第58話 初仕事
シェイクの物心つく前、グリムに朧げな記憶が残っている時、実の両親は亡くなったらしい。
だからシェイクにとって本当の家族は、ストラングスの姓で繋がった皆だ。物を知るようになり、グリム以外と血の繋がりがないことを知った時でも、それは変わらなかった。
それでも明確に変わったことがたった一つだけあった。
「シェイク〜! 卒業おめでとう〜!」
証書を持って《アスカロン》に帰ってきた日、いの一番に出迎え、体当たりの様に抱き締めてきた女性。長い金の髪がシェイクの髪と重なり、落ち着く柔らかな香りがシェイクの鼻を撫でる。
「聞いたよ、青金星だって! さすが私の弟!」
青い星を金色の枠で囲んだ証。学年主席で卒業した輝きだ。
「いや、別に……」
「嫌味かよシェイク」
と、横から不機嫌そうに眉を顰めるペイルが姿を現す。彼が持つ証書には何も特別な意匠は存在しない。
「お前、操縦部門だけじゃなくて設計部門でも良い成績取ってたじゃねぇかよ。ほんとマジで……」
「とか何とか言ってペイル〜、証書に引っ付いてるこれは〜」
ペイルが持っている証書は2枚だった。通常の卒業証書に加え、特別に優秀な技量を認定した物である。
「い、いや……射撃が、なんか、良かったらしくて。シェイクに比べたら」
「比べる物じゃないの」
シェイクとペイルを一纏めに抱きしめ、快活に笑う。
アデル・ストラングス。シェイクにとっての姉であり、初恋の相手だった。
「シェイク、卒業記念のプレゼント、気に入ってくれた?」
格納庫へ案内されたシェイクの前に立つ、1機のDCD。アデルの《アイズイーグル》、グリムの《バインドホーク》と並ぶ、小柄ながら勇ましい姿。
頭側部の翼に似たアンテナ、3つのアイレンズ、両肩に備わったセンサーにより高速機動時の情報処理能力を最適化。腰部、両脛の小型スラスター、背部のウイングバインダーによって機動力と旋回性能を確保している。
「《トライファルコン》。小さいけど、スピードはうちのDCDの中でトップクラスだよ」
「トライ……ファルコン……」
「次の仕事はシェイクも一緒に来てもらうから、ちゃんと慣れておくんだよ」
嬉しそうにニヤつきながらシェイクの肩を抱くアデル。
「ペイルのDCDからは新型フレームになるから、《トライファルコン》が最後の第一世代型。私と、グリムと、シェイクの実戦データが、その完成度を決める」
「……分かった」
「よく言った!」
小さく頷いたシェイクの肩を叩くと、アデルは《トライファルコン》の足元に立つ2人の整備員へ手を振る。
「リエーレさん! その子が新しく入った子ー!?」
「うん。ほら、挨拶して」
リエーレと呼ばれた男性は、側にいた小柄な少女の背を優しく押した。整備服を着た少女は静かに、しかしながら自信に満ちた表情で前に出る。
「パストゥ・マセラータっす。よろしくお願いします」
「よろしくねパストゥちゃん。シェイク、この子が《トライファルコン》の整備を担当したんだ。あ、《アイズイーグル》のスラスター周りもだっけ?」
「はいっす。完璧に仕上げました」
「若いのに頼もしいなぁ! リエーレさんも安心して隠居出来るね!」
「それは困るなぁ、まだ働かないと食べていけないのに」
皆の会話が弾む中、シェイクは黙って《トライファルコン》を見つめている。パストゥが言った『完璧』という単語に不信感を抱いていた為だ。
何故そう思ったのだろうか。
『今日はシェイクのデビュー戦だ! ケア、フォロー頼むぞ! アデル、グリム、張り切りすぎて失敗すんなよ!』
「全く小煩い奴だ」
旧友であるダイゾウの通信へ独白を返すと、ケアはヘルメットを被り直す。金髪のオールバック、銀色の瞳、高い背丈に屈強な身体。アデル、メロウ、ネクトの実父であり、シェイク達の義父である。
『シェイク、お前の事だ。シュミレーションは完璧だろうが、今回はアデルとグリムがメインで進めていく。俺が殿に付くから、2人が取りこぼした奴等を迎撃するんだ』
「分かった」
『ま、私とグリムが完璧にやれば見てるだけで良いんだけど』
『アデル姉さんはともかく俺は……父さん、シェイク、背中は任せた』
4機がカタパルトへ接続される。
『さーて、いつもなら俺がコールするんだが……記念すべきシェイクの初出撃だ。ネクト、コール頼む!』
『はーい!』
幼くも溌剌とした声が通信機から響く。それを聞くと、前日シュミレーションをしている自分の背中を真剣に見つめていた姿を思い出す。
『まずはアデルお姉ちゃんから! 発進どーぞ!』
「あいよー! アデル・ストラングス、《アイズイーグル》、カタパルトアウト!」
『次はグリムお兄ちゃん!』
「了解、グリム・ストラングス、《バインドホーク》、カタパルトアウト!」
『お父さんもいいよー!!』
「あぁ。ケア・ストラングス、《ストライクオウル》、カタパルトアウト!」
『じゃあラストはシェイクお兄ちゃん! いってらっしゃーい!!』
「……シェイク・ストラングス、《トライファルコン》、カタパルトアウト!」
4機のDCDが宇宙へ放たれた。
