第51話 足音
シェイク達が第3コロニーへ寄港し、1ヶ月が経過した。
「なんだ、気になるのか?」
政府が管理するDCD整備区画へ顔を出したシェイク。そんな彼を出迎えたのはストームだった。
「女子組は仲良く街に繰り出してるってのに、お前らは《アスカロン》に引き篭もるわ、一緒になってDCD弄るわで華がねぇな」
「華がないのはお互い様だろ」
「痛い反撃されちまった。ま、向こうに俺らと同じ女の子がいるけど」
そう言ってストームが指さした刹那、2人の間を何かが高速で通り抜ける。それはレンチだった。
「しょーもねぇ話してる暇あんなら手伝え馬鹿ども!!」
「すみませーん、僕のDCDは政府から予備がお届けされるんで、手伝う理由ありませーん。てか手伝えませーん」
パストゥからの怒号に煽るような上目遣いとダブルピースで応えるストーム。その様子を見たシェイクは床に落ちたレンチを拾い、あるDCDの元へ向かう。
それは以前に大破した《バインドホーク》の新たな姿。第一世代機だった本機を、指揮官機として、そして前線で戦う機体としてアップデートしたものとなる予定だ。
更にその隣には修復を終えた《ソニックスラスト》、そして《ブラストハンド》、《ジェネレビオ》と並ぶ。この3機にも新たな装備を搭載する為の改装が行われている最中だ。
おかげでM・S全ての整備員をかき集め、ストームの伝手で集めた整備士を動員しても人手が足りていない状況。猫の手も借りたいといった事態である。
「チッ、《オルドレイザー》の改造まで進めたいけど……間に合いそうにねぇな……」
「出すもん出してくれたら時間延長するよう掛け合うけど?」
「いらねぇ! 納期に間に合わせられなくて整備士やってられっかよ!」
パストゥの言葉に、ストームが集めた整備士達が苦い表情を浮かべる。ただでさえ無茶振りをさせられてる彼等へ、ストームは憐れむような笑みを送ることしか出来なかった。
と、ストームの通信端末に通知が届く。
「……ちょっと抜けるわ」
「っ?」
「何その、《別にいなくて構わないんだが?》みたいな顔。俺、ここ貸し出してる責任者よ?」
シェイクからの謎の視線を非難しながら、ストームは格納庫を出る。
端末に送られてきたのはメール。その内容は、
《HERIに目をつけられた。理由は知らん。だが狙いがうちのフェンか《ライナルディン》っていうなら》
「……今度はそう来たってわけか」
同時に、遠くから足が床を叩く音がいくつも響いてくる。ストームは急ぎその方向へと走り始めた。
《お前らも狙われてるかもしれない》
「あぁ〜」
第3コロニーのモール内にある公共浴場。その中にある蒸気浴エリアにて、ソーン、アルル、コムニは至福の表情で寝そべっていた。
「すみませんね〜。家族水入らずの外出に誘って頂いて〜」
「良いってことっすよ〜。コムニさんには日頃お世話になってますし〜。ねーソーンちゃん」
『そうそう。パストゥも来れば良かったのに』
「まぁまだ第3コロニーにはいるんだし、どっかで一緒にいけるでしょ」
話していると、蒸気浴エリアにもう1人来客が現れる。
「あ〜、ネクトちゃん。メロウ姉さんは〜?」
「今は電気風呂入ってる」
ネクトはソーンの隣へ座る。蕩けているソーンを見たネクトは少々呆れたように笑った。
「彼奴と来た時はこういうところ、行かなかったでしょ?」
『私が行きたいところばっかり連れ回しちゃった。シェイクも見たいところ、あったかもなぁ』
「あんまり興味ないよ、遊ぶ場所はね」
「なぁにぃ? ネクトちゃん、今はシェイクのこと、兄貴って呼んでるんだ?」
2人の会話を聞いていたアルルは、ニヤけながら割って入る。
「前みたいにお兄ちゃんって呼ばないのぉ?」
「え、ネクトちゃんってシェイクくんのことそう呼んでたんだ!」
「揶揄わないでよ……もう子供じゃないし」
うんざりした顔でアルルとコムニを見るネクト。だがその言葉を聞いたアルルはむしろ、悪戯な笑みを濃くする。
