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第45話 すれ違い、君へと

 

 思えば、いつの日からか。


 シェイクという人間を、シェイクという兄を。



 家族として。1人の男として。



 愛していた筈なのに。




 あの日、彼を糾弾した他の家族達と同じ様に。




 背負った痛みを、何も分かっていなかった。




「シェイクお兄ちゃん!」

 ネクトが呼びかけると、訓練を終えたシェイクが振り返る。同時にぶつかる様に抱き付いた。

「なん、だ、ネクト……?」

「なぁに、抱き付いたらダメなの?」

「もう10歳だろ。少しは大人になれ」

「この前はまだ子供だ、とか言ってた癖に」

「お前がDCDの操縦シュミレーションをやりたいってアデル姉さんに我儘言うからだ」

 側から見れば仲睦まじい兄妹のじゃれ合い。悪戯な笑みを浮かべたネクトに困り果てたシェイクへ助け舟が辿り着く。

「お、今日も仲良しだねぇ! 感心感心!」

「アデル姉さん」

 この艦の長女、アデルの元へシェイクは寄る。剥がれてしまったネクトが不満げに唇を尖らせるのも気づかず、シェイクは口を開いた。

「次の仕事、ペイルの初出撃だろ。俺もついて行く」

「なぁんだぁ? 専用機貰ってから一丁前にエースみたいな面しちゃってぇ」

 髪をくしゃくしゃに撫で回し、アデルはニヤニヤしながら揶揄う。

「この前なんて私の後ろにスコアつけちゃってさぁ。お姉ちゃんの尻追い回すのが好きって訳ぇ?」

「そんなんじゃ、ない」

「あっははは!」

 アデルは笑うと、シェイクの頬に軽くキスを贈る。

「期待してるぞ、シェイク」

「……」

 少し照れた様に笑ったシェイクは、誰もが知る無愛想な彼からは考えられない姿だった。

 そんな彼を見たネクトは頬を膨らませたが、やがてそれは萎んでいき、笑顔へと変わる。


 だって、大好きだから。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも。



 ……。


 ……。



 だから、あの日。



 大好きなお兄ちゃんが、大好きなお姉ちゃんとお父さんを殺した、あの日。


 手を取り合って生きてきた家族が皆、お兄ちゃんに言葉を突き刺して行く中。


「やめてよみんな!!」


 ネクトはただ独り、シェイクを庇った。


 艦を切り裂く様な声と気迫に、皆は一斉に静まり返る。怒りと悲しみ、狂乱に満ちた表情が、一様に戸惑いへと変わっていた。


「シェイクお兄ちゃんの話も聞いてよ!! 家族でしょ!?」


 自分がおかしいことくらい、あの時も今も分かっている。血の繋がった肉親を殺した奴を庇うなんて。

 どんな理由があったとはいえ。そうせざるを得ない状況だったとはいえ。


「ネクト!!」

「っ!?」


 張り裂けた音が響き、抵抗する間もなく家族達の元へと連れ戻される。


「姉さんと父さんを殺した人の味方なんてしないで!!」

「メロウ、おねえ、ちゃん……?」


 そう。メロウの様に。他のみんなの様に。大好きなお兄ちゃんを責めるのが、正しい。





 正しい。



 正しい。



 正しい。






「シェイクお兄ちゃん」

 暗くなった艦内で、宇宙を見つめたまま動かないシェイクへ駆け寄る。もちろん、他の皆には言わず。

 ネクトの呼びかけにシェイクは僅かに振り向いた。俯いたままの顔からは表情が読み取れない。

 それでも、

「渡したいものがあるの。明日の6時。部屋に行くから」

「……そうか」

 贈り物と共に伝えるつもりだった。自分はお兄ちゃんの味方であること。初めて会ったあの日から育まれた、本当の気持ち。




「シェイクは……もう、いない」

「ぇ……」

 グリムが手にした紙に書かれていたのは、辞表の文字。そしてその指には、家族の絆の証だった花のペンダントが掛かっていた。


 ネクトの身体から力が抜け、贈り物が床に落ちる。それはメビウスの輪の様に繋がった、2つのペンダント。




 あぁ、私は裏切られた。いや、そうですらない。私はお兄ちゃんに、彼奴に、信用されていなかったんだ。



 彼奴の目に、私なんか映っていなかったんだ。



 ……。



 ……。




 そんな事、当たり前だ。



 私の方が、自分の事ばかり考えて。彼奴の気持ちなんて全く考えてなかったんだから。




「こんの〜!」

 《カーズィスト》は肩のビームキャノンと併せてロングライフルを乱射するも、《ジェネレビオ》を捉える事は出来ない。大型無線誘導兵器2基が《カーズィスト》を追い回し、その射程に追い込む様にビームマシンガンを放つ《ジェネレビオ》に、普段は穏やかなレイの表情が歪む。