アデルが駆る《アイズイーグル》が先行する。刃と見紛う分厚いブレードアンテナ、バックパックと腰部に3つずつ、計6つの大型スラスター、両肩に備えられたビームガトリング、大きく迫り出した胸部装甲と、威圧感を与える巨体。そのツインアイが、彼方のデヴァウルを睨む。
その後を《バインドホーク》が追う。
「グリム、一ヶ所に追い込むよ!」
「了解!」
アデルの声がけと同時、グリムは《バインドホーク》のビームマシンガンを薙ぐ様に掃射。
投棄された《ナチュラリー》の残骸を貪っていたデヴァウル、《クロクティング》の群れは自分達を狙う弾幕に気付き、蜘蛛の子を散らす様に離れる。
それらを誘導する様に《アイズイーグル》は両肩のガトリングを斉射する。人型の影を見つけ、沸き立つ様に騒ぎ始める《クロクティング》は、自分達が誘導されている事に気づかず2機の攻撃を回避。
「シェイク、ポイントに追い込む様に撃て。当てなくてもいい」
ケアの指示に従い、シェイクは《トライファルコン》のビームライフルを放つ。牽制で放ったつもりだったが、僅かに《クロクティング》のヒレを焼いた。
「あっ」
『狙いが良すぎるのも考えものだなシェイク。まぁ良い事だ。だがあまり奴等に注目されるなよ』
「あぁ、ポイントに追い込めなくなるから」
『よく分かってるじゃないか』
《ストライクオウル》も《トライファルコン》へ加勢する様に攻撃を開始する。
モノアイを覆う大型バイザーに浮かび上がるツインアイ。小さなスラスターが層の様に重なったパックパックのウイングスタビライザー、姿勢制御に特化した両腿のスラスターに加え、胴体装甲にも同様のものが備えられ、全体的に丸みを帯びた形状となっている。しかしながら突出する2丁のロングビームライフルを手にしている。
《トライファルコン》のビームライフルと射線を合わせる様に《ストライクオウル》もロングビームライフルを照射。指定したポイントへ追い込んでいく。
「この調子で……」
『……お父さん、ちょっと待って!』
ここで突然アデルが声を上げる。ケアは何があったのか問おうとした時、
「っ、民間の移動船!?」
「ダイゾウさん、ちゃんと侵入禁止信号打ったんだよね!?」
『ったりめぇだ!! 今も警告信号打ってるがガン無視! とにかく死ぬ気で連絡つけるからデヴァウルが来ない様にしてくれ!』
「了解した! アデル、悪いが俺と囮を ──」
ケアが陣形を組み直そうとした時、《トライファルコン》が前へ飛び出した。
「待てシェイク!」
「シェイクが出ちゃった? しょうがないな、じゃあ私とシェイクが囮やるから!」
「っ、手のかかる子供達だ。グリム、俺と一緒に2人のカバーを!」
「了解!」
(《トライファルコン》の速度なら……)
《クロクティング》の前をわざと横切り、注意を引く。目の前を巨大な餌が通って本能を刺激されない筈がない。群れが一斉に《トライファルコン》を追いかける。
《トライファルコン》の最高速と加速性能ならば、《クロクティング》を引きつけながらでも逃げられる。
(……何か、違和感が)
だがシェイクは感じていた。《トライファルコン》の姿勢が傾いている。出力数値を見ると、推力のバランスが崩れていた。
(囮をやるなら問題はない……でも)
『シェイクー!』
通信機からの声。シェイクは思考を打ち切り、耳を傾ける。アデルからだ。
『座標送ったから頑張ってそこまで来て!』
「分かった」
後方から《バインドホーク》と《ストライクオウル》の援護射撃もあり、《クロクティング》の群れは《トライファルコン》を追って民間船から離れていく様に誘導されていく。
加速させる程に《トライファルコン》の姿勢は更に歪んでいく。
「指定座標到着! アデル姉さん!」
「じゃあ一気に直上して!」
アデルは《アイズイーグル》の腰部にマウントされた大型ライフル、ハンドビームブラスターを取り出し、展開。ロングバレルと側部の排熱フィンが伸長し、《トライファルコン》の後に続く《クロクティング》の群れへ照準を合わせる。
急に進行方向を変えた《トライファルコン》に対応できず、急停止せざるを得ない《クロクティング》。全てアデルの計算通りだ。
「一網打尽に!」
ハンドビームバスターから放たれた白色の熱線は、《クロクティング》の群れを瞬く間に焼き尽くす。
が、爆炎の中を突っ切り、尚も《トライファルコン》へ迫る個体が現れる。
「まずいっ!!」
グリムは咄嗟に《バインドホーク》の背部に接続していたバインドアンカーを振るう。
同時にシェイクも反応。《トライファルコン》のビームブレイドを発振させた状態で投擲した。
『グキョッ』
ビームブレイドが角を斬り落とした瞬間、首の根元へバインドアンカーが直撃。身体が逆向きにへし折れた事で、その活動を停止した。
「あ、あっぶな〜」
「あぁ。初仕事にしてはちょっとばかし危なかったが……よく頑張ったなシェイク」
「……ありがとう、父さん、アデル姉さん、兄貴」
初仕事は不測の事態こそあれど無事に終えられた。にも関わらず、シェイクの中の妙な胸騒ぎが消えることは無かった。
続く