「ま、確かに身体は一番大人だよねぇ」
突然飛び掛かり、後ろからネクトの胸を持ち上げるように鷲掴みする。レンタルの水着から浮かび上がる質量の暴力に、ソーンとコムニは目を見開く。
「にゃあぁぁぁとんでもねぇ重みぃ!! トレーニングの成果が出てるぅ!!」
「あのねぇアルル姉さん……」
「こ、この質量、形状……間違いなくトップクラス……!」
「コムニさんまでおかしくなってるし……」
そんな会話をしてる中、ソーンは自らの胸に手を当て、次にネクトを見る。
(ち、違いすぎる……ネクトが《オルドレイザー》なら、私は《ナチュラリー》……それもⅠ型……)
「ソーンは変な顔で変なこと考えてる……」
疲れたように項垂れるものの、ネクトの顔には笑みが浮かんでいた。
「ちょっと買いすぎちゃったかなぁ?」
帰る最中、それぞれが分担して買い物袋を提げていた。その大半が衣服や化粧品など、女性陣が日常生活で用いる必需品ばかりである。
「必要なものばかりなんだから気にしなくて良いの。次は男の子達の分も買っておこうね」
「メロウ姉さん優しー。引き篭もってる男連中なんて全員ワンコインシャツにしておこーぜ。グリム兄さんは可哀想だからその他の3人」
「兄さん達が留守番してくれるから楽しめてる、っていうのはあるけどね」
ソーン、ネクト、アルル、メロウ、コムニの5人は、商業エリアに訪れる時に用いた車の元へ向かう。しかし駐車場を通るうちに、ソーンはあることに気がついた。
『……ねぇ、なんでここの階だけ他の車が無いの?』
「……言われて、見れば」
辺りを見回したネクトも異変に気づく。今は夕刻。まだ買い物や食事を楽しむ者達が多い時間である筈だというのに、自分達が乗ってきた車以外に見当たらない。
ネクトはメロウを、アルルとコムニがソーンを庇う様に付き、車へと向かう。すぐにコムニが車の外観と内部を調べる。
「……爆発物の類はありません。すぐにここを出ましょう」
『か、考えすぎかも、しれないよ?』
「この前の件があるでしょう。考えすぎくらいでいいの」
「早く乗りましょう。ずっとここにいるのは危な ──」
その時、信じられない光景が映った。
「むぐっ!?」
突如としてメロウが羽交い締めにされる。
「メロウ姉さっ!?」
「っ、ぐっ!?」
立て続けにアルルとネクトが車に押さえつけられる。視界の端には小さな電気を纏った端子を覗かせるスタンガンが映る。
「させません!」
「ごっ!?」
だがそれをコムニが防ぐ。1人の喉を拳で突き、怯んだ隙にスタンガンを強奪。
「ぎっ!?」
そのままもう1人を感電させて無力化。解放されたネクトとアルルはすぐにメロウを拘束する輩へ向かう。
「この、女の癖に!」
「しっ!」
「つっ、ぐぃっ!?」
拘束したメロウを離すか、盾にするか。その判断に一瞬思考を持っていかれた故、ネクトの肘打ちを顔面に食らう事となる。そのままアルルが馬乗りとなり、
「せいっ!」
「ぶぐっ!!」
力一杯振り下ろした両拳を叩きつけられ、意識を失った。
「っ、〜っ!!」
「ソーン!」
それらに対応していた所為で、今度はソーンが拘束されてしまう。すぐにネクトが向かおうとするが、
「伏せてっ!」
しかしコムニの警告と同時に、連続した銃撃音が響く。車の陰でやりすごすが、割れた窓ガラスの雨が降り注ぐ。
更に追い打ちをかけるように何かが転がる音が響き、すぐに駐車場を煙が覆う。
「スモーク……!」
「ソーンちゃんが!」
「まだダメです!」
車の陰から出ようとアルルをコムニが止める。すると再び疎に銃撃。やがてその音は遠くなっていき、聞こえなくなってしまった。
煙が晴れた駐車場に、ソーンの姿は無かった。
「……早く探さないと!!」
「いえ、まずは《アスカロン》と第3コロニー警備隊へ連絡を! どこに連れて行かれたのか分からない以上は……」
「コムニさん!!」
張り詰めたメロウの声にその場の全員の表情に緊張が走る。
「《アスカロン》に、連絡がつかない……!!」
続く




