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第48話 あなたである自覚

 

 僅かに震えるグリムの指先がモニターへ触れる。M・Sの代表責任者である彼の指紋が捺印されたことにより、今回の作戦の終了が決定した。

「ほいお疲れ。悪いなグリム、こいつがどうしても正式な人員が捺印しなきゃ認めらんねぇって譲らなかったからよ」


 ドリアーズ達は既にHERIの本部へ帰還しており、現在はモニターを用いた通信でコンタクトを取っている。


「いえ……っつ、すいません。後はよろしくお願いします」

 車椅子にかけたグリムがストームとドリアーズへ一礼すると、出口の方へと向かって行く。扉の向こう側へ消える刹那、車椅子を押していたメロウの顔が僅かに振り返る。


 その目は普段の温厚な彼女からは考えられない程に、憎悪の色で染め上げられていた。


(怖ぇ……)

 彼女へ一部始終を伝えたのはストームだ。それを聞いている間、俯いていたメロウの表情を知る事は出来なかったのだが、あんなに恐ろしい顔をしていたのだと分かった時は心臓が凍りつくような恐怖を覚えた。

「いやぁほんと、何事も無く終わって良かったな!」

『えぇ、本当に』

 ストームとドリアーズの間に沈黙が挟まる。


 《ジェネレビオ》の一貫しない行動は、大型無線誘導兵器の正確な動きからパイロットの錯乱として処理は出来なかった。そしてそんなHERIの動きをまるで予想していたかのようにストームはドリアーズへと提案を持ち掛けた。


 《ジェネレビオ》の二度に渡る暴走は、正体不明のデヴァウルのものと思われる電波ジャックによるものとする。M・Sはこの件について追求はせず、《ジェネレビオ》は政府機関を通して精査する。報酬の類は一切受け取らない。


『コロニー建設予定地の破壊については……』

「爆発したデヴァウルに文句言え。こっちは《バインドホーク》と《ヴァレットボックス》ぶっ壊されたんだぞ」

『両機体に関してはこちらの責任ではありません。正体不明のデヴァウルにでも問い質してください』


 互いに言葉を交わす度、互いに分かり合えない存在である事を再認識するばかり。

「じゃあな。もう二度と関わらないよう祈ってるわ」

『こちらこそ。人喰いに関わると碌な事がないのは、今も昔も変わらないようだ』

 ストームはドリアーズへ軽く手を振り、モニターを切った。履歴や通信コードを含め、今回の作戦でHERIに関わった証拠を全て消し去った。この作業はストームの独断である。

(これで、あっちからは俺を通さなきゃM・Sに探りを入れるのは出来なくなった訳だが……所詮気休めだな)

 ソーンの話では、ドリアーズの側にいたサラという少年が《オルドレイザー》に近づいていたという。M・Sに接触したのはそれが目的だろう。

(そうなると、ソーンが狙われる可能性も考えないといけないか)

 モニターを再起動したストームは、ある人物へメールを打ち始める。セキュリティレベルは最高機密へ設定。


 その送り先は彼の上司である政府軍大将、ハイディアルだった。



 修理が進む《バインドホーク》の横へ積まれたのは、辛うじて《ヴァレットボックス》だったと分かる金属屑の山。それを見ていたパストゥの拳は震えていた。

「おっさんの野郎……見つけたらしばき倒してやる」

「そのおじさんから伝言預かってるよ〜ん」

 そこへアルルが現れた。チュロスを齧りながら片手に炭酸飲料を持っている。

「次は第3コロニーに行くらしいんだけど、その時にまた政府の整備区画使わせてくれるんだって。だから許してピョン、とのことです」

「許してピョンが無けりゃ許したんだけどな!!」

 パストゥは頭を強く掻くと、手にしていた工具を放り出す。工具箱へ吸い込まれるように着地したのを見届けると、そのまま何処かへ歩き出していく。アルルはそれとなくその後ろを付いて歩き始めた。

「あの大型……なんとか、だっけ? HERIに返す前に設計データとか盗んじゃえば良かったのに」

「バカ、あれの基礎設計は元々うちらのものだっつの! 彼奴等が盗んだ側なんだよ!」

「そっかぁ。折角ネクトちゃんが上手に使える様になったのに」

「あんなもんより」

 パストゥは手にした携帯端末の画面をアルルへ見せつけた。やる気なく開かれていたアルルの半目が、嬉々に満ちるように開いていく。


「良いもん作ってやる!! このパストゥ様が!!」



「よせ。お前の責任じゃない」

 深く、深く、頭を下げたまま上げようとしないネクトへ、グリムは何度目かも分からない言葉を掛ける。

 現在の医療技術により、近いうちにグリムは車椅子無しでも歩ける様になると見込まれている。パイロットとしての復帰も、リハビリの進捗次第ではあるが不可能ではないという。

