第57話 インパーフェクト
「そういえば海賊から接収したDCD、名前を聞いてませんでした」
「えぇ。《ライナルディン》……元々HERIが回収したもの、だがね」
格納庫へ搬入され、装甲や武装を引き剥がされていく《ライナルディン》の哀れな姿を、サラは退屈そうに見ていた。
隣に立つドリアーズは端末を介して各方面へ指示を飛ばしつつ、《ライナルディン》の換装作業を監督している。
「にしてもドリアーズさんが作業の監督をするなんて……あなた、本職はDCD設計なんじゃ?」
「設計士は設計図を書くだけが仕事じゃない。実際に目にしなければ分からないこともある……まぁ担当者が実験で忙しい、というのもありますが」
「ふーん……」
頭部の装甲が外され、4つのアイレンズが露わとなる。光が点っていない無機質な眼がサラを睨む。
「それで、このDCDはどうするんです?」
「換装作業終了後にパイロットを選定する」
「……僕、じゃありませんよね」
「まさか。これの性能は《ヒドゥンブレイグ》の足元にも及ばない。改修したとて、サラが乗る意味はないよ」
「へぇ……」
「わぁ、かっこいい!! ねぇリースも見てよ! ねぇったら!!」
サラが立つ整備ブリッジの下で響く声。《カーズィスト》の整備の為に訪れていたレイがはしゃいでいた。背中のポッドに繋がれたリースは大きく揺らされ、苛立った表情を浮かべている。
「あいつらと同じ、出来損ないか」
「久しぶりだね〜。私のこと覚えてるかなぁ? ねぇ?」
手術室とも、実験室とも言えない狭い一室。椅子と電子機器が並ぶ鉄の部屋で、拘束されたフェンへ一つの影が歩み寄ってくる。
「ほんとは《オルドレイザー》の子達から手をつけたかったんだけど、直接私がイジるのは久々だからさ〜、ね、No.9ちゃん」
白衣を纏ったファーステットは底抜けに明るく振る舞って見せる。だが相対するフェンは、拘束されている状態で微かに震えている。
「怖がらなくても大丈夫。今までだって痛くしたこと、ないでしょ?」
「…………私、は」
フェンは返す。唯一拘束されていない口で、震えた唇で、弱々しい声で。
「No.9なんて名前じゃない……!! フェン……!!」
「フェン……可愛い名前。ごめんね、じゃあこれからはその名前で呼ぶよ」
フェンから視線を外さず、ファーステットは機器を操作する。天井から降りる無数の管。先端に髪の毛よりも細い針が備えられたそれらが頬を撫でた時、かろうじて気丈さを保っていたフェンの表情が崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ!!!」
痛みが来る。痛みが来る。痛みが来る。
「フェンちゃんがいなくなってから調整方法を改良してね。これできっと」
「やだ……やだ、やだ、やだやだやだやだ!! 助けて!! グライ、みんなぁ!!! もう痛いのはいやだぁ!!!」
管は生きている様にフェンへと突き刺さる。太もも、腹、腕、心臓、首、そして頭へ。
「ひぐっ!?」
やがて管の中を赤い液体が満たす。液状化したメデオライト。それらがフェンの体内へ侵入し、彼女の全てを侵していく。
「もっとあの子達に歩み寄れる」
「あーあ、可哀想。1回で完成してれば痛い思いしなくて済んだのに」
成果を伝え、フェンの最終調整へ向かったファーステットを見送ったラズベラ。完全防音の部屋の外にいる彼女に届くのは声ではなく、脳波。
金属を引き裂く様な、鈍く、甲高い音。恐怖し、絶望から這い上がろうとする時に放たれるそれは、ラズベラが幾度となく戦場で受け取ったもの。無意識のうちに口角が吊り上がってしまう。
部屋に背を向け、ラズベラは別の部屋を目指して歩みを進める。ファーステットへの報告という退屈な仕事を真っ先に終えたのには理由がある。
フェンが施術されている部屋から少し離れた別の実験室。広く、装置もより大掛かりなものが複数並んだその場所に、ラズベラの目的が拘束されていた。
「やぁ。こうやって会うのは初めてだね」
ドアが開く音と聞き覚えのある声に、シェイクは目だけでその方向を見る。四肢と身体を拘束されていなければより正確にその出立を窺い知ることが出来たのだが。
(こいつも……ソーンと同じ……!)
だがラズベラは、まるで自らの全てをシェイクへ見せつける様に、彼の身体の上へ跨り、密着する。
「ちょっとだけ時間かかるって言われたから遊びに来ちゃった。うーん……割と顔は好みだけど」
「……」
「もうちょっと愛想良くしてくれないかな? 君と僕の仲でしょ?」
「……知らない。会ったことなんて、ない」
「え〜ショックだなぁ」
シェイクの目とラズベラの目が交錯する。悪辣な笑顔が、あの赤い影と重なる。
「一緒に君のお姉ちゃんを殺した仲、なのになぁ」
「っっっ!! お前……お前!!!」
普段の思考なら、普通の精神状態なら、思いつきもしないだろう。
目の前にいる女が、養父と義姉を殺したデヴァウル。《レッドラファー》なのだと。
「お前がぁ!!!」
「そぉだよぉ」
シェイクとラズベラの額がぶつかる。互いの脳波が、互いの頭蓋を介して交わり合う。
「僕の運命の人。あの日君を一目見て、好きになっちゃったんだ」
2人の記憶が混じり合う。忘れられない、忘れてはいけない7年前のあの日が、深い記憶の水底から引き揚げられていく。
「僕の声に君は応えてくれた。それが嬉しくて、嬉しくて」
「全部欲しくなったんだから、さ」
続く




