第5話 オルドレイザー
デヴァウル達の様相は、大気圏付近でシェイク達を襲ったものと同じだった。《アスカロン》に着いた時にライブラリで確認したが、名前を《クロクティング》。貫くワニ、という造語だという。
胸鰭のような器官からビーム刃を突出させ、シェイクの《ナチュラリー》へ突進。対するシェイクは打ち合うと見せかけてすれ違うように回避。続けて襲い掛かる2匹目も同じ様に回避する。しかし3匹目に対しては、
「っ!」
機体をバレルロールさせながらビームブレイドを振るった。《クロクティング》へ刃が届く瞬間、シェイクは出力を一気に引き上げる。
短いオレンジの刃はその色を一気に白色に染め上げ、膨らんだ腹を焼き切った。
『グキュロロロ』
通信機が拾い上げた鳴き声から察するに相当応えたらしい。黒色の体液を宇宙に撒き散らしながら激しく身体をくねらせる。
「そのまま大人しくしてろ」
《ナチュラリー》は反転。残る2匹へ挑みかかる。
『ヴォエグロブブブ』
怪気音を放ちながら、1匹が口から光線を放つ。灰色の螺旋を描きシェイクを貫かんとするが、しかし直線的な射撃では捉えられない。
先程と同様に限界に引き上げられた出力のビームブレイドが、光線を垂れ流す頭を深く抉った。
『ヴォゲエ』
「姿形は見慣れないが、頭は7年前と大差無いな!」
二、三度掻き回され、最大の弱点をズタズタに焼き切られた2匹目は沈黙。残りは3匹目のみ。
「このまま行けば……」
だが、そうはいかなかった。
突如3匹目の《クロクティング》は《ナチュラリー》の真横を猛スピードで通過。注意を引き損ねたかと思った時だった。
『グュコ、グュコ、グュグュ、キュキュ』
「一体、何を……!?」
先程シェイクが無力化した他の個体を捕食し始めたのだ。うち1匹はまだ生きているにも関わらず。そもそもデヴァウルが共食いをする事など聞いた事がない。
畳み掛ける様に予想外の事態が続く。
仲間を食い終えた《クロクティング》の身体が変化。4枚のヒレは翼の様に巨大化し、背中から突き出した骨は1つに結合してより太くなる。渦を巻く角は半ばまで割れ、中から水晶に似た新たな角が生長。
「捕食、変異……今までと違う……」
『ゴ、ボ、グュウ、ゴ、ゴ』
ノイズまで、まるで何かを話している様に聞こえてしまう。
だが行動は変わらない。より幅が広くなった胸鰭のビーム刃で斬りかかってくる。
なので油断していた。焦らず、先と同じ様にやれば仕留められると。
すれ違い様に回避しようとした次の瞬間、輝く何かが《ナチュラリー》の腕を貫き、切断した。
「何が、くっ!?」
ビームブレイドを握ったまま彼方へと弾き飛ばされる腕。
《クロクティング》の割れた角から発振しているビームを見た瞬間、全てを理解した。
『シェイクさん、ビームブレイド無しでは交戦不可能です! 撤退して下さい!』
『撤退したら船が狙われる。それは出来ない』
「あっはは、お宅の弟さん笑っちゃうくらいお馬鹿さん」
「あとで彼奴に言っておいて下さい。今は……」
DCD格納庫に着くなり、指示を大声で飛ばすパストゥの元へ。
「パストゥさん、《バインドホーク》は」
「無理! 整備が間に合わない!」
「じゃあパストゥちゃん、俺の……」
「《ヴァレットボックス》は武装搭載時間がかかるから今すぐは無理! どうしてもってなら15分寄越せ!」
「新人君死んじゃうから! もうこの際武装は少なくていいから早めに……」
「そうなったら普段のウェイトバランスから再調整しなきゃいけないんだよ、何でもいいから黙って待ってろ……っ、ん!?」
人の声、金属が打ち合う音、艦の駆動音。全てが出鱈目に混ざった空間の中で、パストゥの耳は聞き慣れない音を拾った。
「おい、変な機械動かしてんの誰だ!?」
「へ、変な機械?」
「音が聞こえる! ちきしょう、私に何の許可も取らずに何してくれてんだ!!」
「音……っ! まさか!!」
グリムが見上げた先。そこには先程まで起動すら不可能だった例のDCDが、整備橋を押し除けて歩き始める姿があった。
「起動、している!? 一体誰が!?」
「ちょ、2人とも危ねぇ!」
ストームが唖然とする2人を引っ張ると同時に、DCDはよろけながら進んだ。壁を支えにしながらカタパルトを目指している。
