰭の先が赤熱。突き穿たんとする動きは単調極まりない。
《オルドレイザー》はメデオライフルからビームブレイドに持ち替える。通常規格の物より長く太く、柄尻から背部へ伸びるエネルギーケーブル。パストゥが《メデオブレイド》と名付けた兵装だ。
白刃が伸びる。ここでシェイクはある事に気がつく。
「ビーム刃が長い……!?」
振るった一閃は《ハウェール》2匹をまとめて斬り捨てた。爆発の光を突っ切った《オルドレイザー》は、そのまま宇宙を駆け抜ける。
「《ジェネレビオ》は……」
「あそこにいる!」
ソーンの言葉に疑念を抱く。彼女の席にも補助用レーダーがあるのだが、シェイクのレーダーには機影など映っていない。それ以前に、今の彼女はレーダーすら見ていない。
「何で分かる?」
「え、と、とにかくあっち!」
はぐらかされてしまう。変わらずソーンの目は蒼く明滅している。シェイクの中で彼女に対する疑念が膨らんでいく。
(それにあの時のメデオブレイドの出力……おかしかった。調整の時とは明らかに……)
だが考えるより早く身体は動く。《オルドレイザー》は《ジェネレビオ》の元へ飛翔していくのだった。
『グリム、前方の敵は?』
「気味が悪いくらいに薄いです。レーダー上で2匹。目視出来る限りじゃこれだけだ」
『《アスカロン》のレーダーは広範囲だからなぁ。それにしても2匹は少ねえ。警戒は怠るなよ』
「了解。……アルル、《アスカロン》と移動船の横を周ってくれ。側面から来る可能性もある」
『良いけど、目の前のは大丈夫?』
「あぁ。腐ってもパイロットだからな』
自虐気味に返すと、《バインドホーク》と共に敵へと向かう。気づいた《ハウェール》達が叫び始めるのを見てグリムは苦い表情を浮かべた。
「また仲間を呼ぶ気か?」
背部のラックから大型錨のバインドアンカーを手に取る。大振りに振り抜くと鎖で繋がれた先端の錨部が射出。輪唱していた《ハウェール》の内1匹の頭がへし折れた。
デヴァウルの身体を質量兵器で破壊するのは、ビーム兵器で破壊するよりも遥かに困難である。それを成す為には機体の運動性に支障をきたすほどの重量が必要となり、且つそれを扱えるだけの機体関節強度を求められる。
だがデメリットばかりではない。
「沈黙。回収は難しいか」
デヴァウルを爆散させずに討伐出来ること。彼等は人類の天敵でありながら、その身体には貴重な資源を豊富に蓄えている。種類によって異なるが、表皮や甲殻には金属が含まれ、体液は液体燃料などの代替品として需要がある。
「けどこんな状況じゃあな!」
振り向きざまにバインドアンカーを薙ぎ払う。ビーム弾を放とうとしていた《ハウェール》の頭を、砲塔諸共鎖が絞め上げた。回転を続けていた錨部が背中に突き刺さり、拘束を完全なものにする。
《バインドホーク》のもう一つの武器、ビームマシンガンの銃口が突きつけられる。
「アルル、側面に敵影はあるか?」
『今のところないよ~ん』
乱れ撃たれる小さなビーム弾に焼き尽くされ、爆散する末路をわざわざ見届ける意味などない。戦場の中でのグリムに与えられた役割は指揮。バインドアンカーを元に戻し、今一度レーダーを注視する。
「前方にも、敵影は無し。……コムニさん」
『はい、どうかいたしましたか?』
「本当にレーダーが感知した数は30体でしたか?」
『は、はい。反応があった時は確かに周りを囲むように……』
「後方に10。側面になし。これまでに撃破した数を足しても30には届いていない。なら残る《ハウェール》達は何処に……」
その答えは、すぐ目の前に姿を現した。
黒い海面を割って出るように、虚空から巨大な影が姿を現した。DCDを遥かに凌ぎ、《アスカロン》にすら匹敵する巨体を持った怪物。
身体の側面からいくつも突き出した機銃の様な器官、尾鰭は刃ではなくスクリューの様な推進器状、背中の砲門は3つに増えている。顎鬚の部分には多数の《ハウェール》達が、まるで発艦を待つかのように蠢いている。
その様はまるで、
「戦艦……!?」
『超大型デヴァウルの周辺に多数の《ハウェール》を確認しました!! ステルスを使って潜伏していたものと思われます!!』
『それだけじゃないねぇこれ、ぶっ放すつもりだ!!』
「来るっ!?」
ストームの警告を聞き、グリムは反射的に《バインドホーク》を急上昇させる。この判断が生死を分けた。
背中の3門から熱線が発射。《アスカロン》前面に展開されたビームバリアを貫通し、巨大なドリルに直撃。飛散したビームが甲板や機銃に焼け跡を刻んだ。
『艦前面掘削部に被弾! ビームバリア発生装置破損、攪乱煙幕70%が霧散! 甲板と機銃のいくつかも損傷している模様です!!』
『迅速な被害状況報告助かる! にしても戦艦クラスかよ、いつになく本気じゃねーの!」
ダイゾウの声色からも分かる。このサイズのデヴァウルが一般移動航路に現れる事は極稀な事なのだ。
「後方にばかり気を取られてた……! 《オルドレイザー》、《アスカロン》前面に来てくれ!」
『行きたいのは山々なんだが……移動船を狙ってる個体がいて!』
『ご、ごめんなさい、行けないかも、です!』
「難しいか! メデオライフルの火力なら可能性があったかもしれないのに」
『おーグリム、戦艦墜とすにゃ戦艦兵器使うってのが道理だろーが』
通信に割り込んだ声。それはパストゥのものだった。
「戦艦の……っ、そうか、準備が出来たかペイル!」
『テストなしぶっつけ本番なんだけど、大丈夫なのかパストゥさん?』
『うるせー! ぶっ放されたらぶっ放し返せ!!』
《アスカロン》の艦隊側面から現れる、多数のケーブルに接続された長距離狙撃兵器。そこへペイルが駆る《ブラストハンド》が近づき、自らの数倍もある銃を構えて見せた。
メタリックブルーの重装甲、青いモノアイ、狙撃兵器を用いるために多層装甲を纏い太くなった腕。それらが長距離狙撃兵器の銃口から迸る光によって彩られる。
『おっほ、すっげすっげ! かましてやれペイルー!!』
「お前は自分の仕事をしろアルル! ……充填完了、目標、戦艦級デヴァウル!」
観戦しに来たアルルをよそに、長距離狙撃兵器のトリガーを引いた。銃口を上回る大きさの熱線が吐き出され、戦艦級の《ハウェール》の顎に命中する。
『ムォォォォォォォォォォォォン』
「効いてるのか!? とにかくこのまま充填した分は吐いてやる!」
顎鬚の中に爆発が瞬く。待機していた《ハウェール》達が潰える光なのだろうか。
やがてビームを吐き終わり、大きく息をつく長距離狙撃兵器。固定していたマニピュレータを外すと、ペイルは望遠モードで対象を観察する。
『よっしゃ、勝った!』
「……はぁ。あれ見てみろ」
『はぇ?』
『ムルォォォォォォォォォォォンンン!!』
大きく嘶くと共に、焼け焦げた顎を震わせた。
「髭剃りにしかならなかった」
続く