第60話 亡失の光
「ダイゾウさん、それ本当なの!?」
『あぁ! このままじゃ間違いなく接触する!』
「護衛のDCDは!?」
『いやがらねぇ! こうなりゃ仕方ねぇ、アデルとシェイクで救援に向かってくれ! こっちの護衛はケアとグリム、ペイルに代わってもらう!』
シェイクとアデルは頷き、移送船の元へと急ぐ。入れ替わる様にケアの《ストライクオウル》とグリムの《バインドホーク》が出撃し、ペイルの《ブラストハンド》が甲板へ上がる。
「ペイル、初めての出撃で悪いが、念の為アデル姉さん達を援護できる様に構えてくれ!」
「了解」
『っ、嫌な事ってのは何で畳み掛けてくるんだろうな!! こっちにもデヴァウルが来やがった!』
《アスカロン》、そして民間船を包囲する様にデヴァウルの反応が迫る。《シャークバード》の群れだ。
「《シャークバード》ぐらいなら何とかなる! グリム、やるぞ!」
「分かった!」
《ストライクオウル》と《バインドホーク》は群れへ向かっていく。
その少し先で浮かぶ、《シャークバード》の群れを引き連れてきた人型のデヴァウルの存在に気づく事なく。
《ストライクオウル》のロングビームライフル、《バインドホーク》のビームマシンガンが飛び交う中、甲板からシェイク達の行方を見ていたペイルは、更にその先にいるデヴァウルへ狙いを定めようとする。
(この距離でも《ブラストハンド》なら援護できる。問題は俺……出来るのか)
『ペイル、《シャークバード》がそっちに!』
「っ!?」
スコープを注視しすぎていた。接近してくる《シャークバード》に気づいていなかった。
その牙が《ブラストハンド》を喰らう寸前、《アスカロン》の機銃が弾丸を吐く。押し戻された隙を突き、ペイルは狙撃ライフルのトリガーを引く。半分に裂かれ、爆死した《シャークバード》を見たペイルは表情を歪ませる。
「今の距離で狙撃はダメだろうが……ダイゾウさん、ありがとうございます!」
『ペイル、《シャークバード》の数が想定以上に多い! 一旦自分の身を守るのを最優先にしろ! グリム、お前もだ! 民間船を守るのは俺がやる!』
『無茶だ、いくら父さんでも!!』
グリムは《バインドホーク》の背部からバインドアンカーを抜錨。鎖で数体を縛り上げ、一気に巻き上げることで切断した。
だがその隙を突き、《シャークバード》のビーム弾が《バインドホーク》の右腕を弾き飛ばす。《ストライクオウル》の援護に向かう余裕がない。
「俺がもっと……ッ!!」
《ストライクオウル》の武装はビームブレイドとロングビームライフルのみ。故に戦闘継続時間が長い。
(シェイクとアデルを呼び戻してこの宙域を抜けるしかない……その為にも退路だけは!)
二丁のロングビームライフルから光条が走る。薙ぎ払われる《シャークバード》の群れが熱球に変わるが、それらを突き破り新手が迫る。
「退路、だけ、はっ!?」
期待が激しく揺れる。3匹の《シャークバード》が《ストライクオウル》へ喰らいついたのだ。
「父さん!!」
「俺に構うな!! 宙域を抜けろ!! ダイゾウ、シェイクとアデルにも伝えてくれ!!」
『テメェはどうすんだよ!?』
「なんとか出来る! 早々に引退した奴とは違うんだよ!!」
『……馬鹿がよぉ!!』
《アスカロン》からワイヤーが射出され、民間船と接続。牽引する態勢に移る。
(このままじゃ父さんが!)