「……」
「パストゥさん……っ、待って下さい!」
グリムが止めるより早く、パストゥは床を蹴り上げて宙へ浮かぶ。
浮きながら赤く輝くライトを掲げ、DCDを誘導し始めた。
「こっちだこっち! ちゃきちゃき歩け!!」
DCDのカメラがパストゥを捉える。彼女の誘導に従い、ゆっくり、ゆっくりとカタパルトへ近づいていく。
「おい聞こえるか! カタパルトロック解除!」
『へっ!? 出せる機体があるんですか!?』
「良いから解除!! 返事はイエス!」
『イ、イエス! カタパルトロック解除!!』
「ダイゾウ爺さん、もうシェイク助けるならこいつに頼るしかねぇ! 文句は無しだ!!」
格納庫に響く声はしっかりとダイゾウにも届いていた。彼は艦長席で半ば諦めた表情で小さく頷いていた。
『文句言える状況じゃねえよ。しっかりエスコートしな』
「エスコートなんかもういらねぇ。誰かは知らんが良い筋だ、ほら、あんよが上手、あんよが上手……」
そしてカタパルトへ足底がついた。隙を逃さずパストゥは声を張り上げた。
「カタパルトロック!!」
『イエス、カタパルトロック!!』
『状況が状況だ、カタパルト充電完了と同時に射出する』
『了解です艦長。パイロットも……えっ!?』
オペレーターの声に一同が視線をそちらに向けた。投影されたモニターに映し出されていたのは、
「ソーン……!?」
「……?」
見様見真似で動かしたまでは良い。問題はこれから自分とこの奇妙なロボットがどうなるのか。きちんとシェイクの元へと連れて行ってくれるのか。
揺れた拍子に頭をぶつけた衝撃で点いたモニターの向こうからは、何やら大騒ぎする声が聞こえてくる。しかしそんな場合ではない。シェイクの言いつけ通りシートベルトを巻く。
「……っ、ぃ」
後はヘルメットを被り、発進宣言をすればよい。そう思った瞬間、
「っ、ぇ、ふぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
凄まじい力で身体がシートに押さえつけられる。元々男性用で胸元が苦しかったパイロットスーツが更に締め付けを増し、口から空気を押し出していく。
「ぷ、ふぅぅぅぅぅぅぅぅ、ぅっ!!?」
窒息寸前、自らを押し付けていた力が消失。一気に雪崩れ込んできた酸素に咽ながら、ソーンはペダルを踏みこんだ。
「お願い、シェイクの所に連れて行って!」
ソーンは夢中になっていて気が付かない。
自分が今、澄んだ水のように透明な声を発していることに。
遂に頭部が食い千切られてしまった。それまで片腕と足、体当たりなどという子供の喧嘩技のような手段で抵抗していたのだ。おかげで《ナチュラリー》の機体は既に原型がない。
「しまった、これじゃ試験が……」
『グ、ポ、ポ、ポ』
鞭のようにしなるビームの角を間一髪回避。ほとんど死んでいたバーニアもとうとう息絶えてしまった。
「脱出、いや、それだけは……」
そんなことをしたら、結局自分がここに戻ってきた意味がなくなる。この程度の覚悟で戻ってきたわけではない。
家族に顔向けが出来ないなら、せめて家族の敵討ちくらいは果たさなければならない。
「最後に機体をぶつければ……」
『シェイク!!』
その時だった。聞き慣れない声、しかし引かれるようにある方向を見た。
流れ星。違う。2つの蒼い尾を引いているのはバーニアの炎。
『シェイク!! 何処!? シェイク!!』
声に導かれるように、シェイクは脱出装置を起動。コクピットを内蔵した脱出艇が背中から排出されると同時に、無人となった《ナチュラリー》が最後の突撃。《クロクティング》の角が無慈悲にも両断し、爆炎へと姿を変える。
「あの光の場所に……」
爆炎を突っ切り、《クロクティング》の角が襲い掛かる。しかしあまりに小さな脱出艇に狙いを定められない。
『シェイク!!』
シェイクは脱出艇のハッチを開き、宇宙空間へと飛び出した。刹那、脱出艇がビーム刃に飲み込まれ爆発。背を照らす光の先にいたのは、
「あの、DCD……」
離れた距離から、目が合った。何処か不穏で、だが安心する蒼い瞳。
声が届かない宇宙の中で、シェイクは叫んだ。
