第61話 決別の伝播
記憶の底に沈んでいた意識が引き上げられる。ぼやけた視界が鮮明に戻っていくと、再び笑顔が出迎えた。
「思い出した? あの日のこと」
ラズベラの笑顔が朗らかなものから、嘲る様な歪んだものへ変わる。薄く開かれた瞼から覗く蒼い瞳、小さく開いた口から覗く八重歯。その全てが《レッドラファー》と重なる。あの日の光景と重なる。
何度も。何度も。何度も。
「君が何もしなければ、大事な家族が死ぬだけで済んだのに。僕だって辛いよ。大好きな君が、こんなに悲しい想いを背負い続けなきゃならないなんて」
見え透いた嘘。シェイクはラズベラから放たれる脳波を受け続けている。そこに悲しみはない。ただ愉悦と、理解できない程に歪んだ愛情と、劣情。
「僕も一緒に背負ってあげるよ。誰にも言えない記憶と、気持ち」
シェイクの頭を、ラズベラは愛しむ様に胸に抱く。
「僕達の家族になってよ。いや……」
そしてそのまま視線を交錯させる。怨嗟に蒼く染まったシェイクの瞳と、愛欲に蒼く染まったラズベラの瞳。
「僕と家族になろうか……今、ここで」
「ふざけるな……!!」
(っ、シェイクの、声が……)
その声は遠く離れ、監禁されたソーンに届く。やがて導かれる様に立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
まるで眠りに落ちて行く様に意識が薄れていく。閉ざされた扉にぶつかって尚、歩みを止めない。
(シェイクのところに、行かなきゃ……)
「おい、何をしている!」
見張りの研究員に咎められるが、そんなことはソーンの耳に入らない。
開かない扉を越える方法を、ソーンは知っている。
(オルドレイザー……一緒にシェイクを、助けに行こう)
彼女の瞳が一層輝いた時、格納庫で異変が生じる。
「っ? おい、動かす前にひとこ ──」
突如閉まるコクピットに気づいた刹那、整備橋と共に研究員達が《オルドレイザー》によって払い除けられた。
「うわぁっ!?」
「止めろ!! おい、乗ってる奴はだ ──」
騒ぎ立てる研究員を踏みつけ、目の前を漂う研究員を叩き落とし、操縦者がいない《オルドレイザー》は歩き始める。
ソーンを回収し、シェイクを助け出すべく。
「っ、何これ……気持ち悪い……!」
弾かれるようにラズベラはシェイクの上から離れる。額を鷲掴みにし、空いた手で胸元を抑える。
「頭から……引き摺り出される……凄い……!!」
だがそれでも、ラズベラの笑みが崩れる事はない。
「ますます君が欲しくなっちゃった……!!」
(これは……一体……!?)
フェンの処置が終わりに差し掛かっていた時、突如ファーステットを眩暈が襲う。壁にもたれかかりながら測定装置を起動、その画面に目をやると、
(脳波の発生箇所が乱立してる……)
その内の1つはこの場所。ファーステット自身の脳波と、
「うぁ……あ……ぁ……」
手術台で意識を失っていたフェンの脳波。小さく痙攣を繰り返している様を見たファーステットはすぐに施術装置の緊急停止ボタンを叩く。
(それだけじゃない……何処かに引き寄せられてる……もしかして)
ファーステットは測定装置をある方向へ向ける。そこはシェイクが運ばれた部屋の方向。今、あらゆる場所から強制的に引き出された脳波は全てそこへ集まっている。
(レセプター因子が、ドナーから脳波を……)
知らず内に笑みが溢れる。自分が行おうとしていた手術を必要とせず、シェイクは自らの力だけで覚醒させた。予想を上回る成果だ。
(やっぱり……ソーンと《オルドレイザー》の器になれるのは、彼しかいない……!)
「くっ……ぁぁ……なん、だ……!?」
《オルドレイザー》が無人のまま動き出すという異常事態。本来ならばその鎮圧に向かわねばならないサラもまた、脳波を無理やり引き出される苦痛に悶えていた。
そしてそれは、
「リ、リース!? ねぇどうしたの!? リース!!」
レイに背負われていたリースにも起きていた。ポッドの中で幾度も泡を吐き出し、溺れているかの様にもがいている。
(気持ち悪い……誰かいないのか、誰か……!)
「どうしたんだサラ……一体、何が起きている……!?」
立て続けに異様な光景を見せつけられ、ドリアーズですら気圧されるばかり。
そうしている間にも《オルドレイザー》は設備や物資を蹴散らしながら進み続ける。やがて別の区画へ続くシャッターの前へ辿り着いた。
「オルド、レイザー!」
その背後から響いた声に、《オルドレイザー》の歩みが止まる。
「何処に行くつもりなの!」
ローズは苦痛に顔を僅かに歪ませつつも、《オルドレイザー》の制御を奪うべく意識を集中させる。《アスカロン》から奪い取ったあの時の様に。
だが、
── もう、君のお願いは聞けない ──
「っ、何を言って」
ローズの問いには答えず、《オルドレイザー》はビームクローを発振。そのままシャッターを引き裂き、外へ飛び出して行った。
「待ちなさい!! 待って!!」
《異常自体を感知しました。予備隔壁を閉鎖します》
後を追おうとしたローズの行手を隔壁が阻む。《オルドレイザー》から聞こえた声。ローズは痛みすら忘れて、何度もそれを反芻するが、理解する事はできなかった。
続く