 だが頬から首元、そして身体の各所に深く刻まれた火傷の跡は残り続けるだろうと宣告された。大規模な医療施設がある第5コロニーならば治療出来ると言われたが、グリム自身がそれを断ったのだった。HERIの本部があるコロニーでは無理もないだろう。


「参ったな……」

 未だ頭を上げようとしないネクトに困り果てていると、車椅子を押していたメロウが前に出る。

「ネクト!!」

「っ!」

「まずは背筋を伸ばす!!」

 聞いたことがないほどの大きさで声を張り上げ、肩を掴み、その背筋を伸ばさせる。自分よりも小さな姉の姿が、今はとても大きく見えた。

「……私も謝らなきゃいけない。7年前のこと」

「あれは……メロウ姉さんは悪くない……」

「あの時、私が言うべきだったの。みんなで話し合うべきだって。言えてれば、きっと……」

 目の端に浮かんだ涙を拭い、メロウはネクトの胸元にかけられたペンダントへ触れる。

「シェイクのところに行って。約束してるんでしょ?」

「……っ」


 小さく頷き、ネクトは駆け出して行った。




 待ち合わせの場所へ向かっている最中も、胸騒ぎは収まらなかった。あの日と同じように、いなかったらと。

「あっ……」

 一瞬だけ重なった空っぽのロビーの光景。だがその映像はすぐに途切れ、椅子に座っていた1つの影が振り返る。

「来たか。何かあったのか?」

「……」


 何から話すべきだったか。7年前も、そして昨日も、想いを伝える為の言葉を考え続けていたというのに。

 黙ったままのネクトを見たシェイクは首を傾げる。普段の無愛想な彼があまり見せない仕草。それが余計にネクトの思考を混乱させる。

「あ……だ……っと、え、あ……」

「……言い辛いなら無理には」

「行くな!!!」

 席を立とうとしたシェイクをネクトの怒号が止める。いよいよ怪訝な表情を浮かべ始めた彼を見たネクトは、思考が真っ白になってしまった。

「違っ、違う!! 言いたいのは違うの!!」

「そう、か……何が違うんだ?」

「〜っ!!」

 ネクトはペンダントを外す。メビウスの輪のようなそれに手をかけると、2つに分けた。


 あの日、7年前に渡せなかったペンダント。このペンダントは元々、輪の部分をペアで1つずつ持ち、それが組み合わさることで輪廻の輪を、2人の仲が永劫続く事を祈る意味が込められていたのだ。


「これっ!!」

 それをシェイクへ突きつける。

「それを、どうしたら」

「これっっっ!!!」

 未だ理解できてない彼へ、ネクトは頭からペンダントを無理やり被せる。

 そしてよろけるように距離を取ると、歯を食い縛り赤面した顔を俯ける。

「か、か、か……も…………」

「かも?」


 言いたい事はたくさんある。謝らなければならない事も、怒らなければならない事も。

 でもまだ、


「もう勝手にどっか行くな!!! 私、の、おに……あ、兄貴、なんだから!! 自覚持って!!!」


 今はこれが、精一杯だ。


 それを聞いたシェイクは少し驚いた顔をして、やがて小さく笑った。

「もうお兄ちゃんって呼ばないんだな」

「っ、くぁっ、このっ……!!!」

 久しく見ることが無かった、ネクトの様々な表情。その一つ一つが嬉しく、シェイクは思わず揶揄ってしまった。

「このバカ!!!」

 余程この一言が効いたのか、ネクトは走り去ってしまった。和解出来たと思った矢先にまた嫌われてしまったかもしれない。


「ありがとう、ネクト」


 それでも彼女のおかげでシェイクは決心した。


 7年前に起きたあの日の出来事を、皆に話す事を。



 遠巻きにそれを眺めていたソーンは、2人が仲直りできた事の喜びと、何故か去来した妬みで奇妙な表情を浮かべていた。

「むぅ……何なのこの気持ち……あれ?」

 その時気づいた。言葉を話せる。身体の中を焼き切られるような痛みも無いことに。

「な、ぁがぁうっ!?」

 が、その続きを喋る事は叶わない。再び激痛が身体を支配し、ソーンの声は途切れてしまった。


(何が……起きてるの……!?)


 荊棘の紋様は更に輝きを増し、それらは全身を駆け巡る。棘だらけだったそれらに、小さな蕾が芽吹いていた。



続く

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