ペイルは《ブラストハンド》を旋回させ、狙撃ライフルを構える。スコープを覗いた先にある、今にも四肢を引き裂かれそうになっている《ストライクオウル》の姿を見て。
(俺が……たす、け……)
トリガーを引けない。指が動かない。
ほんの少しでも狙いがズレれば《ストライクオウル》に当たってしまう。その考えが頭から離れない。
だがその沈黙は、すぐに破られてしまった。
「アデル姉さん、まずは俺が仕掛ける。隙を見てあのデヴァウルを《アイズイーグル》の火力で撃墜してくれ」
「なぁんでシェイクが指示してんの〜? ま、そう言おうと思ってたけど」
《トライファルコン》が一気に加速。正体が分からないデヴァウルの姿が、次第に鮮明になっていく。
と同時に、シェイクはある違和感に気がつく。
(移送船の動きがおかしい……)
デヴァウルが近付いている事に気がつかない筈がない。現代の艦にはデヴァウルの存在を感知するレーダーを設置することが義務付けられている。少なくとも数kmの範囲にデヴァウルが侵入すれば気づく筈。
だが移送船は迎撃どころか逃げる動きすら見せない。ゆったりと航行を続けている。
そしてシェイクの疑念はデヴァウルに移る。もう移送船は射程に入っている。だが未だに移送船を攻撃する事も、攻撃しようとする素振りも見せない。ただ黙って移送船を追い続ける。
まるで、随伴するように。
その考えに行き着いた刹那、シェイクはモニター越しにデヴァウルと目が合った。
蒼い目は明らかにこちらを見つめていた。《トライファルコン》ではない。コクピットの向こうにいる自分を。
「っ!!」
恐怖を祓う様に《トライファルコン》のビームカービンのトリガーを引く。移送船と赤いデヴァウルの間を裂くように熱線が走り、その動きを制止した。
続け様にビームカービンを放つ。本命は移送船から引き剥がす事だが、シェイクは当てるつもりで撃った。
頭部へ向かう光条を、赤いデヴァウルは躱してみせた。首を傾ける動きのみで。
(こいつ……!?)
心臓が跳ね上がる。今まで相対してきたデヴァウルとは違う。本能で動くのではない。その動きには明らかに知性があった。
そしてそれは、遠くから様子を窺っていたアデルも気づいていた。
「シェイク、そのデヴァウル明らかにおかしい! 一旦距離を」
「いや、逆だ!」
不用意に逃げるような行動を取ればやられる。そう感じたシェイクは左手にビームカービンを持ち替え、右手にビームブレイドを持つ。
ビームカービンを連続で放ちながら一気に加速、インファイトへ持ち込む。
(下手な動きを見せる前に仕留める!)
赤いデヴァウルは一切動かず、右掌からビーム刃を伸ばす。まるで考えが読まれているかのような不快感に構わず、ビームブレイドを振り下ろした。
光の刃が交わる。力場の反発とエネルギーの衝突が激しい閃光を宇宙に生む。
激しく押し込もうとバーニアから炎を吐く《トライファルコン》に対し、赤いデヴァウルは不動を貫く。その蒼い眼は、《トライファルコン》を値踏みするように見据える。
「シェイク、避けて!!」
アデルの声に瞬時に反応し、シェイクは《トライファルコン》を一気に直上させる。《トライファルコン》の背後から飛来する白色の熱線を避ける事は叶わない。
だから赤いデヴァウルは避けず、受け止めた。左掌から発生させた空間の歪みで。
ハンドビームバスターは赤いデヴァウルだけを避け、付近のデブリを焼き払う。
「何、あれ……ビームバリア、じゃない……!?」
「アデル姉さん、俺に構わないで畳み掛けてくれ!」
直上した《トライファルコン》は続け様に急降下し、赤いデヴァウルの真上からビームブレイドを突き出す。後退することでそれを躱すが、
「言ったからには当たんないでよ!」
《アイズイーグル》の両肩からビームガトリングが掃射。赤いデヴァウルは揺らめくような動きで弾幕を回避するが、その先を読んで放った《トライファルコン》のビームカービンが胸部を捉える。
貫く事は出来なかったものの、焼け跡が刻まれた肉体を見るにダメージはある。アデルはハンドビームバスターを低出力モードに切り替え、追撃を掛ける。
変わらず歪みを放つ左掌を払いながらビームを弾く。しかしビームガトリングとビームカービンと共に放たれる弾幕を全て打ち消す事は出来ず、徐々に焼け跡が増えていく。
(今なら!)
