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第42話 あの日からずっと

 

 一瞬差し込んだ光が、ドアが閉まることにより再び遮られる。


 部屋の中は暗く、僅かに物が床へ散らばっている。エナジーバーと経口補水液の空容器。だが姿を見せなくなった期間から考えれば少なすぎる量だ。

 部屋は常に換気されている為、匂いや埃は変わりない。だが確実に異なるのは、ベッドの中央で疼くまる毛布とシーツの塊。シェイクはゆっくりと、しかし躊躇う事なくそれに歩み寄る。部屋は暗いが、隙間からそれが見えていたのだろう。殻を閉じるように毛布とシーツが縮む。

 だがシェイクは毛布を掴み、一気に引き寄せた。抵抗も虚しく2つが剥ぎ取られ、中身が露わとなる。


「ネクト……」

「……」


 中にいたネクトの姿は、以前とはまるで異なっていた。頬はやつれ、髪はぐちゃぐちゃに乱れ、薄いインナーとドルフィンパンツは皺だらけとなっている。下に隈が浮いた瞼は力無く開かれ、一切の光を失った瞳がシェイクを見つめていた。


「みんな心配してる。顔を見せてくれ」

「……上手く、いかなくて」


 奇妙なことを口走ったネクト。その時シェイクはある匂いに気づき、ネクトの左手首を掴み上げた。

 乱雑に刻まれた赤い傷跡。いくつかは瘡となっているが、まだ血が滲み、シェイクの手に染み始めている。

「手伝って、くれる……?」

「っ、馬鹿なこと言うな」

 一瞬呆然としてしまったシェイクだったが、すぐにその場に落ちていた服を拾い上げて傷跡に結びつける。側には小さなハサミが落ちていた。

 艦内はこういった事がないように設備や道具が徹底されている為、どれだけ自傷しても命が脅かされることは滅多にない。だがこの行為は、それだけネクトが追い詰められている証拠だった。

「誰もそんなこと望んでない」

「嘘吐かないでよ……グリム兄さんにあんなことしたのに……」

「お前のせいじゃない。早く医務室に」


 シェイクが掴んだ手が振り払われる。その手が頬を打った。


「いつもそう……何でも勝手に決めて、人の話なんか全然聞かないで……!!」

 ネクトの眼には涙が浮かび、やがていくつも溢れ始める。

「一番一緒にいて欲しい時にいなくなって、やっとみんながやり直せるって時に戻って来て、また寄りを戻そうとして……! なのに、なのになんで受け入れられて……」

「ネクト……」

 シェイクへ呪詛を吐き捨てるというよりも、自分の中で処理出来なくなった感情を吐き出す様な叫び。それはシェイクの心をも酷く震わせた。

「私はずっと信じてたのに……それを裏切ったあんたと、同じこと……」


 今まで、自分の選択に言い訳も、後悔もしようとしなかった。そんな資格は自分にないと考えていた。

 だがそれは、ここへ戻って来た時から変わり始めていた。再び家族と会い、共に生きていく中で、7年前に起こったあの出来事が今まで以上にシェイクの心を締め上げていた。


 ネクトとメロウ、彼女達と血の繋がった、本当の家族2人の命を奪った事実が。



「私もう、みんなとは……っ!」



 ネクトの言葉が止まる。シェイクが歩み寄ったかと思うと、彼女の身体を抱きしめたのだ。

 突如としてネクトへ伝わるシェイクの温かさ。代わりにシェイクへ渡される冷え切ったネクトの体温。それらが触れ合う箇所から融け合う。


「な、ん……」

 口にしかけた言葉もまた飲み込まれる。インナーへ落ち、染み込むことで気づいた。


「ネクト……俺はずっと7年前の事を黙っていた、兄貴以外には……みんなを、巻き込みたくなかったから」


 シェイクは、静かに泣いていた。


「けど、それだけじゃない……どんな理由があったとしても、俺が父さんとアデル姉さんを殺した事に変わり無い……ずっと、怖かった。最後まで信じてくれたお前にまで、拒絶されるのが……」

「……」

 シェイクはネクトを抱く力を強める。ネクトを安心させる為ではない。彼女を抱く手の震えを抑える為に。

 ネクトは抗うことなく、シェイクの身体へ全てを預ける形となる。

「でも、それが余計にお前を苦しめたなら……」

「ぁ……」


「全部話す。7年前のあの日の事、全部」


 その時、


 シェイクの眼、そしてネクトの眼が一瞬、群青色に輝いた。




「そういえば、なんですけど」

 艦のシステムチェックをしていたコムニがふと口を開いた。

「ストラングス家の皆さんって、全員血が繋がってる訳じゃないんですよね?」

「今更かよ。ってまぁ、本人達に聞くのも変な話か」

 それを聞いたダイゾウは苦笑いを浮かべる。

「そうさな。シェイクとグリム、メロウとネクトは血が繋がってる。けどまぁ、メロウとネクトの親父が孤児を引き取って伝手の施設に保護してる仕事をしてるうちにシェイクとグリムが加わって、先に大人になったメロウとネクトの姉ちゃんがペイルとアルルを連れて来て、今の形になったんだ」

「メロウさんとネクトちゃんのお姉さん、ですか? その方は今どこに……」

 コムニからの問いに、ダイゾウは一瞬躊躇う素ぶりを見せる。しかし一瞬中へ視線を移したかと思うと、静かに息を吐いた。


「死んじまったよ。7年前に、そいつの親父と一緒に」

「ぁ……すみません、無神経なことを」

「知らねえんだから当たり前さ」

「ダイゾウ艦長は、昔から彼等を見て来たからそこまで知っているんですか?」

「メロウとネクトの親父とダチ、ついでに言うなら学校の同級生だったんだよ。同じDCDパイロットでな。俺は早々に引退しちまったが、彼奴は最期までDCDから降りなかった」

「えぇ!? だってダイゾウ艦長って……」

 それを聞いたコムニは思わず声を上げる。ダイゾウは体格でそう感じさせないだけでかなり高齢であり、孫がいてもおかしくない年齢である。通常DCDのパイロットはその身体にかかる負荷を考えて、遅くとも40代前半には機体を降りなければならないからだ。

「凄かったんですね、メロウさんとネクトちゃんのお父さん」

「あぁ。でも年長の姉ちゃん、アデルっていうんだけどよ。そいつがまぁパイロットとして天才で……」

「それってその……シェイクさん、よりもですか?」

「あぁ、っていうか、シェイクはアデルのケツを追っかけて腕磨いてたくらいだからな。他の誰よりも、ぶっちぎりで強かった」

 そしてそこまで言ったダイゾウは、悲しげに目を伏せた。

「きっと、だけどよ……あの2人が死んだ時、誰よりも苦しかったのは……」

 そこまで口にしたダイゾウは、それっきり口を閉ざしてしまった。コムニも7年前に何が起きたのかは大凡聞いている。というよりも、自然に耳に入るくらいには大きな出来事だったのだ。しかし詳細を知った今、それ以上聞くことはコムニには出来なかった。



続く

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