第46話 声、想い、届いて
「ダイゾウさん、シェイク達が《モーレイング》の大型個体と接敵した!」
「デッカぁ!? あんなのいくら《オルドレイザー》でも……」
『《モーレイング・ギガンテ》とでも呼ぶか! そっちは何とか3機で対応してくれ! 《アスカロン》からも可能な限りは援護する!』
「た、よ、れ、る、HERIの皆様方はぁ〜!?」
『そっちに構ってる暇はなさそうだ。相当俺達を、信頼、してるんだろうな! ハッハッ!!』
(HERIは……)
アルルの皮肉混じりの問いを聞き、ペイルは僅かに視線をレーダーへ向ける。
《ジェネレビオ》が再び凶行に走った事は耳に入っていたが、何やら事態がまた別の流れに変わりつつあるようだった。
(《ジェネレビオ》の動きが、止まった……?)
「んぎゃあああギガントウツボがぁぁぁ!!」
「うぉぉ!?」
僅かに意識を逸らした刹那、急に《ストーク》がバレルロール。機体上に固定された《ブラストハンド》も当然同じ様に回転し、ペイルはコクピットの壁に頭をぶつけた。
先程まで《ブラストハンド》達がいた位置を、《モーレイング・ギガンテ》が放ったビームが穿つ。
「ペイルゥ! 早く《オルドレイザー》の援護、援護早く!」
「後で覚えてろよ……!」
今一度操縦桿を握り直し、ペイルは宇宙を駆け回る《オルドレイザー》の援護に意識を集中するのだった。
「サラ、あのDCDには構わないように。すぐに別の者が対処する」
「……分かってます」
ドリアーズの指示に従い、サラは《ジェネレビオ》の視線を《ヴァレットボックス》から逸らす。
「こうなったら手足を壊して止めるしかないー!」
相変わらず棒読みな叫びを上げ、再びストームは《ジェネレビオ》へとミサイルを掃射。
更にその内のいくつかはまたしてもサラ達の乗る艦へ向かい始める。
(この……!)
サラ達が乗る《グラム》は本来、遠距離からデヴァウルの索敵、データ採取を行う為の艦。戦闘を想定した構造をしていない。故に今回の作戦では後方に位置し、護衛の《ナチュラリー》で守りを固めているのだ。
当然ミサイルを撃墜する為の武装など持ち合わせておらず、護衛の《ナチュラリー》は本職が研究員の素人パイロットが操縦するもの。小さなミサイルを迎撃する腕などない。
「ドリアーズさん、僕に集中して貰いたいなら」
ここで爆死する訳にはいかない。大型無線誘導兵器によって全て撃墜する。
「少しはちゃんとしたパイロットを配備して下さい」
「……その通りだな」
呆れ果てた顔をしたサラを見て、同じ様に苦い表情を浮かべるドリアーズ。通信機を手に取ると、普段よりも遥かに低い声色で言葉を紡ぐ。
「クディア、意図的な誤射を繰り返すDCDを鎮圧しろ」
「あともう1回くらいで俺に食いつくかなぁ……っと!?」
悪戯な笑みを浮かべながらミサイルの残弾をチェックしていた時だった。高エネルギーの飛来を知らせるアラートが耳に入り、反射的にスラスターを吹かせる。
それが功を成し、レドームを光が貫いたものの本体に傷は付かなかった。急ぎレドームをパージする。
光が飛来した方向には、1機の《ナチュラリー》、正確にはそれをカスタマイズしたDCDが銃口を向けていた。
『ストーム、血迷った真似はやめろ』
「あぁ? この声は……クディアかぁ」
クディアの《ナチュラリー》はⅣ型の指揮官機をベースとしている為、頭部からはブレードアンテナが天を突いている。武装はビームライフルとビームブレイドという標準的なもののみだが、HERI仕様の腰部サイドスラスターに加え、両肩には小型のウイングバインダーとそれに内蔵されたスラスター、バックパックにはスタビライザーが備わり、より高機動戦に特化した仕様となっている。
「血迷ったって、俺はただ《ジェネレビオ》を止めようとだな……」
「白々しい!」
ストームの弁明に有無を言わさずクディアは叫ぶ。彼が駆る《ナチュラリー・ハイマニューバ》はビームブレイドを抜き、《ヴァレットボックス》へと斬りかかった。
「あっぶね!」
《ヴァレットボックス》はミサイルコンテナを全て外し、間一髪後方へ退いて回避。しかし振り下ろされた光の刃は逃すまいと今度は振り上がる。
《ヴァレットボックス》もビームブレイドを引き抜き、火花を散らす競り合いへと持ち込んだ。
「信用する訳があるか! 味方殺しの言葉を!」
「いつの話してんだよお前は!!」
(やっと集中出来る……)
サラは今度こそ目の前の《カーズィスト》へ意識を向ける。だがそれはすぐにまた妨げられてしまう。
(っ……またあの女か)
「おりゃあ〜!!」
《カーズィスト》のロングライフルとビームキャノンは2基の大型無線誘導兵器が防ぐ。《ジェネレビオ》のビームマシンガンを牽制にして追い払い、サラは一時的に意識を集中する。
(どこ……どこに、いるの……ネクト!)