弾幕から身を守ることに集中している今ならば。《トライファルコン》はビームブレイドを引き、一気に加速。赤いデヴァウルの中心を穿つべく突き出そうとした。
再び目が合う。だが構わない。しっかりと見据えた上で身体を貫くだけ。
それが間違いだった。
「っぐぁ?!!」
目の奥を抉られ、脳を直接握り潰されるような激痛。一瞬それを感じた時には、シェイクの意識は消失していた。
ビーム刃が消え、急激に失速した《トライファルコン》を、赤いデヴァウルは受け止めた。まるで抱きしめるように。
「シェイク!? どうしたのシェイク、応答して!!」
アデルはハンドビームバスターを構えながら呼びかける。赤いデヴァウルはそれを見て、
笑って見せた。
「っ!? シェイクを離せ!!」
ハンドビームバスターでは《トライファルコン》を巻き込んでしまう。《アイズイーグル》は大型ビームブレイドを抜き、突進する。
赤いデヴァウルは《トライファルコン》を優しく押し退けると、迎え撃つようにビーム刃を振るう。
「《アイズイーグル》のパワーなら!!」
ビームガトリングを浴びせつつ赤いデヴァウルを押し返し、すぐさまハンドビームバスターを照射。左掌の歪みで防御されるが、胴体のビームバルカンも併せた一斉射撃で更に畳み掛ける。
「真っ向勝負でぇ!!!」
そう、真っ向勝負で負ける事はないだろう。
万全だったなら。
「何!? 排熱システムに異常!? そんな、出撃前まで」
刹那、《アイズイーグル》の手元が炸裂する。ハンドビームバスターが暴発したのだ。
弾幕が途切れた一瞬を赤いデヴァウルは見逃さない。背中から蒼い炎を棚引かせ、《アイズイーグル》の左腕を斬り裂いた。
「くぅ!!」
だがアデルも素人ではない。すぐさまモニターで指を踊らせ、バランサー制御を再設定。全推力を持って赤いデヴァウルから距離を取る。
(ビームガトリングの火力じゃ仕留められない、接近戦も危険すぎる、お父さん達からの援護も来ない、なら出来ることは!)
大型ビームブレイドを投擲。こんな攻撃が通用する筈がない。ビームガトリングをパージし、アデルは《トライファルコン》の元へ急ぐ。
移送船などもうどうでもいい。これで赤いデヴァウルに撃墜されようとも、未だ呑気にフラフラと航行している向こうの自業自得なのだから。
「シェイク!! 起きてシェイク!! 逃げなきゃ!!」
アデルの呼びかけが届いたのだろう。沈んでいたシェイクの意識は一気に浮上し、こちらへ向かってくる《アイズイーグル》が目に入る。
「アデル……姉さ、はっ!?」
同時に、その背へ刃を突き立てんと迫る赤いデヴァウルの姿も。
反射的にビームカービンを構え、トリガーを引いた。それは《アイズイーグル》の僅か横を通り抜け、赤いデヴァウルへ飛翔する。狙いは完璧だった。
そう、あまりに完璧だった。だから。
赤いデヴァウルが左掌でビームを払う。それは散らずに、軌道だけを変えた。
方向は真正面。《アイズイーグル》の、背中。
光は《アイズイーグル》を貫くと同時に、直線上にあった《トライファルコン》の右腕を焼き切った。ビームカービンを持ったままの腕が、赤いデヴァウルの手に渡る。
赤いデヴァウルは笑ったまま、ビームカービンの引き金を引く。光が走った先にあったのは、
《ストライクオウル》。
時が止まる。
いくつもの叫びが木霊する。通信機からではない。全てがシェイクの頭の中で反響し続ける。その度に、頭の中を掻き回されるな激痛が走る。
絶叫の奔流の中、シェイクが最後に拾い上げた声は。
「シェイク……ちゃんと……帰るんだよ」
「悪いなみんな……情けない最期、見せて……」
《アイズイーグル》だった光へ手を伸ばす。もう声は聞こえない。それでも。
そこから先の記憶は、黒く塗り潰されていた。
続く




