第52話 2人目の鍵
ソーン達が第3コロニーの商業施設エリアで襲撃に遭った同時刻、格納庫で整備を受けていた《アスカロン》にも来客が訪れていた。
「寂しく留守番してる時に何の用だ」
ダイゾウの問いに対する返答は、より強くこめかみに押し当てられる銃口だった。
運用する人員が限られている《アスカロン》では、本来至る所に防犯装置が張り巡らされており、不審人物を感知すればすぐに艦内に知らせが行き渡るようになっている。
しかし今は政府直轄の整備格納庫の中に《アスカロン》はある。政府軍に監視の目を任せ、防犯装置の点検を行う為に全て切っていたのだ。
襲撃した集団は皆一様にフルフェイスヘルメットにパイロットスーツを身に纏い、言葉を交わさずに動いている。側にはミニマムモニターが漂っていることから、それで会話をしているのだと推測できる。
(何が狙いだ……《アスカロン》の制御系統を弄っているようには見えんが……なら目的は中身……っ、まさか!)
《アスカロン》の中にはまだ、1つだけDCDが残っている。
(こいつら、《オルドレイザー》が狙いか!!)
『目標を発見、これより搬送作業に移る』
僅かに残っていた整備士達を制圧し、格納庫に足を踏み入れた集団は《オルドレイザー》へ近づいていく。
しかし、その1人の背中に小さな端子が付着する。
「ぐがっ!?」
それはすぐに電気を走らせ、破裂。感電して倒れる様を見た傍の襲撃者はすぐに銃を構える。
「っ……何処に……」
(本当に《オルドレイザー》が狙いだったのか)
物陰に隠れたシェイクは手製のテーザーガンに専用の端子を装填する。
突如戻ってきたストームから告げられた言葉。
── 《アスカロン》に戻れ!! 俺もすぐに向かう! 《オルドレイザー》パクられるぞ!! ──
(政府軍の目を掻い潜って……なんてことは不可能だ。なら奴等は)
瞬間、気配を察したのか足音がシェイクの元へ迫る。動きを見るに彼等はこの手の行為に手慣れている。対するシェイクは対人戦闘において素人に毛が生えた程度と認識している。真っ向から戦えば勝ち目はない。
「そこか ──」
「っ!」
見つかる刹那、シェイクは飛び出すと同時にテーザーガンを発射。放たれた端子は着弾の衝撃で爪を展開。スーツを切り裂き、電流を放つ。
「ぅっ!?」
瞬時に昏倒させる程の威力。本来は護身用に開発されたものだが、ストームから渡されたものは軍のものの為か制圧用と見紛う威力だ。
(奴等が《オルドレイザー》を操縦できない以上、DCDか輸送機を使って奪う筈。時間を稼げばこの場は撤退する、か……?)
シェイクは次の隠れ場所まで走りながら考える。敵の正体が分からない中で考えを巡らせても答えは出ない。
「コンタクト!!」
「ちっ!!」
《アスカロン》の格納庫は広く、それでいて整理されているが故に、隠れ場所へ辿り着く前に見つかってしまった。
シェイクは間一髪コンテナの陰に飛び込む。直後に銃撃が降りかかる。しかしシェイクはある違和感を感じた。
銃撃が疎なのだ。こちらを殺害する、という意思が感じられず、敢えて生かそうとしているようにも感じる。少ない弾数でシェイクを始末しようとしている、と言われればそれまでだが。
「見つけた」
「っ、なっ!?」
全く気配を感じることが出来なかった。耳元で囁かれた声に反応するよりも早く押し倒され、腕の関節を外されてしまう。
「つっ!?」
テーザーガンを取り落とす。そのまま押さえつけられたシェイクは蹴りつけて突き放そうとするが、
「大人しくして」
「ぐっ!!」
鳩尾を踏みつけられ、目の前が暗転。視界が点滅を繰り返している間に両足を拘束される。
危うく意識を失いかけるが何とか耐え、シェイクは襲撃者の姿を見る。他の襲撃者と同じ装いだが、線が細い身体つきと僅かな胸部の膨らみから女性に見える。背後を取られた衝撃で印象は薄いが、囁いていた声からして間違いはないだろう。
「あなたがあの子のパイロット」
「あの、子……?」
シェイクが痛みと疑問で眉を顰めると、襲撃者はゆっくりと指をさす。その先には《オルドレイザー》があった。
「やっぱり《オルドレイザー》が狙いか……!」
「違う」
「なに……?」
「私達が欲しいのはあの子と……あなた」
と、襲撃者がヘルメットに手をかける。
(この場でどうして顔を晒す……!?)
その真意を理解できず、ただその様を呆然と見つめるしかないシェイク。しかしその素顔を目にし、続く言葉を耳にした時、理解できてしまった。
「私と来てもらう、シェイク・ストラングス。姉さんと妹達が待ってる」
淡い桃色の長い髪、白い肌、伏せがちな瞼から覗く紫色の瞳。
ソーンと瓜二つの容姿だったのだから。
直後、沈黙していた《オルドレイザー》が突如として動き出す。中には誰も乗っていないにも関わらず。
見れば彼女の目は青い輝きを放っている。ソーンと同じように。
シェイクを軽々と担いだ襲撃者は、差し出された《オルドレイザー》の手に乗り、開いたコクピットの中へ入る。いつもはソーンが座る場所へシェイクを放り投げ、コクピットへ座る。
「行こう」
『《オルドレイザー》及び目標人物の確保完了。ローズ、離脱するぞ』
飛来したミニマムモニター、そして足元で合図を送る味方へ目を向ける襲撃者 ── ローズは頷く。
「うん。後片付けして帰ろう」
「……後少しで間に合わなかったか」
ダイゾウを含めた《アスカロン》の船員達を解放したストームが辿り着いた後の格納庫は、あまりにも悲惨な有様だった。
《オルドレイザー》とシェイクの姿は無く、代わりに外壁には大穴が開いている。だがストームが1つ引っかかったのは、
「どうやって《オルドレイザー》を持ち出した……?」
輸送機が侵入した気配も無く、散らばる焼け跡には人間の様な何かが数個転がっているばかり。ソーンがいなければ操縦はおろか起動すら出来ない《オルドレイザー》をどのように持ち出したのか。
「念の為に1人残しておいて正解だったな」
ストームが進んできた道。そこには《アスカロン》を襲撃した者達の骸が無数に転がっている。自らに付いた返り血を拭うと、敢えて生かした1人の元へ急ぐ。
不気味な静けさが格納庫を覆っていた。
続く




