第7話 鳴り響く航路
第1コロニーは、一般人が住う為に作られた大型居住用衛星である。中心部である都市区画を中心に、移動用ケーブルによって多数の小型区画が接続されている。このコロニー以外にも居住区画は存在するものの、第1コロニー程大規模ではない。
対する第3コロニーは最も巨大かつ多種多様な施設を複合した主要都市コロニー。隣接する第4コロニーが工業区画な事もあり、政府軍の本部も存在している。
よって、第1コロニーから第3コロニーを往復する船はどの航路よりも多い。護衛に着く企業の需要が絶える事は無い。
シェイク達がこれから護衛する大型移動船も、第3コロニーを目指している。
「本来なら《アスカロン》の中に格納するのが一番安全なんだが」
「あのサイズは格納庫に入れられない。かと言って隣につくにも《アスカロン》は大き過ぎる。だからこんな後ろをついていってる訳か」
グリムは頷く。格納庫ではいつでも発進出来るようにカタパルトへDCDを接続する作業が続いている。
「今回は俺とお前、アルルとネクトが護衛。ペイルは《アスカロン》から援護だ。まぁお前の事だ、もうブリーフィングファイルを読んでいるだろうが」
「それにしても、護衛にしてはかなりの数だな。何か不安があるのか?」
「お前が交戦したデヴァウルの一件が少し気になっている。変異個体が出るなんて例が出た以上、過剰なくらいが丁度良い」
「それもある、かっ?」
シェイクの首元に柔らかな衝撃。もうそれが何なのか分からないシェイクではない。
「ソーン、今まで何処に……」
『エナジーバー』
「朝飯はつい1時間前に食べているのを見たんだが」
殴り書きのメモと、不機嫌そうに目を細めるソーン。口元から漂うピザの香りに反してお腹の音が鳴っている。しまいには更に殴り書きで追加要求を出す。
『エナジーバー!!』
「…………あ、最後の1本を」
シェイクの懐に手を突っ込み、隠していた最後のエナジーバーをくすねる。その場で袋を破り食べ始める。幸せそうな口元から食べカスが溢れ、シェイクの頬にまで付いてしまう。
「その代わり、仕事には付き合ってくれ」
『うん』
「このまま何もなければそれもないがな。っと、シェイク、ソーン、手すりに掴まれ」
『大型船発進より5分が経過。アスカロン、追従を開始します』
コムニの放送と共に、艦内が僅かに揺れる。ソーンのエナジーバーが口元から離れてしまう。
「っ、っ、〜!?」
「あっ、エナジーバー見っけ。いただきやす」
たまたまそこを通りかかったアルルが口でキャッチ。そのまま過ぎて行ってしまった。
「普通その辺に落ちているものを食べるか?」
「昔から変わってない。シェイクもよく知っている筈だ」
「知ってはいるが、誰か直すよう言っているかと思っていた」
頬を膨らませるソーンを宥めつつ、呆れ笑いを浮かべるグリム。和やかな雰囲気になりつつある時だった。
『航路前方80km、デヴァウルの群れを確認! 数は6匹、接触まで想定10分!』
「なんて話をしてれば来たか! シェイク、ソーン、《オルドレイザー》に!」
「分かった。行くぞソーン」
ソーンの手を引き、シェイクは《オルドレイザー》の元へ向かった。それを見たグリムもパイロットスーツを再び正し、自らの機体へ赴く。
シェイクとソーンを送った時とは違い、本来の戦闘能力を取り戻した姿。一際目を引く巨大なフレイル、否、錨。バインドアンカーを背負った機体へ。
「行くぞ、《バインドホーク》」
『出撃準備、お願いします』
「了解しました」
通信を切り、半分脱いでいたパイロットスーツを着用する。
「……」
