第49話 試行の裁き
「ごめんなさい〜」
小さな体を90度に曲げ、精一杯の謝罪をするレイ。それに対するクディアの返答は大きな溜息と、手をレイの頭に置くことだった。
「作戦内容を忘れて攻撃目標以外に食ってかかったのはお前の失敗だ。だがリースと一緒に俺を助けてくれたのは感謝している」
「うぅ……それ僕は何にもしてないし〜……」
「それは違う。リースの脳波をほぼ完全に受容できるのはお前だけ。そして彼女の意思に応えられる動きができるのもお前だけだ」
クディアの厳しい表情が、優しいものへと変わる。
「お前のおかげでリースは戦える。リースは生きていける」
「……うん!」
レイは活発な返事を上げ、まだクディアが何も言っていないというのに部屋を飛び出して行った。それを見たクディアはしばし呆気に取られ、やがてまた大きな溜息を吐いた。
「まったく……」
小さく笑いながら、同時に胸に去来する哀愁に瞼を閉じる。
(あんな子供を戦いの道具にして……俺は何をまともぶっているんだか)
久方ぶりに戦場で出会った同僚は、変わったようで変わっていなかった。
だがそれでも、自分より遥かにまともに見えたのだった。
「リース!」
レイは医療区画の中でも、特別な区域に位置する場所へ飛び込んだ。
そこはドナーとレセプターの研究を行う最重要機密が存在する場所。立ち入ることが許されているのはごく一部の者のみ。無論、その中にレセプターであるレイは含まれている。
そして彼の姉であるリースは、普段この場所で過ごしている。一際巨大な生命維持装置に繋がれて。
「僕クディア隊長に褒められた!」
心底嬉しそうに語るレイを見るリースの目は、幼い者を見るものだった。
「僕のおかげでリースは生きていけるんだよ! 感謝してね!!」
だがその言葉を聞いた刹那、リースの目つきが明らかに変わる。怒りと蔑みが入り混じった色を宿し、レセプターであるレイの脳を痛めつけるべく一際強い脳波を放とうとする。
「でも」
そんな彼女に気づく様子もなく、レイは話し続ける。
「僕もリースのおかげで生きていけるんだから、感謝しないとね〜。ありがと〜!」
脳波を放つことをやめる。リースにとってのレイは自分の価値を証明するための道具。だが同時に唯一血を分けた家族。
『……用事はそれだけ?』
「うん!」
どうしても理屈では説明できない想いがある。レイに対してしか抱けないものが。
「あの機体の奪取は叶いませんでした。やはり回りくどい手段を用いるのは得策ではありませんでしたね」
第5コロニーは、様々な医療施設や研究施設、そして他のコロニーへそれらの資材を搬出するための施設が大半を占めている。その中で特に大規模な建造物、長い歴史の中で研究と医療の技術資料を保管している中央センター。
呼び出されたドリアーズが立っている場所は、その中央センターの最上階に位置するとある小さな研究室。目の前に座っている小柄な女性に呼び出されたのだ。
薄桃色の髪を腰まで伸ばし、白衣の背は隠れてしまっている。眼鏡の奥からドリアーズを見つめる蒼い瞳は、伏せられた瞼の隙間から怪しげな光を放っていた。
「それにしても、相変わらず狭い上に小汚い部屋ですね。ご自身の立場を考えられては如何ですか、ファーステット女史」
「君も相変わらず陰険で口が悪い坊やだなぁ。そうやったって全く偉そうに見えないよ」
女性 ── ファーステットはドリアーズの言葉に腹を立てることはせず、むしろ嬉しそうに笑って見せる。
彼女の容姿はドリアーズよりも遥かに若く、素性を知らぬ者が見れば10代後半、或いは20代前半と考えるだろう。だがファーステットがドリアーズに言った「坊や」という言葉は決してふざけて言っていない。
彼女はドリアーズが幼子だった時から一切変わらない姿でここにいる。その絡繰は成長し、HERIに所属し、兵器開発研究で功績を上げ、この地位まで上り詰めてなお、分かっていない。
ずっとこの小さな狭い研究室で、あるものを研究している。
「話を戻してもいい?」
「はい。今回の件に関してはあなたからの叱責や処罰を覚悟するレベルの失態だったと自覚しています」
「あぁそれは良いの。むしろM・Sにそれだけ研究材料が揃ってるって分かっただけでも立派な成果。あの子にとっても良い環境になってるみたい」
「女史が仰るあの子……M・S内でソーンと呼ばれていた少女と、現在M・Sにて管理されているDCD、《オルドレイザー》と呼称されているものの関係性の報告書は?」
「もう目を通してある。こういう面でもとても優秀な子だね、サラは。ドナーとしてあれだけの数値を出せる子はほとんどいない。それこそあの子に並べるくらいに」
ファーステットは我が子を称賛するように笑顔を浮かべる。
「少し前までは心や身体が壊れてしまう子も多かったけど、最近はみんなとっても良い子ばかりで嬉しいなぁ」
「貴女の言う少し前はデータとして参考になりませんが」
「こら、そういう冗談は人前で言っちゃダメ」
まるで子供を叱りつけるように言うと、人差し指でドリアーズの額を押す。