ソーンの意識は、宇宙の様に暗い空間へと飛び込む。ネクトの意識の中だ。
何故それが分かるのか、何故それが自分に出来るのか。何一つ分からないが、今はそんな事を考えている場合ではない。
(……広すぎる、これじゃ何処に)
『出来ないよ』
その時、ネクトとは違う声が響く。少年の声だ。
(この声……あの男の子……!)
声の方向は分からない。少年もソーンと同じ様に意識だけをここへ飛ばしているのだ。ならば方向などという概念は無いのだろう。
『他人の意識を掌握するっていうのは簡単じゃない。コントロールを奪い返す事もね』
「違う! 私はネクトに帰って来て欲しいだけ!」
『それも出来ない』
少年、サラの声が響く度に、ソーンは意識の宇宙の深みへ嵌っていく。他人の意識へ踏み入るというのがどれほど危険な行いなのか、ソーンは身をもって知る。
『彼女はもう目覚めない。僕が離さない限り、ずっと眠ったままだよ』
「なら離して……って言ったって、きっと君は聞かないよね!」
ソーンは自らの本能に任せ、更に意識を潜行させる。胸の荊棘が熱を持つのも構わず、ネクトの深層心理へと呼びかける。
「ネクト!! みんなが待ってる! だから負けないで!! 帰って来て!! ネクト!!!」
ソーンの声は、《モーレイング・ギガンテ》と戦うシェイクの意識にも届いていた。否、シェイクは無意識にそれを受け取っていたのだ。
噛みつこうと迫る牙を躱し、巨大な複眼をメデオバスターブレイドが斬り裂く。ジェル状の白濁液が飛び散ると同時にのたうつ《モーレイング・ギガンテ》に構わず、更にもう片方の複眼を両断。
戦いの最中でも、シェイクの心はソーンの必死の叫びを拾い続ける。
その時だ。
── ……ェ、イク ──
声の主を、シェイクは知っている。《アスカロン》の中で未だ眠り続けている、兄の声。
── シェイク……!! ──
「兄貴……?」
眠り続けていたグリムの眼が、僅かに開かれた。艦の中から遥か遠くのシェイクを見据える。
── お前なら……きっと……!! ──
そこから先、シェイクは言葉を聞かなくとも理解した。
今、必要なのは自分の声だと。
「ネクト!! 戻って来い!!」
叫ぶと同時、シェイクの瞳が、ソーンと同じ青色の輝きを灯す。
「お兄ちゃん……!」
深い、深い、意識の宇宙の底から。音も届かない場所から。
唯一聞こえた愛する兄の声を頼りに、ネクトは手を伸ばした。
「いた!! 見つけた!! ネクト!!!」
ソーンは見逃さない。伸ばされた手を。離さない様にしっかり握り締めて。
「ソーン……?」
「もう、大丈夫だね」
「え……」
ソーンの青い瞳に映る自身の瞳。それは彼女と同じく青に染まっていた。
「シェイクの声が届いたんだもん。ネクトの声も、想いも、きっとシェイクに届く」
「……ありがとう」
もう、自分の意識を誰かに明け渡したりはしない。
「っ!!」
サラの身体が大きく跳ね上がる。それに気づいたドリアーズが何事か尋ねようとしたが、待たずしてサラはヘルメットを外した。
「想定外、でした……」
「想定外、一体何が……!?」
血涙と鼻血を流すサラの表情は悔しげなものだった。見抜けなかった己の力不足を恨む。
《ジェネレビオ》の元へ全ての大型無線誘導兵器が帰還する。
ネクトの瞳が青く輝くと、呼応する様に《ジェネレビオ》のバイザーの奥でツインアイが光を放つ。
「レセプターの力で、ドナーが、覚醒するなんて……!」
続く
 