「あぁ〜もう! なんでなんで〜! ……え、なにリース!? 今は……んん?」

 と、姉からの言葉にレイは我に帰る。

「そっか〜! ぼくレセプターだもん!」

 刹那、大型無線誘導兵器から放たれた熱線を躱し、ビームマシンガンの弾幕をすり抜け、《カーズィスト》は肉薄する。

「ドナーの考えてること、分かる〜!!」

 ツインアイが不気味な光を放ち、左腰からビームブレイドを抜刀。《ジェネレビオ》を両断しようとするが、

『まぁ、そう来るよね』

 《ジェネレビオ》はビームマシンガン下部のユニットからビーム刃を発振。真正面から受け止めた。

『レセプターがドナーに優ってる点なんてそれくらいだから』

「うわぁっ!?」

 即座に《カーズィスト》の左手を蹴り上げ、招集した大型無線誘導兵器からビームを照射。大きく突き飛ばす、だが《カーズィスト》を焼き払う事は叶わない。

「ご、ごめんね〜リース」

 肩と腰のユニット、もう一対の手足の先が展開。ビームバリアを広げていた為だ。


「ドナーの方はそこそこ優秀だなぁ」

「サラ、遊びの方に集中し過ぎないように」

「分かってますよ」

 4基の大型無線誘導兵器の内、残る2基は変わらずHERIの艦の襲撃へ回している。言わば片手間に《カーズィスト》の相手をしているのだ。

「ただの人形にするには勿体無いですよ、この女。反応が他の人間よりも遥かに良い」

「訓練学校で類を見ない成績を修めたと耳にしている。こちらに回すよう手配しよう。《ヒドゥンブレイグ》の随伴機のテストパイロットとして丁度いい」


『ネクト! ちきしょう、彼奴らどうやって!』

『こちらからも呼びかけます! ネクトさん、応答してください!』

 通信機から聞こえる声、そして目の前の光景。ストームは小さく息を吐いた。

(当てが外れたか……ほんと悪いな、みんな)

 《ヴァレットボックス》は《アスカロン》の下を離れ、交戦する《ジェネレビオ》と《カーズィスト》へ向かう。

(そうまでして彼奴らを貶めたいってんなら、それなりの覚悟を見せてもらうぞ)

 そして背部のミサイルコンテナハッチを展開。2機を直線上に捉えると、


「目を覚ませー! ネクトー!!」


 間の抜けた声を張り、誘導ミサイルを発射。《ジェネレビオ》へ殺到。

 する事はなく、迎撃しようとした《ジェネレビオ》を素通り。その全てがドリアーズとサラが乗る《グラム》へ襲いかかる。

「なに……!?」

「ちっ」

 サラは思考する間もなく、反射的に迎撃する。



 HERIの艦隊を襲っていた、2基の大型無線誘導兵器で。



「うわぁ申し訳ねぇHERIの皆さーん! ……ネクトー! お前、HERIの皆を守ってくれたのかー!? でも妙だなー、急にどうして……」


 ミサイルを残らず焼き払った後、大型無線誘導兵器は静止したまま沈黙する。操っているサラが苛立ったように白衣の裾を握った。

「あなたの同僚、なに考えてるんですか……?」

「……さぁ。味方殺しを平気でやる男の考えなんて、分からないな」


「はっ、死ぬ覚悟もない癖に人を嵌めようとしてんじゃねえよ」

 ストームは悪態を吐くと、再び2機の方へ目をやる。《ジェネレビオ》は明らかにこちらへ敵意の視線を向けていた。

(さぁ次はどう来るよ……)



「シェイク……」

「……ネクトのこと、だろ?」

 《モーレイング》を両断しながら、ソーンの小さな呼びかけに応じる。

「うん……」

「脳波で人を操る力。そんなものは聞いたことがない」

「もう一度私がネクトの中にいる子を追い出せば」

「きっと相手もそれを予想していると思う」

 にも関わらず同じ手段を用いたと言う事は、ソーンの力に対しても何かしらの対策を施している。シェイクはそう予想した。

 正直に言えば、今すぐにでもこの場を離脱し、ネクトの元へ向かいたかった。しかしその気持ちを無理やり抑え込む。自分ひとりが焦ったところで作戦を乱すだけのは分かっていた為だ。

「でも……」

「あぁ。それでも、お前だけが頼りだ」

 シェイクは僅かに振り返る。

「ネクトの事、頼んだ」

「うん!」


 その時、それまで闇雲に《オルドレイザー》を襲撃していた《モーレイング》達が一斉に散り散りとなる。

 それらと入れ替わるように、コロニーに空いた一際巨大な穴から、より長大な《モーレイング》が姿を現した。


 鏡のような複眼を突き破り、生きた魚の目玉が回転を続ける。エラにあたる部分からは小さな頭が飛び出し、華やかな鰭はボロボロに崩れている代わりに、剥き出しの骨から絶えずビームの光が溢れている。



「こいつの相手は、俺に任せろ」



続く

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