呆れた様子でドリアーズは踵を返し、机の上に乱雑に開かれたままのモニターへ目をやる。
映し出されていたのは、新たなDCDとそれに選ばれたパイロット達。そこにはサラのものも映し出されていた。
「そういえば実地試験の時期かぁ。どこで何をするかは決めたの?」
「えぇ。ちょうど女史が気になっていたものを確保する機会が巡ってきましたので」
ドリアーズはファーステットへデータファイルを送る。それを見たファーステットはその目を丸くした。
「海賊狩りに赴いてもらう予定です」
「船長、ポイントに着いたよ」
操舵手の少女からの報告を受けたレイツは頷くと、自らの手でコンソールパネルを叩き、マーカーを打ち込んだデータを《ヴァルチャー》|達へ送信。
受信したと同時に発進。流れ着いた艦の残骸へと次々に取り付いていく。
「最近良い調子で稼げてるよねー。この調子なら《ガルドミナス》の方の改修も終わりそうじゃない?」
「改修というよりは復旧だ。本来の性能に戻す作業だからな」
「なんかあの艦の世話になってからガキンチョどもの整備も上手くなってるし、船長も席で踏ん反り返ってられるのも近そう」
「ガキがガキのことガキって呼ぶな」
「うちはガキじゃありません〜」
そんな無駄話をしていると、無線から報告が上がっていく。
『船長、艦の壁を剥がして中に入った! 凄ぇよここ!』
『新品の《ナチュラリー》がたくさんある! あ、ほら武器もあるよ!』
『こっちはいっぱい箱がある! えっと中は食べ、たべもの? 食べ物!』
「大当たり引いたみたいじゃん。ラッキーだね」
「……」
だが沸き立つ周りとは対照的に、レイツの表情が険しくなっていく。そしてそれは格納庫で待機していた彼も同様だった。
『船長、何かおかしいと思わないか?』
「ちょぉっと何怖い事言ってんのグライ兄ちゃん」
『この艦は打ち捨てられたのか? それとも撃墜されたのか? 誰でもいい、納得がいく原因を聞かせて欲しい』
その言葉を聞いた皆が黙り込む。《ヴァルチャー》を駆る子供達は例外で変わらず騒ぎながら採集に励む中、それを破ったのは、
『わざと捨てられたんじゃないの? 私達、というか海賊を誘き出すためとか……』
フェンの最悪な予想。そしてそれは、
「っ!? 警告信号!?」
「全員その艦から退避しろ!!」
『えっ?』
「早くしろ!!」
『はいっ!?』
レイツの怒号が飛び、《ヴァルチャー》が一斉に艦の中から飛び去り、《クロウブースター》へ逃げ込んでいく。
直後、それまで動かなかった艦が突如爆発。内部に格納されていた物資やDCDの動力に引火し、それらは更に連鎖する。
「全員いるか!」
『いる! でも資材が!』
「構うな! この宙域を離れる!!」
「船長、警告信号無視するの!?」
「応える必要はない! 俺の予想が正しければただのポーズだ! どんな返事をしようが ──」
瞬間、艦内が大きく揺れる。大量のアラームが響く中、《クロウブースター》に異変が現れる。
「っ、なんで、動かない!!」
「メインブースターがやられたか! 手が早い奴等だな!」
レイツが次の指示を出そうとした時、格納庫から2つの機体が飛び出していくのが見えた。自身が出そうとしていた指示を、あの2人は察してくれたのだと知る。
「頼んだぞ……」
「ねぇグライ、わざわざ敵が《クロウブースター》の本体じゃなくて推力部を狙い撃った納得が行く理由、教えてくれる?」
フェンは先程のグライの質問をわざと真似て尋ねる。
「同業者じゃないことは確かだ。それでいて警告信号、そして攻撃……政府関係の奴等、か」
「へー、結構いい推理じゃない?」
「もう無駄話はいいだろ」
《ガルドミナス》と《ライナルディン》は並んで飛翔する。《クロウブースター》から送られた予想座標へ向けて。
『目標艦より2機にDCDの発進を確認』
『了解、狙撃地点を変更。座標を全機へ送信』
『ブレード1、前衛にて陽動を開始』
『ブレード2、ブレード1に随伴』
『ミッド1、2、共に《ヒドゥンブレイグ》の護衛に着きます』
《ヒドゥンブレイグ》。
青いラインアイ。額から天へ伸びるブレードアンテナ、側頭部から伸びる2本のサブアンテナには同色のラインが走る。灰色の装甲に包まれた胸部には常に回転を続ける球体の制御装置が埋め込まれている。両腕には楕円状の外付け装備を着けているが、武器を携えていない。腰部には大型無線誘導兵器を4基備え、脚部はスラスターと一体化することで宙域戦闘に特化した構成となっている。
そしてそれらに随伴する6機の《エクスラスター》。装甲や脚部は《ヒドゥンブレイグ》と同様だが、青いモノアイ、頭頂部のロッドアンテナ、マニピュレーターを廃しそれぞれの役割に合わせた武装腕、腰部の小型スラスターが異なっている。
「しっかり動いてよね。それなりに優秀って聞いてるから」
《ヒドゥンブレイグ》に乗るサラのヘルメットのラインがが淡く輝くと、呼応するように《エクスラスター》のパイロット達 ── サラとほぼ同年代の少年少女達のヘルメットも輝く。
「今度のDCDは、それなりに楽しめるといいな」
続く