第59話 パイロットとして
「みんな、お疲れ様ー!」
帰還した4人の元へ、メロウとアルルが駆け寄る。ドリンクとサンドウィッチが詰まったボックスを渡す。
「お、お疲れ様、グリム、父さん」
「ありがとうメロウ姉さん」
「仕事終わりはメロウの飯、これが楽しみでな」
「う、うん……ありがと……」
サンドウィッチを口にするケアとグリムの笑顔に対し、メロウは落ち着かない様子で身体を縮めている。そんな彼女へケアは優しく頭を撫でた。
「もしかしなくてもまだ気にしてるのか、DCD操縦資格試験の事を」
「だ、だって……みんな、合格したのに……わ、私だけ……」
「まぁ、確かにDCDの操縦は向いてなかったのかもしれない。けど、俺達はDCDの操縦が出来ても、メロウみたいに美味い飯は作れない」
「そうそう。私が作ったご飯食べたらみんな倒れたの、覚えてるでしょ?」
そこへサンドウィッチを口一杯に頬張ったアデルが割って入る。不貞腐れたように口を尖らせながら。
「正直言って私はメロウみたいになりたかったな。なんとなくだけど、先にお嫁に行くのはメロウな気がする」
「そ、そそ、そんなこと……!」
「ねーシェイクもそう思うでしょー?」
アデルは意地悪く話をシェイクを振った。
だがシェイクは、ある人物の元へと向かっていた。彼の表情を見たアデルに緊張が走る。
(あ、これは……喧嘩になる!)
「なぁあんた」
「ん?」
帰還したDCD達を眺めていたパストゥへシェイクは話し掛ける。
「確か……《トライファルコン》のパイロット。これから機体チェックがあるから手短に」
「あれの何処が完璧な整備だったんだ?」
「……あ?」
楽しげな声が響いていた格納庫が急に静まり返る。シェイクを捕まえられなかったアデルは天を仰いだ。
(終わった……)
「《トライファルコン》の推力バランスが崩れてた。そのせいで機体フレームに歪みも出てる」
コクピットに接続されていたデータ収集端末を投げ渡す。その数値を見たパストゥの眉間に、更に皺が増える。
「0.01%……上限値からたった0.005%の超過じゃねえか! フレームの歪みもいちゃもんつけられる様なレベルじゃねぇ! 大体なぁ!!」
パストゥは端末に浮かんだある数値を指先で叩く。
「この速度は《トライファルコン》の機体安定性を維持出来ない速さだ! テメェ、勝手にDCDリミッターを外しやがったな!!」
「何っ、どういう事だシェイク!?」
「はぇっ!?」
それを聞いたアデルとケアも端末を覗く。その履歴の中には、《トライファルコン》のスラスター限界値を一時的に押し上げた痕跡が残っていた。
「お前これは……いや、それ以前にどうやって解除した!?」
「試したら出来た。そんな事より」
「そんな事って……」
シェイクは端末のグラフを拡大する。それを見たアデルはある事に気がつく。
「ねぇシェイク、私詳しくないけど……この、ピョコンってなってる所は?」
そこには僅かな間だが、数値が跳ね上がっている箇所があった。シェイクが答えるより早く、騒ぎを聞きつけたリエーレが呟いた。
「これは……推力が大きく揺れてる。シェイクくんがリミッターを外す前からだ。この揺れ方だとフレームにもダメージが入ってるかもしれない。ちょっと確認してくるね」
《トライファルコン》へ向かって行ったリエーレを、パストゥは追う事が出来なかった。シェイクの言っていた事は正しかった。
「ま、まぁまぁまぁまぁ! 何事もなかったんだからさ! セーフって事で!」
「それで済ませたらダメだアデル姉さん」
「んだよー! そもそもシェイクだって勝手にリミッター外した癖に! 反省文だ反省文」
「《アイズイーグル》も何かあったんじゃないのか?」
被せる様に放たれたシェイクの言葉。それはパストゥの逆鱗に触れるのは当然だった。
「ふざけんな!! 何でもかんでも私の所為にしようとしやがって!! 大体素人が半端な知識で ──」