「俺はここだ!!!」
『シェイク、っ、いた!!』
DCDは宙に浮いたシェイクを優しく包み、自らの中へ受け入れる。一瞬暴風となって抜けた空気も、すぐにハッチが閉じて酸素が満ちていく。
「ソーン……!? 話せる、のか……?」
「……え、本当だ。何で……?」
「色々聞きたいが……話は後だ」
シートベルトをソーンから外し、入れ替わる様にシェイクが座る。
「補助席がないか……ソーン、俺の膝に座れ」
「う……やっぱりシェイク、スケベだ」
「そんな場合じゃない、早く」
少々考え込んでいたが、やがて観念したように膝に座る。そのまま2人に巻き付けるようにベルトを装着。
「しっかり掴まれ」
「うん」
ソーンの細い腕がシェイクの肩に巻かれ、ヘルメット同士がコツリとぶつかる。
「いや、シートに……まぁいいか」
《クロクティング》が迫るまでの間にレバーとペダルに触れる。過去に自分が乗っていたものと同じ規格。
「ならいい。行く」
「この子の、名前」
「ん?」
「この子の名前ね、オルドレイザー」
『グ、ピ、アォ』
《クロクティング》がビームで貫こうとした刹那、
目の前から姿が消えた。
「ぐ、ぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!?」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
《オルドレイザー》の加速は、2人の身体を纏めて圧縮しかねないほどのものだった。
「ぁ、ぁぁぁ……」
「ソー、ン……!」
このままでは肺が圧し潰される。シェイクはやむを得ず強硬手段をとる。ヘルメットを外し、顎の下にある酸素供給チューブを外した。当然空気は漏れるが、これを直接ソーンの口に挿し込んだ。
「ふむぐっ、スゥッ、フゥ……」
「お、れも……ふぅ、肺を潰すのは勘弁してくれ」
先程の急加速の原因。それは今までの機体と《オルドレイザー》の出力の違いに気づかず、ペダルを踏みこみ過ぎたことだ。
「減速を、徐々に……」
シェイクの操縦に従い、《オルドレイザー》の速度が徐々に遅くなっていく。性能はピーキーだが、制御は忠実らしい。
「シェイク、来る!!」
『オボロロロロロロロロルルルル!!』
背後からビームを乱れ撃ちして強襲する《クロクティング》。ソーンの声を聞いて反射的に上方向へ回避。再び圧し潰されそうになるがそれも一瞬だった。
《オルドレイザー》を反転させ、シールドを起動。右手の甲の装甲が展開したかと思うと、薄いビームの膜が前面に放出。無差別に撃ち出されたビーム弾を完全に弾いた。
「ビームバリア……実用化されていたんだな」
「綺麗」
「ん、意外と肝が太いな」
ビームバリアは電磁波を広範囲に放出することでエネルギーを微弱に拡散し、ビームを弾く防御膜。防ぐ、というよりも、軌道を変更すると言った方が正しい。その為、
『ヴォウヴォウルル!!』
大きくしなる角での一撃、そして胸鰭から発振するビーム刃。これらを防ぐことは出来ない。大きく距離を取る様に回避する。
「ソーン、口をしっかり閉じておけ!!」
「んっ!!」
《オルドレイザー》の背中のスラスターが蒼い炎を吐き、《クロクティング》へ高速接近。緩やかな螺旋を描くように回転飛行し、振るわれる角を潜り抜けていく。天地が幾度も逆転する中、シェイクは《オルドレイザー》のもう一つの武装を起動する。
《オルドレイザー》の左手の人差し指、中指、薬指の付け根の装甲が展開。そこから伸びたのは3本のビームブレイド、否、鉤爪の様なその形状は、ビームクロ―といった方が正しかった。更にその色は高出力状態を表す白色。
『ボッルルルルルウル!』
自身に迫る死の危機を感じ取ったのか、電子音がせわしなく鳴り響く。眼前まで接近した《オルドレイザー》に対し、《クロクティング》はヒレのビーム刃で防御しようとした。
しかし蒼い尾を引く機体が急上昇。それに《クロクティング》が気がついた時には、《オルドレイザー》は急降下する。
『グ、ボロロ──』
諦観か、命乞いか。ただ一際小さな電子音を最後に、
《クロクティング》は、振り下ろされたビームクロ―によって頭部から全身を切断された。
続く