第56話 裏の手段
「すまなかった……何にも出来なくてよ」
「ダイゾウさんは悪くないよ! 悪いのは……」
苦い表情をするダイゾウへ、アルルは声を張り上げる。だがそこから先の言葉は流石に飲み込む。
現在、謎の武装集団に襲撃を受けた《アスカロン》の修理、そして資材の搬入を急いでいる。おかげであと数時間もすれば出航が可能となる状態まで機能を回復することが出来た。
「いや、こんな情けねぇこと言ってる時間はねぇな。とにかく今は少しでも早くシェイクとソーンを探しに行く準備をしねぇと」
「うん!」
足元に置いていた細かな部品が入った箱を抱え、アルルは走り去って行く。
(俺達がここを使うことを知っているのは政府関係者だけ。その辺の強盗が知ってる筈はねぇし、そもそも第3コロニーの警備を気取られずに突破出来るわけがない)
ダイゾウは、アルルが飲み込んだ言葉の先を読み取っていた。
(HERIが指示したか……政府の誰かに内通者がいたか。それはストームがはっきりさせてくれる)
「グリム兄さん、無茶は……」
「無茶じゃない。先生からのお墨付きだ」
未だに火傷の痕が覗く肌を上着で隠し、グリムは笑って見せる。心配するペイルに対して余裕のある表情だ。
「《バインドホーク》のパイロットは俺しかいない。直った以上は俺も行くべきだ。こんな状況なら尚更な」
「それは……はぁ」
言い返そうとしたペイルは言葉が続かず、呆れた様に息を吐いた後に小さく笑う。
「全然似てないって思ってたけど、やっぱりシェイクの兄さんだな」
「お前の兄さんでもあるんだぞ」
「2人揃って無茶するところはそっくりだけど」
そんな2人の後ろからネクトが現れる。その口元は同じ様に笑っていた。
「ネクトが言う事かそれは?」
「そうだな。彼奴の悪い所は全部似てる」
「っ、あんなバカ兄貴と私が似てる訳ないでしょ」
あまりにも酷い返しに、揶揄ったグリムとペイルは思わず天を仰ぐ。だが、
「また勝手にいなくなって……誰に連れ出されたのか知らないけど、必ず連れ帰る。ソーンと一緒に」
そう話すネクトは、自らの歯を噛み砕かんばかりに悔しげな顔をしていた。それに感化される様に、グリムの表情も険しくなる。
「必ず……そうだな、必ず。たとえどんな手を使っても」
ネクトとグリムの、危うさすら感じられる覚悟を見たペイルもまた、目を伏せながら唇を硬く結んだ。
(もう7年前の俺達じゃない。絶対に迎えに行くから待ってろよ……生きてな)
「ハイディアル大将。襲撃者がようやく吐いた。依頼主はHERI。《オルドレイザー》とそのパイロット2名を持ち帰ることが依頼だったらしい」
第3コロニーの軍区画。その最奥部に位置する司令部の席に座るハイディアルへ報告を上げているのはストームだった。
「……裏で妙な動きをしているかと思えば、武装集団を通して民間企業からDCDとパイロットを略奪。すぐにでも強制捜査をしたいところだが」
ハイディアルの隣に立っていたゾルワルトの声は静かなものの、抑えきれない怒りが滲み出ていた。対してハイディアルは悪戯をした子供に呆れる様に笑っている。
「難しいだろうね。今頃、向こうは全ての痕跡を消しにかかっていると思うよ。表の手段じゃもう彼等を詰めるのは無理じゃないかな」
「表の手段では、ですか」
「白々しいっすよ御大将。わざわざ俺がここまで来た理由、あんたならもう察してんだろ?」
ストームの無作法な物言いに対し、ハイディアルは笑ったまま、ゾルワルトでさえ諌めることはせずに黙って彼に耳を傾ける。
「裏の手段、まだ残してあるんだろ?」
「まさか……君からそれを言ってくるとは。意外だったよ」
「あんたに、いや、あんたと最高司令に良いように使われていたからか?」
「てっきり恨まれてるとばかり思っていたからね。それこそ、殺されても仕方がないくらいに」
「恨んじゃいねぇよ。そういう時代だったってだけだ」
ストームは自らの髪を掻き上げる。その目はいつもの気怠げで飄々としたものではなく、色を失った冷酷なものへ変わっていた。
「そういう訳だ。《ヴァレットボックス》はしばらく必要なくなる。倉庫にでも入れといてくれ。代わりにアレを出してくれれば準備は完了だ」
「既にハイディアル大将が例のDCDを搬入している。いつでも出撃できる状態だそうだ。それと……」
「久々に呼ばれたから何かと思えば、こりゃまた懐かしい顔がいるじゃねぇの」
「お久しぶりです」
ゾルワルトが続けようとした時、司令室へ2つの人影が入る。
「流石にお前だけじゃ荷が重い。彼等にも来てもらった」
「なんだ。とっくに何処かでくたばってるかと思ったんだが」
「あんたと一緒にいて死ななかったんだ。もうしばらくは生き恥晒す覚悟だよ」
赤髪に白金色の瞳をした屈強な男性が不貞腐れたように笑う。それに対し、ライトブルーのウルフカットをした隣の女性が瞼を伏せる。
「私もろくな死に方は出来ないつもりでいましたが……まさか、死ぬより面倒な仕事をまた任されるとは。憂鬱だ……」
「良かっただろ。この仕事で華々しく死ねるかもしれんぞ?」
「貴方と一緒にしないで下さい。私は別に死にたくなんてありません」
「ゾルワルト、こいつらまで呼び戻す必要があったか? よっぽど俺を信用してないみたいだな」
「万が一……いや、億が一だ。HERIが開発した新型を相手取ることになるかもしれないなら、手札は出し尽くした方がいい」
ゾルワルトが険しい表情で話すと、ストームは再び2人の方へ向き直る。
「ハイゼン、ユズ、腕はまだ鈍ってないな?」
「鈍っちゃいねぇよ。操縦の腕も、人殺しの腕もな」
男性、ハイゼン・レーンは指を鳴らして見せる。
「鈍るほどの腕なんか元よりありません」
女性、ユズ・ハバキリは溜息混じりに答える。
「だ、そうだ。あとはあんたの承認だけだ、大将」
ストームから端末を投げ渡されたハイディアルは、すぐにその画面へ自らの指を押し当てた。
「目的は、企業M・Sの所有DCD、《オルドレイザー》およびそのパイロット2名の捜索、救出。障害となる目標は、如何なるものであっても排除を許可する。ハイディアル・ヒストリック、任務を承認」
聞き終えた3人は、無言のまま部屋を後にした。
「行ってらっしゃい。頼んだよ」
「じゃあな《ヴァレットボックス》。しばらく休暇を楽しんでくれ」
格納庫の奥、未だ四肢の修復が終わっていない《ヴァレットボックス》へ別れを告げ、ストームはかつての相棒の元へ足を運ぶ。
「少佐殿、最終チェックは完了しています」
「じゃあ搬入しておいてくれ」
「了解しました」
頭部にはビーム発振機を備えたブレードアンテナ。両肩、両腿、バックパックに取り付けられたフィン状のスラスター。両腕部には外付け式のビームバルカン、腰にはビームキャノンを装備している。
黒い装甲にはダークゴールドのラインが走り、モノアイは獲物を睨む様に赤い。
「お前も、よく解体されずに待ってたな、《キラーオルカ》」
続く