インナーの中から、2つのペンダントを取り出す。1つは家族の証、花弁を模したもの。そしてもう一つは、メビウスの輪をモチーフにしたもの。
「初めての出撃、見守ってて、姉さん、父さん」
「うん、ちゃんと見てるよ」
「えっ?」
視線を戻した先にいたのは、姉であるメロウがいた。晴れやかな笑みを向けている。
「あれ、私じゃなかった? アルルちゃんだった?」
「い、いや、えっと……うん、メロウ姉さんに、言った」
「頑張って。お姉ちゃん見てるから」
「うん、行ってくる」
手を振るメロウに背を向け、格納庫へ急ぐ。まるで逃げる様に。
「もう戻らないなら……前に行くしかない」
初陣を飾るDCD、《ジェネレビオ》に乗り込む。前を向いたネクトの顔は戦士の面持ちをしていた。
「すぐにだって追い越してやる。彼奴の影なんて」
「おっし、私はいつでも出してくれていいよ〜!」
『ビームバスターブレイド2本、《ソニックスラスト》に接続完了。メデオバッテリー4つ懸架完了。オッケオッケー、いつでも行ってこいや』
アルルの乗機である《ソニックスラスト》。機体重量を限界まで削る為に装甲はコクピット付近や頭部、関節付近などの急所に限定。結果、ガンメタのフレームを燃える様なカーマインカラーの装甲が彩る細身の機体となった。しかしその細い身体の至る所に備えられた多数のバーニア、そしてウイングに格納されたビームバスターブレイドが、白兵戦特化のこの機体の勇姿を現していた。
『順番にコールします。まずはグリムさん、どうぞ!』
「了解、数値読み上げを省略。グリム・ストラングス、《バインドホーク》、カタパルトアウト!」
スリットの向こうでアイレンズが青く輝くと同時に、カタパルトがスライド。《バインドホーク》が射出された。
『次にアルルさん、どうぞ!』
「はいはーい、読み上げ省略、アルル・ストラングス、《ソニックスラスト》、カタパルトアーウト!」
青いモノアイが光を放ち、カタパルトから射出。
『ネクトさん、どうぞ!』
「はい。ネクト・ストラングス、《ジェネレビオ》、カタパルトアウト」
青いアイレンズが輝いた瞬間、緑色のバイザーが閉じる。そしてカタパルトから射出された。
『最後にシェイクさん、ソーンちゃん、どうぞ!』
「了解、読み上げ省略。《オルドレイザー》、カタパルトアウト」
「シェイクとソーンで、行きます!」
《オルドレイザー》のレンズが発光。スライドするカタパルトを蹴り、宇宙へ飛び出した。
「皆さん、出撃完了しました。甲板武装の準備が整い次第、ペイルさんは出てもらいます」
「今回ストームさんは艦橋でお手伝いいたしますよっと」
コムニの向かい側の席にストームが座る。《アスカロン》は大型採掘艦でありながら、艦の制御の大半をコンピュータが担っている為、操舵に関わる人員は極端に少ない。艦長であるダイゾウ、オペレーターであるコムニ、その他の操舵や機銃、ツールの使用などはコンピュータでも人間でも可能となっている。
「本当便利な船な。俺、今回は操舵やるから」
「分かりました。護衛任務なので探知レーダーの感度を最大、自動迎撃システムを一時オフに。整備区画にいる方、何人か補助をお願いします」
「こんな図体じゃ移動船を守りながら戦うなんて難しい。DCD達にかかってる、頼むぞ」
「了解。《ソニックスラスト》は前衛に。俺と《ジェネレビオ》は中距離から掻き乱された奴を撃つ」
『はーい!』
『了解』
巡航形態のまま《ソニックスラスト》が前方へ。《バインドホーク》と《ジェネレビオ》は人型に戻り、少し離れた位置を飛行する。
『《オルドレイザー》の配置は任せる。状況を見て動いてくれ』
「了解、《ソニックスラスト》とは別方向から攻める」