「それぇ、なん、だけど……」
シェイクの胸ぐらを掴むパストゥへ、アデルは苦笑いを浮かべながら続ける。
「違和感は、あった。ほんのちょっとだけ。加速しづらかったのと、ブレーキが効きづらかったかなぁって……」
「っ……」
「あっ、一応端末も渡してお」
アデルが話し終える前に、パストゥは去って行った。俯き、髪に隠れた隙間から僅かに覗いた口元は、固く結ばれていた。
「あーあ……全部シェイクの所為だ」
「俺は彼奴にパイロットとしての意見を言っただけだよ」
「それはいいけど、なっ!!」
ケアの拳が、シェイクの脳天を直撃。その場にいた全員が息を呑んだ。
「勝手に機器の数値を弄るな。以上!!」
「…………ん」
「ごめんなさいが出ないあたり悪いと思ってないな、悪戯坊主め……」
数ヶ月後。
「遂に完成か。第二世代機」
新たに建造されたDCD、《ブラストハンド》。そのパイロットとして選ばれたペイルは、期待と緊張が入り混じった表情をしている。
「ぶー、ペイルに先越された」
「お前はまだ卒業してないだろアルル」
「むしろペイルはよく待ってくれた。今日の初任務、思いっきり楽しめよ」
「グリム兄さん、仕事なのに楽しめは……良いけどさ」
「シェイクお兄ちゃん、これ!」
シェイクはネクトからランチボックスを受け取る。中を開くと、所々でこぼこしたハムサンドが敷き詰められていた。
「へへへ、メロウお姉ちゃんと一緒に作った」
「なんでこんな凸凹なんだ」
「でこぼこしてないし!」
頬を膨らませるネクトに構わず、シェイクはハムサンドを口にする。
「ねぇ、アレからパストゥさんとはお話してないの?」
「仕事の度に意見は送ってる。全部無視されてるけど」
「シェイクお兄ちゃんがごめんなさいしてないからじゃない?」
『さーて、そろそろ準備しとけー! 今日の仕事は民間船の護衛。何事もなく終わる様に、爺は祈っとくぜ』
「お前が爺なら俺も爺になるじゃねぇか……まだまだ現役のつもりなんだけど」
ダイゾウのアナウンスへ、ケアは独白で返し、《ストライクオウル》へ乗り込んだ。
「さてシェイク、今日は私とあんたがスタメン。面倒だろうけど頑張ろ」
「うん」
「……」
アデルに肩を叩かれたシェイクの表情は一見変わらない。だがネクトには分かる。
(シェイクお兄ちゃん、嬉しそうにしちゃって……)
「やぁやぁパストゥちゃん。私の可愛い《アイズイーグル》の調子はどうかな?」
シェイクとパストゥの関係を知らないアデルではない。敢えて戯けた口調で話し掛けると、パストゥは真面目な表情を向けた。
「いつも通り完璧に仕上げました」
「いいねー! 流石パストゥちゃん!」
《アスカロン》のすぐ側を航行する民間船。その後ろを《トライファルコン》と《アイズイーグル》が付いていく。
『今のところデヴァウルの影は無し。シェイク、疲れたらオートモードにして休憩してもいいからね』
「分かった」
アデルからの通信に返事をしつつも、シェイクは《トライファルコン》の数値に目を通す。出撃前にも確認、読み上げを行うが、出撃後に変化が現れるケースも考えられる。
(今のところは問題無し……っ?)
シェイクはふと、視線を逸らす。特に理由はない。だがまるで引き寄せられる様にとある方向へ目をやった。
宇宙では遠方を人の目で見る事は叶わない。しかしシェイクは視線の先にある何かに釘付けとなる。
「…………アデル姉さん、向こう側に何か」
『何か? レーダーには何も映ってないけど……ダイゾウさーん、《アスカロン》のレーダーで何か見える?』
『あーん? どれどれ……あー、こいつは医療用物資の移送船か。ま、別に気にしなくても……』
そう言いかけたダイゾウは、レーダーに浮かんだある反応を見て固まる。
『いや……デヴァウルの反応もありやがる! けど、何で1匹だけなんだ……!?』
続く