ペダルを踏み込む。以前とは違い緩やかに加速していき、《オルドレイザー》は瞬く間に《ソニックスラスト》を追い抜いた。
『うそ、巡航形態よりはやっ!』
「よし、装備重量の調整が効いてる」
「でも速いよ、ぶつからない?」
落ち着きなく周りを見渡すソーン。一般移動用航路なのでデブリはほとんどないが、高速で過ぎゆく風景が恐怖を抱かせるのだろう。
「ソーン、前を見てみればいい」
「えぇ? ……あっ」
ソーンの瞳に映るのは、黒い空間で瞬く小さな星達。様々な色で輝く光達に目が奪われる。
「綺麗、シェイク、すごく綺麗」
「あぁ」
《オルドレイザー》の背部に接続されたライフルが右手に渡る。
有線でバックパックと繋がった大型ライフル《試作01型メデオライフル》。広く採用される充電式ではなく機体ジェネレーターと直結したタイプで、通常のHHG搭載機ではすぐに出力ダウンを起こしてしまう。
「綺麗だな」
銃口に収束したエネルギーが瞬時に放たれた。白色の光は遊泳するデヴァウルの腹部を真下から撃ち貫く。電子音すら発せずに爆散する様を見たシェイクは一瞬呆気に取られた。
「確かに《ナチュラリー》には荷が重い武器だ」
『ポ、ポ、ポ、ホォォォン』
仲間を討たれた事に気がつき、デヴァウル達は一斉に電子音を放ち始めた。電子音と姿形が《アスカロン》へ自動送信され、データベースと照合する。
身体の半分を頭が占めており、下顎の縞模様は髭鯨に似ている。だが下半身は剃刀の様に鋭利な4枚の尾びれが揺らめき、背中には大砲の様な筒状の器官が剥き出しになっている。
「《ハウェール》、群体を組むデヴァウルだ。移動船が囲まれるより早く決める。《オルドレイザー》、《ソニックスラスト》はそのまま攻撃を」
『了解』
『了解了解!』
《ソニックスラスト》は人型へ変形。背中のウィングから引き抜いた2本のビームバスターブレイドのトリガーを引く。通常のビームブレイドよりも長く幅が広いオレンジ色の刃が伸びた。
「シェイクにばっかり活躍させないよっと!」
高速で襲来する《ソニックスラスト》に気づき、2匹の《ハウェール》が迎え撃つ。背中から球状のビーム弾を発射するが、弾速が遅い所為で捉えられていない。
「これで、せいっ!!」
ビームバスターブレイドが、2匹の口から尾にかけてを斬り裂いた。横に両断された《ハウェール》は間も無く爆発。
「ひひひ! こりゃグリム兄さん達の出番は無しかなー! この調子で!」
次の目標に目を向けた時だった。《ハウェール》の1体が大きく口を開けたかと思うと、一際奇怪な音を発し始めた。
『ボォォォン、ボォォォン、ボォォォン』
「うへっ、何の声出してんの!?」
『ボォォォン、ボォォ ──』
開いた大口を貫く白色の光。《オルドレイザー》のメデオライフルの破壊力を目の前で見せつけられたアルルは唇を尖らせる。
『横取りされたー!』
「すまない、妙な動きは見逃せなくてな」
あの奇妙な鳴き声も、グリムが警戒していたデヴァウルの異常行動だと予想した。だが残る敵は1匹のみ、この航路を抜ければ良いだけである。最後の《ハウェール》へメデオライフルを向けた時だった。
「……ぃっ、来る!」
「来る?」
ソーンが発した言葉に思わず振り向く。
「いっぱい来る! 前からも、上からも、下からも!」
彼女の青い瞳が明滅を繰り返す。異様な光景にシェイクが目を奪われていると、《アスカロン》からコムニの通信が届いた。
『緊急事態発生! 皆さんの位置を囲う様に《ハウェール》が接近しています!! 総数、は……』
コムニが言葉の先を一度呑み込んだ理由。それは《オルドレイザー》のレーダーが捉えた反応の数を見た瞬間に理解した。
『総数……30体!!』
続く